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ローグのお仕事~冒険者とかいうブラック職場辞めて商売始めたった~  作者: 廃くじら


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第16話

明日はいよいよミモザ商会のオープン日。


店舗清掃、備品の運び入れ、商品や当日配る記念品の準備など、最後の準備で関係者は大忙し──


「やること、ないの?」

「ありません」


──と思いきや、ジグはこのタイミングになって突然手持無沙汰となっていた。


「掃除は毎日してましたし、備品も両親の時に使ってたのがそのままなので特に準備の必要はないです。商品は先生が止めないと腐りそうなぐらい作ってくれましたし、陳列するものでもないので。あと、記念品のラッピングも毎日少しずつアイシャとしてたので終わってます」

「そっかぁ……」

「サラ姉さんから『いつどんな妨害やトラブルがあるかも分からないからオープン準備は一週間前には終わらせておいてね』って言われてましたから、今さら特にやることは思いつかないですね」

「だよねぇ……」


これが大々的にオープンセレモニーや開店式のようなことをするなら、そのリハーサルや打ち合わせが必要かもしれないが、そんな予定は全くない。あとは明日、予定時刻にぬるっと営業を始め、来てくれたお客さんには記念品を配るくらいのものなので、今さら準備することはなかった。


宣伝の類も一通り終わっている。これ以上はやっても効果が薄いし、ローグであるジグがあまり出しゃばるのも上手くない。


接客や顧客対応はミモザとアイシャ、あとは賑やかしでキコが対応する予定だし、ジグは当日も特にやることがない。とんでもなく混雑するようなことがあれば警備員の真似事をする可能性はあるが……まぁないだろう。


「……ヴェルムは?」

「先生なら昨日追加で東方から薬草が届いたので、調剤室で鼻息を荒くしてますよ? まだ調合されたら困るし道具は取り上げてキコちゃんに見張ってもらってるので、ニタニタ気持ち悪い顔で妄想してるだけだと思います」


この一月で割とミモザもヴェルムに遠慮が無くなった。まぁヴェルムが店の材料を使って勝手にアレな薬を何度も調合し、トリップしている姿を見ればそうなるだろう。


「……サラは?」

「あ。姉さんは今朝チラッとだけ様子を見に来てくれました。元気そうだったし、こっちは何も問題無いって言ったらすぐにまた出て行ったんですけど……引き留めた方が良かったですか?」

「……………………いや、いいや。何かあれば向こうから言ってくるだろうし」


正確には『何か企んでいるのだろうが、サラが自分から言うつもりがないなら問い詰めても絶対に口を割ることはない』だ。


彼女が碌でもないことを企んでいる可能性はあるが──というか絶対に企んでいるが──あまり理不尽な裏切りはしないのではないかと愚行する程度の信頼関係はある、ような気がする。


ぶっちゃけジグはサラのことに関しては諦めの境地にあった。


今はそれより何より──


「ジグさん、暇なんですか?」

「いや、暇っていうか何と言うか──」

「暇なんですね」

「──うん」


暇だった。いや厳密に言うならば色々警戒はしているので何もしていないわけではないが、今のところ全く相手に動きがないのでやることがない。


「やることないなら休んだらどうですか? ここ最近忙しかったし、お疲れでしょう?」

「ああいや、別に疲れてるわけじゃないし、そこは気にしないでくれ。冒険者時代に比べたらホント全然平気だから」


これは本音。冒険者時代は一度依頼に出れば一日三時間睡眠、しかも細切れで熟睡できず、集中力を切らせば即パーティー全員の命に関わる生活が当たり前だったので、ここ最近の生活はホワイト過ぎて逆に身体の調子がおかしくなるほどだ。


「それにいつゴトーが仕掛けてくるか分からないのに、俺まで呑気に気を抜いてられないだろ」


今日は一つの区切り。こちらが一度商売を再開してしまえば、様々な利害関係人が発生して目を引きやすくなってしまうため、ゴトーが何か仕掛けてくるとすれば今日が一番可能性が高かった。


