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コインランドリー

――午後11時頃、ずっと町から離れた廃墟のガソリンスタンドで待機していた。

 アルはとっくの前に町へ戻っていき、ロックは煙草を吸っては調子の良いことばかり言いやがる。

 会社に無断欠勤の謝罪と簡単な事情説明をしたいが、お互い携帯電話を持っていない。

 俺の場合は怒りにまかせて出て行ったもんだから、免許証と財布以外全部家だ。

 ロックは獣人になってから手放したらしい。

 無遅刻無欠勤、休日出勤もしてた奴がいきなり無断欠勤するなんて、驚いてるだろうな。

 はぁ、会社に迷惑かけちまうなんて……情けない。

 吸い殻をコンクリートの床に捨て、踏み潰したロックは、赤い円らな瞳をこっちに向ける。

 楽観的で調子のいいことを話してる時と違って、何を考えてるのか分からないぐらい不気味で、残忍性を秘めてるんじゃないかと思えてくる。


「さて、便利屋に寄ってから、ちょっくら町の外側にあるコインランドリーに行こうか」

「あー……コインランドリー?」

「マルセルがいくつか経営してる店のひとつさ」

「はぁ? もう閉まってんぞ。誰もいないだろ」

「だから行くのさ、ほら、頼むぜ運転手」


 喋っていても何考えてるのか分からねぇ。

 ロックの愛車に乗り込み、キーを回すと間抜けに空振る音が鳴った。


「おい、この車ホントに大丈夫かよ」

「つい3日前に便利屋で見てもらったんだ、問題ない。チョークレバーを引っ張ってくれ」


 チョークレバーを引っ張り、キーを回したと同時にアクセルを踏む。

 不安が残るか弱い音のあと、エンジンがやっと動き出す。


「クランク棒じゃないだけマシか……ったく、せめて中身は最新にしろよ」

「それじゃ魅力が半減しちまうぜ」


 途中で動かなくなったら困るだろうがっ。

 外灯すらない真夜中の道路を、丸いライトだけが照らす。

 荒野だった景色が、再び緑と湖に戻り、対向車もない広い道路をひたすら進む。

 しばらくして便利屋に到着。路地裏にうまく突っ込んだ古い2階建てバスとは別に、午前中には無かった中型トラックが置いてある。

 ロック曰く『知る人ぞ知る名店』のカウンターからぼんやり漏れる明かりのなか、手を挙げるビッグJの大きなシルエットが見えた。

 バスの出入り口から小さな人影が軽く飛び降り、箱を抱えてこっちに近づいてくる。


「やぁシニョリーナ、会いたかったぜ、おっとと」


 車窓を開けて陽気に声をかけたが、返事よりも先に箱を入れられた。


「ハァイ、ミスターハーゼ。例の武器よ、西地域でよく使われてる拳銃と、貴方の好きな派手な物が入ってる。ただし、町の中で使うなら慎重にね」


 口調は明るく、強気を交ぜた話し方。

 月明かりで分かるのは、オーバーオールを着た少女だってことだ。キャップ帽をかぶり、首元にはゴーグルを提げて、鼻や頬のあたりにオイル汚れがついてる。

 年齢は娘のエミリアと同じくらいだろう。


「さすがビッグJ、状況をよく分かってる」

「そりゃいっつもラジオで聴いてるから、色々とね。それで、隣は一体どんなミスター?」

「あぁ?」


 俺の事か? 獣人だってことを大して気にも留めてないのは置いといて、どんなミスターってどういう意味だ。


「見ての通りミスターリカントロポさ」

「はぁ? なんだって?」

「はは、本当のことを言ったのさ。シニョリーナ、彼は今世紀最高の相棒フリト・ランゲだ」

「だから相棒じゃねぇっての!」


 いちいち大袈裟に言いやがって……険しくなる目つきに、少女は肩をすくめる。


「はいはい仲良しさんだね、私はダニエラ・ブルネッタ。便利屋の助手兼整備士として働いてるの、よろしくねミスターフリト」

「あぁ、どうも」


 軽く自己紹介を終えると、ロックは顎で前方を指す。


「さぁ時間が惜しい、目的地まで行こうか」


 こいつの合図で車を走らせた。

 たった1日、離れていただけで町が懐かしく感じてしまう。

 街路灯も頼りない時間帯、中央にある飲み屋街のネオンがうるさいぐらい光っているのがよく分かる。


「左に曲がれば商業区の手前にコインランドリーがある。そこまで走ってくれ」


 指示通りに進んでいくと小さなテナントの1階にコインランドリーがあった。

 営業時間外と貼られたガラス扉の内側は外よりも真っ暗で、なんにも見えない。


