【短編】猫と煙草
煙草を買った。
日差しが強くじめじめした夏が残る夜のコンビニの前で、呆然と佇んだ。
生まれてこの方煙草など吸ったことはないし、ましてや初めて触ったもので、どう扱えばいいかわからず、優しくてのひらにのせてそれを眺めた。箱の模様をじっと見つめ、記憶の中に映るものと相違ないことを確認し、わたしは女性の服を脱がせるようにゆっくりと箱を開けた。中身を見ると、綺麗な丸が整頓して並んでいた。私はそれの一個をつまみ上げ、するするとでてくる本体に、心臓をバクバクと鳴らしながら煙草を取り出した。そして、レジ横に置いてあったライターを使いカチッカチッと震える手で火をつけた。あわてて口にくわえて、しずかに吸い込むがむせてせき込んでしまう。こんなものがうまいのか。わからない。わたしには彼女の考えることがわからない。野良猫のようにいつの間にかあらわれて、わたしにご飯をよこせと目でうったえてくる。食べ終わると自分の家のようにくつろいで、時々私にじゃれついて、気が付いたら家からいなくなっている。
彼女が好んで吸っている煙草を味わえば、少しはなにかわかる気がした。しかし、その目論見は霧散した。
彼女の香りがする。その一瞬の幻想に私は取り憑かれて、もう一回くわえた。
彼女の香りがする。蒸し暑い夏の夜、ベランダで煙草を吸った後の彼女がゆったりと笑った姿が見えた。
彼女はいない。会わなくなってちょうど一年。私は今も、彼女の影を追っている。
口の中に残る苦みに、私は涙をこぼした。