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第18話

「アイシャさん。悪いけど、お茶をお願いできる?」

「はいですだ」


立ち話をして近所の注目を集めるのは話の内容的にも面白くないので、ジグとミモザは一先ずカインたちを店の中に招き入れることにした。


そしてアイシャに人数分のお茶をお願いする際、ジグは小声で指示を付け加える。


──調剤室の二人にすぐ逃げるよう伝えて──


「何? コソコソと隠し事でもしようっての?」


それを目ざとく見咎めたエリザが牽制するが、ジグは動じることなくニッコリ笑って返した。


「そうだよ。名目はどうあれ君たちはゴトーが送り込んできた人間だ。そしてそのゴトーはウチに何度も妨害や嫌がらせをしてきた。無条件に信用なんて出来るわけないし、部外者に見られたくないものを隠すのは当然のことだろう?」

「何ですって!?」


いきり立つエリザに、ジグは肩を竦めて続けた。


「怒るなよ。別に君にそんな腹芸ができるとは思ってないさ。ただ俺が逆の立場なら、君らを寄越してこちらの注意を引き付けておいて、裏で妨害やら調査に動くぐらいのことはする。君らが雇われたのはそういう心配をしなけりゃならない相手だ」

「うん。それは当然の警戒ですね~」

「…………っ」


フラーラがジグの懸念に同意したことで、エリザは悔しそうにしながらも押し黙る。


忌々しそうにジグを睨みつけるエリザと、それを宥めようかスルーしようか困った表情で顔を見合わせるカイン、ドルトン、セフィアの三人。かつてパーティーを組んでいた頃は頻繁に見られた構図だ。


そんな時は大抵エリザが爆発していたのだが、彼女もミモザという年下の部外者がいる状況では自重というものをするらしい。歯ぎしりしながらジグから視線を逸らし、フンと鼻を鳴らして黙り込んだ。


「……すまないね」

「いや、お互い様だよ」


場の空気を和ませようとするカインの苦笑に、ジグは敢えて硬い声を返す。その場に気まずい沈黙が流れた。


しばらくしてアイシャが人数分のお茶を運んでくる。皆がそれに口をつけたのを見計らって、ジグはおもむろに切り出した。


「最初に確認しておきたいんだけど、その監査ってのは何の権限に基づくものなのかな? 要は強制力があるのかどうか。拒否した場合には何か罰則があるのか」

「何を──!?」


再び沸騰して立ち上がりかけたエリザを片手で制し、カインが落ち着いた声音で口を開く。


「……どうにも非協力的な態度だね。さっきも説明したように、僕らはむしろ君の潔白を証明するためにここにきたつもりなんだけどな」

「俺たちと敵対関係にあるゴトーにそう誘導されてな。あんたらの意図がどうあれ、この状況で裏を疑わない方がどうかしてると思わないか?」


ジグに反論されてカインは意表を突かれたように目を丸くする。


「ふむ……それもそうか」

「カイン!?」

「あの男、どう見ても裏で何かやっとる顔じゃったしのぅ……」

「この監査もどうにも意図が不明というか、腑に落ちない点が多いですしね」

「ドルトン! セフィアまで!?」


エリザが裏切られたという風に愕然とした表情になるが、ドルトンは顎髭を撫でながら冷静に指摘する。


「何を驚いとるんじゃ? お前さんも、あの男は怪しいと突っかかっておったじゃろうが」

「それはそうだけども!」

「騒ぐでないわい。ほれ、お前さんが騒ぐからお嬢さんが目を白黒させとるぞ」

「────っ!」

「あ、いえ……!」


呆気にとられてそのやり取りを見守っていたミモザが、話題に出されワタワタと手を横に振る。


言い負かされて黙り込むエリザを見て、ミモザは『ジグさんの仲間だってことだし、疑われてるわけじゃないのかな……?』と少し警戒レベルを下げていた──が。


「ゴトー氏に怪しい点があることは認めよう。だがそのことと君にかかった疑いは別の話だ。悪いが依頼として引き受けた以上、手心を加えるつもりはないよ」

「分かってるよ。あんたはそういう男だ」


カインのキッパリとした宣言に、ジグは溜め息を吐いて肩を竦める。


カインは一見物腰柔らかだが、卑怯や不正を嫌い、ある意味ではエリザ以上に融通の利かない性格だ。かつての仲間だからと言って悪事を見逃すようなことはすまい。


「ただこっちもあんたらに無条件に店の中を調べ回られたり、何でもかんでもベラベラ喋るって訳にはいかない。ゴトーがウチの商会──正確にはその前身、彼女の父親の商会にちょっかいかけてた話は知ってるか?」