「監視カメラが外に1台。中にも1台あったはずだ。さてさて、まずはご挨拶だな、3メートル手前に停めてくれ」


 何をするのかと思えば、箱から拳銃と筒を取り出す。

 握るところに星のマークが刻印された拳銃の先に筒を差し込む。

 弾が詰め込まれた黒い塊を底から挿入させて、上部を後ろへスライド。

 ロックが手慣れた動作でやってるが、全く分からない。


「さぁ相棒、行こうか」

「あ、あぁ」


 車から降りるや否や拳銃をコインランドリーの入り口に設置された監視カメラに向けて、発砲。

 叩きつける鈍い音が響くと同時に、監視カメラから火花が散り、ガクガクと痙攣のように動いたあと、だらん、と垂れた。


「よぉし、扉を蹴り壊してくれ」

「け、蹴り壊すたって、こういうガラス扉は結構頑丈だ、おっさんの蹴りで壊せるかよ」

「まぁまぁやってみな」


 なんて雑な指示だ。渋々、昔見たアクション映画よろしく蹴りの構えをとって、思い切り右脚を振る。

 ガラス扉の表面に一瞬だけ抵抗を感じたのだが、本当に一瞬で、足の裏が奥へと沈んでいく。

 繊細に割れ散るガラスの破片と共に扉の枠が内側に倒れていった。


「うぉっ?!」

「ヒューさすがミスターリカントロポ。この破壊力は真似できないぜっ」


 脚の痛みも、腰痛もない。獣人になった影響か?

 戸惑う俺のことなどお構いなく、ロックは堂々と店内に入りまた一発、監視カメラに向かって発砲。

 バチバチと散る火花の音がハッキリ聞こえてくる。

 どんどん奥に入っていく。


「お、おい」


 堂々と不法侵入をするロックの背中を追いかけた。

 スタッフ専用ルームの扉を開けても無人で、警報すら鳴らない。


「警戒する相手がいないとセキュリティもがばがばだな。こういう所は2人ぐらい警備がいなきゃな。だから小物なのさ、マルセル」


 鼻で笑い、イェーロの札束が積まれたワゴンを指す。


「相棒、車まで金を運んでくれ。ほら、カバンが落ちてる」


 空っぽのボストンバッグを俺に投げ渡す。


「お前、泥棒するのか!?」

「まさか、挨拶の延長さ。ほらほら、長居は危険だぜ。バッグいっぱいに詰め込んで、車に乗せといてくれ」


 不法侵入の次は、大金を盗むなんて……なんてこった。


「もとはと言えばヤクとか売春で儲けた金なんだ、アル坊がちゃんと適切に使ってくれるさ」

「何に使うんだよ」

「勉強がしたくてもできない子供達のために使う。素晴らしいだろう?」

「汚い金を使ってか、知りたくねぇ裏話だな」

「はは、健全だけじゃできないことばかりだぜ、相棒」


 分からない世界だ。必死に仕事して稼いだ金額を余裕で超えてしまうほどの額がバッグに入っていく。

 これで警察に捕まらず上手くいってしまったら、労働が馬鹿に思えてくる。

 家族と過ごせたはずの時間を、取り戻せるんじゃないかって……今さらなことが、過った。


「クソっ」


 とにかくたくさん、札束を詰め込んだ。

 パンパンに膨れたボストンバッグを抱え、車の後部座席に運んでいると、背後から慌ただしく駆ける足音が聞こえた。

 しまった、姿を見られちまう! 急いで運転席に入って、身を屈める。

 ぜぇぜぇ、と呼吸を乱し、よろけながら走る子供だろうか、パーカーとジャージパンツ姿で何かから逃げている様子。

 遠くから、早口で畳みかけるような片言の喋りが聞こえる。そうだ、この声、教会で聞いたのと同じだ。

 Tシャツに短パン、キャップ帽の鍔を後ろにかぶった少年が怒りながら追いかけている。

 コインランドリーの前を走り抜けようとした少年を、店内から出てきたロックが有無を言わさず捕まえた。


「あぁ?」


 一体なにをするつもりかと見ていたら、拳銃の底で少年の頭を殴りつけたのだ。

 逃げた子供は既に遠く、こっちの様子に気付く暇もなく、暗闇に消えていった。

 気絶した少年を壁にもたれさせ、さっき使った拳銃を握らせる。

 ロックが車に戻ってくるのと同時だった、コインランドリーの奥からだろう、地面や壁を揺らすほどの爆発音が響いた。

 辺り一帯のガラスが割れ、コインランドリーから煙が舞い上がっていく。

 何に反応すればいいのかも分からないほど、一気に起こり過ぎている……。


「さぁ! 全力でアパートを目指せ!!」


 訳が分からないまま、ロックが続けて言った住所まで急発進することになった――。

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