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第17話

「やあ、久しぶりだね。ジグ」

「お前ら、なんで……」


突然ミモザの店舗にやってきたかつての仲間たちの姿に、ジグは困惑し言葉を失った。


そんな彼に釘を刺すように僧侶のエリザが挑発的に口を開く。


「ふん。先に言っておくけど、私たちがあんたを迎えに来たなんてあり得ない勘違いはしないでよね? あんたの代わりなんてとっくに見つかってるんだから」

「まだ試用期間ですけどね~」


そう言って口を挟んだのはボリューム感のある波打つ銀髪が特徴の少女。ギルドでその姿を見たことはないが──


「初めましてジグ先輩~。先輩の後任としてパーティーに参加してるフラーラと言います~。正直、優秀な先輩の後釜は荷が重いですけど、何とか頑張らせていただいてます」

「そんなことないわ! フラーラはこんな根性無しなんかよりずっと優秀よ! 自信を持って!」

「えへへ~」


エリザがお気に入りのぬいぐるみにするようフラーラを抱きしめる。


ジグの知るエリザは至高神の神官らしくローグ嫌いの堅物だった筈だが、この気に入りようはどういうことか。すっかり篭絡されてメロメロになっているように見えた。


「えっと……ジグさんの昔のお仲間さんですか?」


状況が理解できず困惑するジグに、同じように困惑顔のミモザが尋ねた。


「あ、ああ……えっと、こっちは以前パーティーを組んでたカイン、エリザ、ドルトン、セフィア」

「どうも」

「…………」

「よろしくの、お嬢ちゃん」

「初めまして」

「──プラス、後釜のフラーラで~す」

「は、はい。よろしくお願いします……」


困惑と警戒の色が入り混じるミモザに対し、一名を除いて愛想よく挨拶するカイン一党。


「で、こっちが今俺が世話になってる商会の──」

「ミモザさん、ですね」

「──は?」


ジグの言葉を遮り、カインは困惑するミモザの前に進み出る。


「我々は本日、医業組合の依頼でこの店舗の監査にやってまいりました。ご協力をお願いできますか?」

『────は?』


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


時と場所は再び数時間前のゴトー商会へと遡る。


「監査……ですか?」

「うむ。アラン商会──いや、今はミモザ商会だったか。新たに薬舗として営業開始予定のこの商会が、適切かつ健全な業務が行える体制にあるかを君たちに確認してもらいたいのだよ。これは商会としてではなく、この街の医業組合のトップとしての依頼だ」

『…………』


冒険者ギルドからの指名依頼を受けてやってきたカインたちは、初めて聞く依頼内容に思わず顔を見合わせた。


監査──業務の健全性の確認。言葉の意味は分かるが、主に荒事を生業としている冒険者に対する依頼としてはどうにもそぐわない。


リーダーであるカインが代表してゴトーに質問する。


「二つ、確認したいことがあります。まず、この組合からの監査というものは一般的に行われているものなのでしょうか? そして何故この依頼を我々に? 商売にも医業にも素人でしかない我々冒険者に依頼するような内容とは思えませんが」

「もっともな疑問だ」


ゴトーはその質問を予想していた様子で大きく頷く。


「まず一つ目の疑問についてだが、この監査は一般的なものでは、ない。組合には監査に関する規定が存在するが、これには『医療業界の信頼を損なう恐れのある重大事態が発生した場合』あるいは『組合長が特に必要と判断した場合』に行われるものとある。過去にこの規定が適用されたのは、ボイムラー商会にカリグラ麻薬の流通に関与している疑いがかけられた際の一度だけだ」

「つまりゴトーさんはそのミモザ商会にはボイムラー商会の一件に匹敵するほどの重大な問題が起きている、あるいはその可能性がある、とお考えなのですか?」

「残念ながらね」


セフィアの確認に、全く残念そうには見えない態度で肩を竦めるゴトー。


カインは胸に浮かんだ胡散臭さを表情に出さないよう意識しながら問いを重ねる。


「その疑惑とは具体的には?」

「うむ。これは二つ目の疑問の答えにも繋がることだが、そのミモザ商会の経営にローグどもが関わっていることが判明してね──と、フラーラくんだったか? 私は君のように健全に働くローグまで否定するつもりはないので、そこは誤解しないで欲しい」

「お気になさらず。実際そういう人間が同業者に多いことは確かですから」


ゴトーはフラーラと気持ちのこもらないやりとりを交わして続ける。


「元々、この商会は先代が亡くなった後、継ぐ者が幼い一人娘しかおらず、独力では立ち行かない状況にあった。私も同業者として気にかけ、支援の申し出もしていたのだが、今回ローグ共がその商会の出資者となり営業を再開するという。右も左も分からない少女がローグどもに誑かされているのではないかと心配するのは、当然のことと思わないかね」

「どうかしらね?」


ゴトーの言葉にエリザが皮肉気に顔を歪める。


「お、おい! エリザ──!」


彼女は窘めようとするカインの言葉を手で遮り、ゴトーへの不審を隠すことなく続けた。


「あのね。あんたは冒険者ごとき簡単に丸め込めると考えてるのかもしれないけど、私たちも当然、依頼人について事前調査ぐらいはしてきてるの」

「えへへ~」


エリザの視線を受けて、その事前調査を担当したフラーラが照れ臭そうに笑う。


「あんた、この街の医療業界トップって地位をいいことに相当えげつない商売してるらしいじゃない。つい最近も同業者に圧力をかけて善良な商会を潰しただけじゃなく、事故に見せかけて主人を殺したなんて疑いもかかってるそうねぇ? 確かその商会の名前がアラン商会──あらぁ? たった今あんたの話に出てきたそのミモザ商会の前身と同じ名前じゃない。どうせまた監査の名目で商売敵に嫌がらせでもしようってんでしょ?」