その言葉にカインは一瞬ミモザに視線を送り、静かに頷く。


「ああ。東方群島と取引の伝手を持つアラン商会を、その伝手ごと傘下に取り込もうとしたという話なら聞いてるよ。その際に妨害や圧力があったこともね」

「…………」


うかがうような視線が一瞬ミモザに集まるが、彼女はそれに固い無表情の鎧を纏った。


「そうだ。その妨害の影響もあって、アラン夫妻は過労が祟って事故で命を落とした。ゴトーが事故に見せかけて殺したなんて噂も流れたこともあってな。奴も一旦はこの商会から手を引いていたんだが、営業を再開するって話を聞きつけてからまた色々ちょっかい──というか探りを入れてくるようになった」

「それはつまり、ゴトー氏は東方群島との取引ルートを諦めていない、と?」

「それ以外にないだろ」


カインはジグの説明を聞き何度か軽く頷くような仕草をした後、改めて口を開く。


「君の懸念は分かった。こちらがゴトー氏──いや医業組合から監査依頼を受けたのは、あくまでこちらの商会が不正な業務運営に手を染めていないか、先日ゴトー氏の商会で起きた食中毒事件に関与していないかの二点についてだ。それ以外のことについて調べるつもりはないし、万一監査を行う中でそれ以外の情報に触れてしまったとしても、それをゴトー氏に漏らすことは決してしない。それでいいだろう?」

「良くないね」


即答で切り捨てたジグに、カイン、そしてエリザとドルトンの表情が険しくなる。


だがジグは一切怯むことなく、逆に「お前らは分かってない」と言わんばかりにワザとらしく溜め息を吐いて続けた。


「いいか? あんたらがどう考え、どう行動するかはこの際問題じゃない。あんたらの行動にはゴトーの意思が働いていて、奴がそれを利用しようとしてる可能性があるってことが問題なんだ。例えばこちらが調べられても支障の無い領域の情報だけを開示したとしても、それは裏を返せばそれ以外の領域に隠したい秘密があると相手に教えてるようなものだろう? それに一度間口を広げてしまえば、次からそれを断ることは難しくなる。あんたらが監査を終えた後に、内容に不備があったからやり直すとでも言って今度はゴトーの息がかかった人間を送り込んでくるかもしれない。そういう可能性を、あんたは否定できるか?」


流暢に監査を受け入ることに伴うリスクを語るジグに、カインたちは『理屈は理解できるが、そこまで心配するか?』と表情を歪める。


「……言いたいことは分かるが、神経質すぎやしないか?」

「慎重と言ってくれ。秘密ってのは商売をする上で時に命より重いんだ」

「…………」

「…………」


しばらくジグとカインは睨み合っていたが、やがてカインの方が諦めたように溜め息を吐き、肩を竦める。


「……分かったよ。店の中や帳簿を調べさせろなんてことは言わない。どの道、僕らには何が怪しいかを見分けるスキルも知識もないしね」

「そうか。分かってくれて嬉しいよ」


ジグは内心『何とか言いくるめることができた』と安堵する──が、カインはそこに条件を付け加えた。


「──ただし、君たちにはエリザの【真偽判定センス・ライ】の呪文で身の潔白を立ててもらう。勿論、ベラベラ商売上の細かな話を聞くつもりはないから、そこは安心してくれ」

「────」


ジグの心臓の鼓動が一瞬大きく跳ねる。


「質問するのは二つだけ。『君たちがミモザさんの意思に反して、あるいはその意思を捻じ曲げて、自分たちに都合よくこの商会を利用しようとしていないか?』そして『先日ゴトー商会で起きた食中毒事件に関与していないか?』──この確認は譲れない」


ジグはカインの質問内容を頭の中で吟味し、どちらも自分たちには該当しない──あるいは呪文認識を誤魔化せる──と判断。同じように質問内容を吟味していたミモザと顔を見合わせ、互いに頷きを一つ。


「分かった。それで構わない」

「……ふぅ」


自分が交渉ごとに不向きだと自覚しているカインは話がまとまったことに安堵し大きく息を吐く。


ジグはその様子に苦笑し、


「早速やってくれ」

「ああ。それじゃ、他の三人を呼んでくれるかい?」

「────」


他意なくサラリと告げられたカインの言葉に、ジグは辛うじて表情が引きつるのを堪えた。


「三人って?」

「惚けないでくださいよ~。この話にはジグさん以外にもローグギルドから、ヴェルムさん、キコさん、それからサラさんの三人が参加してるんでしょ~? 組合がローグが関わってることを問題視してる以上、その全員に確認を取らないわけにはいかないじゃないですか~」


