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便利屋からの依頼

 ここは、町の端っこにある寂れたアパートの一室。

 割と綺麗に使っているキッチンと、あちこち黄ばんだ壁紙が目に入り込む。

 古く色褪せたどこかのカントリーミュージックのポスターが並んで貼ってある。

 派手が好きと言ってるロックにしちゃ大人しい趣味だ。

 また驚いたのが右下の端っこに小さく『ニール印刷所』と印字してあること。フェスティバルの開催日を辿れば20年以上前のポスターで、俺が入社する3年前だ。

 こんなところにニール印刷所の歴史が隠れていたなんて、改めて誇らしい気持ちになると同時に、俺自身を責めたくなる。


「ヘイ相棒、便利屋から情報と仕事を貰いに行こうじゃないか」


 兎男ことロックは、吸い殻を金属の灰皿に突っ込んだ。


「あ、あぁ。このアパート、お前以外誰も住んでないのか?」

「そうとも、アル坊が買い取ったアパートでね。木に隠れて見えづらく、宗教の勧誘も来ない良い場所さ」

「あーそりゃ、良い所だな……」


 宝石を取り返そうにも何ひとつ情報がない。宝石を持って行った少年がどこにいるのかも不明だ。

 ベージュカラーで全体的に丸みのある小さな自動車に乗り込む――。





 ――町のはずれ、使われなくなった製材工場の隙間にうまく突っ込んだ古い2階建てバスの前に、車を停めた。

 時刻は午後9時過ぎ。カウンターには軽く100㎏は超えているだろう大男が座っている。

 ボサボサの金髪、気怠い表情をしたビッグJだ。


「よぉビッグJ、なにか情報は掴めたかい?」

「よぉロック、これ」


 スナック菓子を頬張りながら、新聞とレシート紙をロックに渡す。


「どれ、一面はと――」

 

 横から覗いてみる。


『コインランドリーで爆発か、新たな脅威』


 早速昨夜のことが記事になってやがる。


「ほら見ろ、メディアはよそから来たギャングに注目してるぜ。コインランドリー経営者のマルセル様も誠に遺憾だとよ」


 ロックが殴った少年については『爆発から逃げ遅れ、軽傷のギャングメンバーの少年は現在病院で治療を受けている』と書いてあった。

 無事だってことが分かっただけで、胸が軽くなる。


「とりあえず軽い挨拶も無事にできたことだ。情報の代価は」

 

 レシート紙の裏にはペンで走り書きされた住所。


『イディスA区-102番』


「商業区の住所じゃねぇか」

「部品集めの場所さ。ビッグJ、宝石を横取りした少年のことは分かったかい?」

「あーダニエラ」


 奥にいるダニエラ・ブルネッタを呼ぶ。

 オーバーオールを着た少女が、気さくに手を挙げてやってきた。

 

「ハァイ、ミスターハーゼ、ミスターフリト」

「やぁシニョリーナ」

「どうも」

「イディスの数少ない防犯カメラを見てみたら、挙動不審に逃げてる男の子が映ってたわ。バレンシアってギャングに追われてる感じ。今日の午後4時、イディスA区に向かってる映像が最後」

「なるほど、ついでに部品集めか。よし、助かったぜビッグJ、ダニエラ、期待して待ってな」

 

 ロックの愛車に乗り込んで、再びエンジンをかけた。

 空振りするエンジン音が数回したあと、車体が軽く揺れ、ガタガタと唸りだす。


「宝石を持ってる子供が、なんでまた商業区に逃げてんだ?」

 