立て板に水と挑発的な言葉を吐き捨てるエリザに、しかしゴトーは怒ることなく苦笑して肩を竦めた。


「世間でそのような噂が立っていることは知っているが、誓って私はアラン夫妻を殺してなどいないよ。まぁ商売上、多少厳しい交渉を行ったことはあるし、血気盛んな部下が夫妻に脅迫ともとれる振る舞いをした可能性は否定しない。だが少なくとも私はそのような指示を出していないし、部下たちも夫妻に直接的な危害を加えたことはない筈だ。疑うなら【真偽判定センス・ライ】の奇跡を使ってもらっても構わんよ」

「……圧力をかけてたってのは否定しないのね?」

「商売をしていれば、何もかも折り目正しくとはいかんさ。それさえ否定されてしまえば商人と呼ばれる者の九割は廃業することになるだろう。何事も程度の問題さ。無論、君がそれを許せないと言うなら、摘発でも何でもするがいい。せいぜい厳重注意か、幾ばくかの罰金を支払って終わりだろうがね」

「…………」


自分が悪党に分類されることは認めつつ、その程度は大した問題ではないと言い切るゴトーをエリザは忌々しそうに睨みつけた。


実際にその程度の悪事を明らかにしたところで、本人の言う通りゴトーはほとんどダメージを受けないだろう。


ゴトーは視線をエリザからリーダーのカインに戻し、余裕に満ちた態度で続けた。


「君たちが私に何かしらの疑念や不快の念を抱くのは、悲しくはあるがやむを得ないことだとも思う。だが、そのこととミモザ商会に問題があるかどうかはまた別の話だ。違うかね?」

「それは……」


カインが態度を決めかねて戸惑っていると、ドルトンが助け舟を出すように口を挟んだ。


「仰りたいことは分かりますが、ローグが商売に関わっているというだけで疑いをかけるのは、些か乱暴な論理のように思えますなぁ」

「その通りだ。私も本来であれば、監査までは行わず彼らの動向を見守るつもりでいた」


ここでゴトーは少し声を潜め、カードを一枚切った。


「これはここだけの話にして欲しいのだが……一昨日の夜、我々の従業員が利用している社員食堂で原因不明の食中毒が発生した」

『…………』


その言葉の意味を最初に理解したのは魔術師であるセフィア。


「……ゴトーさんは、その食中毒がそのローグたちの手によるものだと疑っておいでなのですか?」

「分からん──だが、君が想像したように疑わしい点があることは確かだ」


ゴトーはかぶりを横に振り、一呼吸おいて続けた。


「私に対する疑惑の真偽はさておき、あちらが私たち敵視し警戒していたことは間違いあるまい。そして妨害を防ぐために先んじて敵に妨害活動を仕掛けるというのは、善悪を別とすれば合理的な行動と言える。また今回の食中毒でうちは営業に支障が出かねないほどの被害が出た。不幸中の幸いと言うべきか、被害は裏方の人間が中心だったので何とか外注で回してはいるが、そうでなければ薬舗も数店休業せざるを得なくなっていただろう。そしてそれは営業再開に弾みをつけたい彼らにとっては極めて都合の良い状況だった筈だ」


自分でも半信半疑といった様子のゴトーの態度が、却ってその発言に信憑性を持たせる。


「ゴトーさんの懸念は理解しました。ですがそうした話なら僕らより適任はいくらでもいるように思いますが……」


必要性は理解したが、そうした利権目当ての争いに首をツッコむのは気乗りしない。


カインがどう角が立たないように断ろうかと考えていると、ゴトーはそれを見透かすようにワザとらしく苦笑してみせた。


「……うん? ああ、君たちなら当然把握しているものと思っていたが……そうか。知らないならその反応もやむを得ないか」

「……何のことです?」

「君たちを指名したことにはキチンとした意味がある。実はこの一件には、君たちも良く知る凄腕のローグが関わっているらしくてね。真偽のほどは分からぬが、ローグギルドでは彼が【同胞殺し(ローグキラー)】と呼ばれた暗殺者ではないかとの噂もあり、皆彼を怖がって協力してくれぬのだよ」

「まさか……」


カイン、エリザ、ドルトン、セフィアは目を丸くして顔を見合わせる。


その二つ名や暗殺者だったという噂については初耳だが、そう聞いて彼らに思い当たるローグはたった一人しかいない。


彼らの動揺に付け込むよう、ゴトーは似合わない人の良さそうな笑みと声音で告げる。


「私は何も彼らが必ずしもクロだと考えているわけではない。だが疑わしい点がある以上、そこは明らかにすべきだ。また下手な人間を送り込んであちらと余計な諍いを起こすことも本意ではないし、私が証拠を捏造して彼らを陥れようとしていると周囲に思われるのも面白くない。その点、君たちなら公正な立場で物事を判断することができるだろう。かつての仲間にかかった疑いを、君たち自身の手で明らかにしたいとは思わないかね?」

『…………』


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「──とまぁ、そんな風に言われちゃってね。ウチにはエリザもいるし、君たちの潔白を証明するには適任だろう? 断っておかしな人間がここに来るよりはいいかなって」


最後に少し照れ臭そうに「報酬も良かったしね」と付け加えるカインに、ジグとミモザは異口同音に『なるほど……』と返す。


二人は表向き平静を取り繕っていたが、内心は冷や汗だらだら。


──信じてもらって恐縮ですが、俺たち(私たち)クロなんです。

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