「でも、実際ゴトーは今それどころじゃないわけでしょう?」


しかしミモザは疑わし気に首を傾げる。


「その……あまり大きな声じゃ言えませんけど、あそこ今、先生たちがアレして、アレなわけじゃないですか?」

「その表現はどうかと思うけど……まぁ、うん」


アレというのはヴェルムとキコがゴトーが雇っている私兵を壊滅状態にしたアレだ。


その私兵は平時はゴトーの商会で裏方として働いていたため、ゴトーは今その穴埋めに奔走していてこちらにちょっかいをかける余力などない。


そうするためにこちらはリスクを冒して妨害を仕掛けたのであり、この状況はまさに狙い通りな訳だが──


「何か気になることでも?」

「…………」


──ジグは何とも言えない表情で押し黙る。


「ジグさん?」

「…………向こうの動きが理路整然とし過ぎてることが、ちょっとね」


ミモザに下から顔を覗き込まれ、ジグは観念したように自分が感じている懸念を吐露した。


「理路整然?」

「ああ。自分のとこの兵隊がああなってすぐ、ゴトーはこっちに振り分けてた監視とかを全部引き上げてピタッとこっちから手を引いた。いや、あくまで一時的なものではあるんだろうけど、周りの商店や治療院とかへの圧力も含めて全部ね」


軽く様子を探ってみたが、ゴトー商会は今自分たちが通常通りの営業を行うことに全てのリソースを注いでおり、こちらへの妨害や監視は完全にストップしている。その統制は傍から見ても見事という他なく、彼らは一般の顧客にはほとんど異常を気づかせることなく普段通りの営業活動を行っていた。


「? それって当たり前のことじゃないんですか?」


そうなることを狙って仕掛けたのだろう、とジグの言っていることが理解できず首を傾げるミモザ。


「……当たり前のことではあるんだけど、人間ってのはこういう時、なかなかそういう当たり前の利に適った行動ってのがとれるようには出来てないんだよ」

「???」

「あ~……例えば商売やってて理不尽なクレームを受けた時、賢いのは適当に流すか、問題が大きいようならスパッと関係を切ることだろ? でも実際にそう割り切った行動ができる奴は少ない。困ってまごつく奴もいれば、真面目に受け取ってしまう奴もいる。そいつに言い返してやろうと考える奴もいるだろう──相手にしたっていいことなんか一つもないのにね」

「あ~……母が、倍返しするタイプでした」


ミモザが何かを思い出すように遠い目をする。


「状況が理不尽で想定外のものである程この傾向は強くなる。合理的、理性的かどうかなんて本人の性質とはまた別の次元で、行動にブレみたいなものが出るもんなんだよ」

「ん~……要は理不尽な目に遭うと、それを自分の中で上手く消化できなくて合理的な行動がとれなくなる、ってことですか?」

「……まぁ、そんな感じ。理屈ではいくら仕方ないと分かっても、スパッとこっちから手を引くってのは中々難しいと思うんだけどなぁ……」


ジグの説明にミモザは納得したように頷き、その上でコテンと可愛らしく首を横に倒して続ける。


「言いたいことは分かりますけど、やっぱり気にし過ぎでは? 不合理な部分が私たちの目に見えるとは限りませんし、そんなことを考える余裕さえないだけかもしれませんよ?」

「…………」


ジグは眉間に皺を寄せて黙り込む。


ミモザの指摘はもっともで、自分でもちょっと考えすぎかな、とは思っていた。だが、ジグの脳の奥で警鐘とも言えない違和感が騒ぐのだ──何か、おかしいと。


しかしそれはあくまで勘。言葉にして説明することもできず、ジグはただ曖昧に唸ることしかできなかった。



「すいませーん」



と、その時、店舗の外から声が聞こえる。誰かが訪ねてきたようだ。


オープンは明日なのに誰だろうとミモザが立ち上がる傍らで、声を聞いたジグの表情は驚愕に固まっていた。


「────」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


時は少しだけ遡り、場所はゴトーの執務室。


「クフフフ……なるほど。まさかそのような方法で取引を行っていようとはな。どうりで調べても分からなかったわけだ」


ゴトーは内通者から上機嫌で、ついに判明した東方群島との取引に関する報告を受けていた。


こちらが混乱していると知れば何か動きを見せると思っていたが、まさに狙い通りだ。ここ数日してやられてばかりだっただけに、ゴトーの喉から薄気味悪い笑みがこぼれる。


『────』

「ん? これからどうすればいい、か……」


内通者に追加の指示を仰がれ、ゴトーは少し考える素振りを見せた。


「……お前は怪しまれないように注意して引き続き娘を見張れ。ただし、今日は少しそちらに揺さぶりをかける予定だ。その展開次第ではあるが、娘に対し──と──しろ。出来るな?」

『…………』


コクリと頷く内通者にゴトーは満足そうに笑う。


「よし。早く戻れ」


内通者が部屋を去って間もなく、ほとんど入れ替わるようにドアをノックする音がした。


──コンコン


「旦那様。依頼を受けて下さった冒険者の方々がおいでです」

「うむ。入れ」

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