ケラケラ笑いながら口を挟んだのはジグの後任だというローグのフラーラ。


「……悪いがその三人は、この再建話に出資した後は好き勝手動いてて俺らもどこで何してるか把握してないんだ。何日も全然顔見せない奴とかもいて、すぐに連絡がつくかというと難しい──な?」

「ええ。色々ご協力は頂いてますけど、私もその行動を縛ってるわけじゃないので……」

「だからその質問は俺とミモザが受けるよ。潔白を証明するならそれで十分だろ?」

「そういうわけにはいかない」


カインはジグの言葉をキッパリと否定した。


「今回問題視されてるのはローグである君たち四人だ。そこを疎かにしたんじゃ監査の意味がないだろう」

「いやだから、そこは代表して俺が──」

「やだな~、ジグさん。例えジグさんが潔白でも、他三人がジグさんに隠れて何かやってたら意味ないじゃないですか~」

「そんなことは──」

「無いって言えます~? どこで何をしているかも把握できてないのに?」

「…………」


ニコニコ笑いながら詰めてくるフラーラに、ジグは分が悪いと感じて押し黙る。


だが沈黙していては相手に怪しまれるだけ。ジグは一旦問題を先送りにすべきと判断した。


「……分かった。そっちの言い分はもっともだ。ただ現実問題、今俺らはその三人の居場所を把握してないし、いつ連絡がとれるかも定かじゃない──これは嘘じゃないから、呪文で確認してくれても構わないぞ? だから、この場は一旦俺たちだけ確認してもらって、残りの連中はまた後日ってことで構わないか?」

「ああ。それで構わないよ」


アッサリと認めたカインに、ジグは内心ガッツポーズをとる。


これ自体は問題の先送りでしかないが、とにかく時間を稼いで、その間に替え玉でもゴトーに依頼そのものを取り下げさせるでもいい、何とか誤魔化す方法を考えなくては──


「監査が終了するまではミモザ商会の薬舗営業許可は停止される。明日オープン予定だったみたいだし、早めにその三人と面談する場を設けてくれ」

『────は?』


サラリと告げられたカインの言葉に、ジグ、そしてミモザが耳を疑う。


二人の反応にカインはキョトンとした表情になり、そして何かに気づいた様子で手を叩いた。


「あ。そう言えば最初の質問に答えてなかったな。この監査は医業組合規則に基づくものだ。そこのミモザさんはアラン氏から地位を受け継いだ組合員で、正当な理由なく監査を拒否することは許されない。拒否した場合は営業許可が停止され、一か月以内にこの状態が解消されなければ許可が取り消される可能性もあるから注意して欲しい」

「いや……いやいやいや! ちょっと待ってくれよ!」


ジグは慌ててカインに言いつのる。


「ウチの店は明日オープンなんだぞ!? その前日にこんな話を持ってくるなんて、明らかな妨害行為じゃないか!! 組合長としての権利の濫用だ!!」

「そうですよ、横暴すぎます!!」

「そう言われてもな……」


カインは困った様子で頭をかく。だが、冒険者で商売ごとに縁のない彼にはジグやミモザが何故ここまで反応するのかが分からない。


「……別に薬はすぐに腐るもんじゃなし、一日二日オープンが遅れたって問題ないだろう?」

「あるよ! 一週間前から関係者や客にオープン告知してるんだ!! それが前日にいきなり延期になったなんてことになったら信用問題だろ!!」

「そこは医業組合都合だって説明してくれればお客さんも分かって──」

「医業組合と揉めてるとか疑いをかけられてるなんて噂が立ったら余計に問題です!!」

「…………」


二人に詰め寄られてカインも、オープン日の延期が簡単なことではないとぼんやりとは理解した様子だが、これに関しては彼にもいかんともしがたい事情がある。


「そう言われても僕らは監査を依頼されただけで、監査が終わるまで営業停止って決めたのは医業組合だからなぁ……」

『…………』


カインたちはそもそもミモザ商会の営業をどうするかに関わっていないし、決める権限もない。また仮にカインがいい加減な内容で監査を終えたとしても、ゴトーがそれで営業を認めるとは考えにくかった。


「と、とにかく。早くその三人と連絡を取って監査を終わらせようよ。な?」

『…………』


──最悪だ。

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