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────時は、少し遡る。
主君を奪われたクレイセスは、取り返すべくすぐに下乗し、そのあとを追おうとした。しかし次々と湧いて出る黒ずくめに阻まれ、それらを片付けない限り身動きの敵わない状態にあり、片端から切り伏せていた。ほかの護衛騎士も同じ状態で、彼らも時折、サクラが連れ去られた方向を気にしながらも、目の前の掃討に精一杯の状態だ。
イリューザーも軍馬もそれぞれに奮戦しており、先程街道に残してきたアクセルやツイードたちが合流する頃には、三名と四頭で、総勢五十名もの黒ずくめを始末するに至る。
「団長!」
クロシェと合流するために残してきたツイードが、焦燥を含んだ表情で報告する。
「ジェラルド長官が何者かに連れ去られました。バララトとカイザルがあとを追ったのですが、途中で巻かれてしまったとのことです」
その内容に、ツイードのうしろに控えたバララトとカイザルが、申し訳なさそうに頭を下げた。
迷子の保護を命じたアクセルが、続いて報告を上げる。
「こちらも不審な点が。子供は、誰かが自分を抱えてここまで連れて来たが、見えなかったと言っておりました。幼くはありますが、一貫した証言をしております。異能が絡んでいる可能性を含めて対応してくれた者に伝え、営所に預けて参りました」
ふたつの報告に、やはり仕組まれていたことかとクレイセスは奥歯を噛み締める。
「クロシェを連れ去るのは、容易ではないはずだが?」
「恐らく即効性の毒を仕込まれたかと。抵抗する様子もなく、長官の体が傾いたので」
カイザルの答えに、クレイセスは自然、眉根をきつく寄せた。
「サクラも連れ去られた。宙に浮くように移動して行くのが見えた」
「なんと……。一連のことは、繋がっていると見て良さそうですね」
バララトは小さく息を吐くと、そこら中に折り重なるように倒れている黒ずくめのひとりに手を伸ばし、衣類を検める。ほかの騎士たちも、どこの手の者かを確認するため、すでに同じように死体の検分をはじめていた。