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ローグのお仕事~冒険者とかいうブラック職場辞めて商売始めたった~  作者: 廃くじら


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第13話

「それで、例のローグ共について分かったことは?」


深夜。ゴトーは執務室で秘書のエルスマンに報告を促す。


秘書の顔色を見れば調査の進捗が思わしくないことは明らかだったが、ゴトーは敢えて気づかぬフリをした。


「……まず今回の一件にローグギルドの意向が関わっているか否か、についてです。以前から伝手のあったローグ以外に複数のルートを使って探りを入れてみました」

「結果は?」

「皆一様に、そのような話はない、と」

「ふむ……?」


考え過ぎだったか、と顎に手を当て首を傾げるゴトー。だが、エルスマンの報告には続きがあった。


「ですが、気になる情報が一つ」

「ほう」


もったいぶる、とゴトーは内心苦笑した。これがもし演出ならば、秘書の評価を一段上げても良いかもしれないな、などと益体もないことを考える。


「その四人組の中に、ローグギルドの長の直弟子が混じっているそうです」

「直弟子……?」


ゴトーの表情に訝し気な色が浮かぶ。その反応から正しく意味が伝わっていないことを理解したエルスマンは説明を補足した。


「ええ。ローグという連中はあまりその業を継がせることに積極的ではありません。組織の体裁を維持するために門戸を叩いた者に最低限の技術指導は行っているようですが、そこから先は実践の中で自ら磨いていくもの、という考え方が一般的。何らかの見返りと引き換えに個別指導をすることはあっても、師弟関係まで結ぶことは実は稀なのだそうです」

「なるほど」


ゴトーは納得して頷きを一つ。


「つまりその者はギルドの長と深い繋がりを持っており、内々にその意向を受けて動いている可能性がある、ということか。──どのような人間なのだ?」

「それが……」


エルスマンはその問いに一瞬口ごもる。ゴトーは彼の表情にほんの僅か困惑の色が滲んだことを見逃さなかった。


「ジグ、という名の若い男です。先般ご報告した際に触れた、一人Cランクに到達している冒険者というのがこの男です」

「ふむ。では優秀なのだな?」

「……恐らくは」


即座に肯定されると思っていたところに曖昧な反応を返され、ゴトーは眉を顰めた。


「恐らく、とは? 調べたのだろう?」

「は、はい、それは勿論。ですがローグは冒険者としては裏方で目立つ存在ではありません。組んでいたパーティーメンバーは若手のホープとして期待されているようでしたが、そのジグという男個人に関してはこれと言った情報は何も……」


冒険者でローグとなればそういうものかもしれないなと頷き、ゴトーは続けて尋ねた。


「ではローグギルド内での評価は?」

「…………」

「どうした?」

「いえ。それも分からないのです」

「同じローグ同士でか?」


エルスマンの言い分にゴトーは眉間に皺を寄せた。エルスマンは不興を買ってはマズいと慌てて説明を補足する。


「その、長の直弟子で目をかけられているようだ、ということは分かっているのですが、そのジグという男がどれほどの腕前なのか、尋ねても具体的な答えが返ってこないのです。これが傭兵などであれば、どんな敵を倒したなどと分かりやすい評価の目安もありましょうが、ローグどもは基本的に人前でその業を披露することがありませんので……」

「……だがどんな経歴、経験を積んできたかが分かれば、技量については概ね予測が立てられるだろう。それともそのジグという男はずっと冒険者しかやってこなかったのか?」

「いえ。その男が長に連れられやってきたのが七年前。冒険者として活動を始めたのは三年前だということです」

「では冒険者となる迄の四年間、修行しかしてこなかったということもあるまい。この期間の情報は?」

「……長の下働きをしていたようですが具体的な話は何も」


ゴトーはエルスマンの言葉の含みに気づき、重ねて尋ねる。


「勿体ぶるではないか。それはつまり、具体的ではない話ならある、ということだな?」

「……あくまで噂ですが。そのジグという男は長の指示でローグ共が言うところの『蛇』──暗殺者として働いていたのではないか、と言われています」

「ふむ……? 私はそのあたりの事情に詳しくないのだが、ローグギルド内では暗殺者としての立場は秘匿されるものなのか?」

「ケースバイケースのようですな。あまり大っぴらにする者はほとんどいませんが、周囲から何となく察せられている者、全く秘匿している者と様々です」

「なるほど。ではその男が暗殺者だという噂の根拠は?」


その問いかけにエルスマンは自分でも半信半疑といった表情を浮かべて言った。


「……数年前のことですが、ローグギルド内で粛清の嵐が吹き荒れ、掟を破ったローグが次々と始末されていたそうです。その時期が、ジグという男がフリーでいた時期と重なる、と。それ以外に何か根拠があるわけではありませんが、長が他に弟子をとったことはなく、またその男が冒険者となってからピタリと粛正が止んだため、そのような噂が流れたのだと思われます」

