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全速力の馬より少し遅れて到着したイリューザーが、クレイセスのまわりを一周し、心配するようにサクラの腕に鼻筋をこすりつける。意識を失ったサクラからの反応はないが、イリューザーからは怒りの気配が消え、落ち着きを取り戻したものになった。頭の上では角につかまった精霊が、鬣の中から赤い瞳で見上げている。こちらはまだ不安そうな表情をしていて、落ち着くには時間がかかりそうな様子だ。
「私はツイードと合流し、隊を連れて来ましょう。この屋敷を調べれば、エルネスト公爵家を取り潰せるほどの証拠が見つけられそうです」
バララトが冷ややかな視線を屋敷に向けながらそう言い、「馬車も調達しましょうか」とクレイセスを見る。
「そうしてくれ。二人……いや、三人か。搬送用と、護送用と」
サンドラも拾って帰らなくてはならないことを思い出してそう言えば、バララトは「承知しました」と返事をすると、身を翻す。騎乗して去って行く蹄の音を聞きながら、クレイセスはメイベルを見遣った。
「先に屋敷内を見てきます」
「待て。隊が来てからでいい。人気がないように見えるが、複数が潜んでいるかも知れない。それより、夫人の応急処置を」
アクセルが動こうとするのを止めて指示すれば、わかりましたと素直に返答し、カイザルが担いだままのメイベルに歩み寄る。矢を抜いたときにまた絶叫が聞こえたが、すぐに意識を失ったのか、静かになった。
クレイセスはサクラを抱えたまま屈み、クロシェの首筋に手を伸ばす。弱くはあるが、確かに脈はあり、安堵のあまりついた息は、わずかに震えた。
救援隊は近くまで来ていたのか、複数の蹄の音が聞こえる。見ればツイードが先導してこちらに向かって来ており、三十名ほどを従えているのが見えた。
「団長!」
小さなこの庭には一隊が入れるほどの広さはなく、門扉の前で下乗すると皆がなだれ込んで来る。
「サクラ様は」
「無事だ。治癒力を行使した所為で、今は眠っている。頬の傷は浅い」