 イディスA区は、中小企業が集う区域で、古い建物が多い。

 ニール印刷にはよく、A区土地再開発の広告印刷を依頼されることが度々あって、なんとなく覚えている。


「廃墟になってるビルもあるだろ、一時的な隠れ家としちゃ申し分ない場所さ」

「なるほどな。で、バレンシアってのが例のギャングってことでいいのか?」

「そういうことさ。あいつらも宝石を狙ってる、さっさと横取りした少年を捕まえようじゃないか」


『イディスA区』


 交差点の道路標識に真っ直ぐ進めばA区だと標示しているのを確認し、街灯すらない場所に入った。

 昨夜のことがあってか、遅くにA区を通る人はいないし、車も通っていない。

 通ったとしても暗くて俺達の顔は見えてないと思う。


「よぉーしここだな。ビルの裏側に停めてもらおうか」

「へいへい」


 レシートに書いてある住所の裏側に車を入れて、駐車する。


「さて、お宝と少年を探そうじゃないか」


 ロックに続いて、小企業の廃ビル『ハーブ青果』という朽ちた看板を跨いで階段から2階の事務所に侵入する。


「古いおかげでカメラと警報はないぜ、分厚いだけの扉。鍵は閉まってる、さぁ相棒の出番だ」

「またぶち壊すのかよ」


 軽く力を入れて、扉のドアノブより少し上を蹴り飛ばす。

 昨日のガラス扉と比べると脚に重みを感じたが、呆気なく内側に吹き飛んでいった。

 

「ヒューカッコいいぜ相棒」

「うるせぇ、さっさと宝石を探すぞ」

「もちろんさ、青果店の営業部署内は――」


 窓から差し込む月明かり以外頼りの明かりがなくて、視界がぼんやりしている。

 気になるのは廃墟で無人のはずなのに、香ばしい匂いが漂ってる。


「ライトはねぇのか」

「あるぜ、今つける」

 

 カチッとスイッチの音と共に、白い光が署内を丸く照らした。

 デスクに積んである複数のノートパソコンと、角に放置されたままのコピー機が3台。

 床にはコピー用紙が散らばっていて、靴跡が黒くついている。

 茶色の厚く短い毛が多めに落ちていた。

 香ばしい匂いの正体は、デスクに置いてある紙コップだ。中身はまだ半分コーヒーが入っている。

 触れてみると、まだ熱があった。

 

「誰か住んでるんじゃねぇの」

「ふむ、もしかしたら例の少年かもしれないな。ジャンク品を回収しつつ、探ろうか。相棒はジャンク品を外に出してくれ、俺はもう少し見回る」


 ノートパソコンはともかく、オフィス用のコピー機を1人で降ろせってか……。

 恐る恐る、コピー機の両端を掴む。ゆっくり呼吸を整え、腰に負担がかからないよう軽く膝を曲げて持ち上げてみる。


「お、ぉ……」


 恐ろしいほど重みが分からない。コピー機が俺の腕の中で浮いてやがる。

 歩いてみても、全く問題なし。何千枚の紙を運ぶよりも軽い。

 段差を踏み外さないようゆっくり下り、地上に置いた。


「こんなの車に乗らねぇぞ、どうすんだ」

「なぁに、あとでダニエラがトラックに乗って回収しに来てくれる手筈になってる」

「はぁ、娘と同じ年の子が労働してるなんてな」

「家族がいるのかい、相棒」

「あぁ、もう完全に冷え切ってる。離婚だってケンカした挙句、こんなことになっちまったけどな」

「心配かい?」


 心配だって? そんなことはない、はずだ。


「……」

「はは、心配したって罰は当たらないさ」

「うるせぇ、お前はどうなんだ」

「もうずっと独りさ、親の顔すら覚えてないね」


 なんか気まずくなる。

 ロックは大して気にせず、引き続き中を見回っていた。

 その間、俺は往復して出せる物全てを地上に並べる。

 

「おいロック、なんか手がかりはあったか?」

「いいや、ないね。俺達に気付いて逃げたかもしれない」


 クソ、結局手がかりなしか。


「ただ、少年が使ってたわけじゃなさそうだ。トイレに空の酒瓶が大量にあったぜ」


 2階署内の奥にあるトイレを覗く。

 ウィスキーやウォッカの酒瓶で洗面台が溢れかえっていた。


「なんだよこれ、アル中が住んでるのか?」

「いいや、ただのアル中じゃなさそうだ。見ろ、この大量の毛。人間じゃないな」


 床に散らばっていた茶色の厚く短い毛がトイレにもたくさん落ちている。


「あぁ? じゃあ……まさか」

「そのまさか、オレ達と同類がいるってことさ」


 続く。

 

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