「ふむ……」


ゴトーは顎を撫でながら考え込む。


実際にジグという男が同胞殺しの暗殺者なのか、はたまた別の者が彼を利用して注意をそちらに向けただけなのか。噂話の真偽については、どちらもあり得る話だろう。


問題はその真偽ではなく──


「その噂はローグ共の間でどの程度広まっているのだ?」


ゴトーの問いかけの意味を理解してエルスマンは渋い顔をする。


「それが……半信半疑ではあるもののギルドに所属するローグの大半に広まっているようです。私が話を聞いた者も、そ奴が冒険者を辞めたと聞いて再び粛清の嵐が吹き荒れるのではないか恐々としている様子でした」

「つまり、ローグギルドの意向が働いているかどうかに関わらず、その男がいる限りローグ共を切り崩し、利用することは難しい、ということか」

「……残念ながら」


その場に思い沈黙が流れる。


ゴトーは内心『なるほど、想像以上に厄介な状況だ』と認めつつ、しかしやり様はいくらでもあるとたかをくくっていた──まだ、この時点では。


そんなタイミングだった。一人の部下が泡を食ってゴトーの執務室に飛び込んできたのは。


「──大変です!! ウチの、兵隊どもが──!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


時は数時間ほど前に遡る。


ゴトーが兵隊──荒事要員として雇っている部下たちの多くは獣人種やオーガなど敵性亜人種との混血ハーフ。所謂世間から弾かれたマイノリティである彼らは、仕事終わりに酒場でちょっと一杯というのも難しい。そのためゴトー商会所属の兵隊の多くは、仕事を終えると福利厚生の一環で設けられた社員食堂に集まり、仲間内で飲み食いするのが一般的なルーティンとなっていた。


兵隊といっても普段から荒事ばかりに関わっているわけではなく、彼らは特別な指示がない限り、普段は倉庫街で商品の仕分けや警備など適性に合わせて割り振られた仕事をこなしている。そして夕方仕事を終えると、そのまま倉庫街の外れに設けられた食堂に直行。乾いた喉に安物の温いエールを流し込み、不味い不味いとゲラゲラ笑いながら、気が済むまで仲間たちと飲み明かすのだ。


「ワフゥ~……?」


そんな憩いの場に、迷い込んだ()()()()()()()が一匹。


小柄なそのコボルトはゴトー商会とは何の関係もなかったが、食べ物の匂いと陽気な雰囲気に釣られたように、フラフラと食堂の方に近づいて行った。


「……んあ? 何だお前?」

「ワフ?」


最初にそのコボルトに気づいたのは牛の頭部を持つ獣人。彼は少し離れた場所からこちらの様子を覗うコボルトを見つけ、怪訝そうな声を発した。


続いて反応を示したのはハーフオークの老人だ。


「どうしたどうしたぁ?」

「いや、あそこ見ろよ」


黒毛のコボルトは彼らの視線を受けてもその場から逃げることなく、むしろ何かを期待するように尻尾を左右に振っていた。


その可愛らしい様子に老ハーフオークは相好を崩す。


「おぉ~、めんこいワンコじゃねぇか~。こっち来い。飯分けてやる」

「ワンッ!」


トテトテと音を立てて近づき老ハーフオークにすり寄るコボルト。


「お~、よしよし! めんこいなぁ」

「ワフゥ~……」


老ハーフオークはコボルトをワシャワシャと撫でまわし、コボルトはそれに気持ちよさそうに目を細めた。


「おいおい、いいのか? 勝手に中に入れちまって」

「かまやしねぇよ。混ざり者の集まりにワンコが入り込んだからって、誰が文句言うってんだぁ?」

「いや、そういうこっちゃ……」


牛の獣人は老ハーフオークが楽しそうにしているのを見て口を閉ざした。


一応、この食堂はゴトー商会所有の施設であり、部外者の立ち入りは禁止されている。とは言え別に警備が立っているわけでもなく、商品置き場や機密情報がある場所とは隔離されているため、部外者を連れ込んだからと言って特に問題がある場所でもない。文句を言われることはない、というのはその通りだろう。だが──


──あ~、いや待てよ? 今ウチと揉めてる連中がコボルトを飼ってるって話があったような……


牛の獣人はふと、数日前に回ってきた人相書きの回覧を思い出す。


──しかしそいつの毛は茶色だって話だったか。


チラと老ハーフオークから貰ったすじ肉を嬉しそうに齧っている黒毛のコボルトを見下ろし、苦笑してかぶりを横に振る。


コボルトなんてそう珍しいものじゃない。ただそれだけで警戒するのは気にし過ぎというものだろう。


何より自分たちの腰ほどもない小者に何の警戒が必要だと言うのか。


「……ほれ。こっちも食ってみろ」

「ワフッ!!」


真面目に考えている自分が馬鹿馬鹿しくなって、牛の獣人は食べ終わった空き皿に鶏肉を一切れ載せてコボルトの前に置いてやった。


「! オイシイ! アリガト! アリガト!」


嬉しそうに頬張るコボルトを微笑ましそうに見つめる彼らは、先ほどまでコボルトを撫でていた老ハーフオークの手が、いつもより黒く汚れていることに気づけなかった。

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