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灯籠渡の浪人  作者: 川蝉
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第三章 妖の森

「......」


 周囲を見渡すが周りは空間を埋め尽くすような植物と、聳え立つ巨木ばかり。


「......どうしよう」


 絶対に自分を取り戻すんだと意気込んで来たはいいが、いざこんな深い森の中に放置されるとどうしたらいいのか分からなくなる。灯篭を探すという目的自体は理解できているのだが、この中から探せというのか。


「......そうだ、あの蝶」


 右手の籠手にいるあの蝶はこういう時に使うのだろう。右手を持ち上げて蝶の装飾を見つめる。確か心の中で呼べば出て来てくれると言っていた。


「......」


 どうかお願いします。僕を導いてください。

 心の中で念じて目を開いた。すると装飾の蝶たちがゆっくりとその鮮やかな羽を羽ばたき始めた。その羽ばたきは次第に強くなり、そしてついに籠手から舞い上がるように実体となった。蝶たちは僕の周りをひらひらと飛んで回った後、そのまま森の中へと飛んでいく。


「あ、待って」


 慌ててその後を追いかける。深い緑に包まれる森の中で合っていても鮮やかな蝶の姿ははっきりと捉えることができた。


* * *


 摩天楼のような巨大な木々が乱立森は遥か頭上高くで屋根のように茂る木の枝葉のせいで昼間だと言うのに少しだけ薄暗く、時折木漏れ日がスポットライトのように照らしているところもある。

 そんな森の中を苔色の小さな鳥が群れを成して飛び交っている。水中で身を守るために群体を作る魚のようなその群れは自在に形を変えながら木々の間を飛びまわる。巨大な木の表面を見れば蛍光色のトカゲのような生き物が這い、地面を覆う凸凹と隆起した木の根の隙間をうさぎが跳ねていく。様々な虫と鳥、動物の声が満ちるその場所は少なくとも僕の記憶に残っている元いた世界の森とは全く異なるものだった。


「すごい...」

 

 見上げながらそんなことを呟いてしまう。ふと視界に蝶が入ってきた。そうだすっかり忘れていた。蝶は何か文句を言うように僕の視界をヒラヒラと飛び回った後再び森の中を導くように飛び始めた。僕はこれまで見ていたこの森の命のやり取りの光景が少し名残惜しく思いつつ、蝶の後を追いかけた。


「はぁ...はぁ...はぁ...」


 どれくらい歩いただろうか。木々の根を超え、渡り、潜ってと繰り返してかれこれ二時間は過ぎたのではないか。森の風景には何の変化もないので進んだ距離も時間も分からない。もしかしたら同じところをぐるぐると回ってしまっている可能性だってあるが、今はあの蝶を信じるしかない。


「お...?」

 

 背丈以上ある木の根をくぐり次の根を乗り越えた時少し進んだ木々の間に広がる空間が見えた。ようやく変わった景色に少しだけ胸が弾み、逸る気持ちを抑え込みながら根を覆う苔で滑りそうになりながら進んだ。


「わぁ......」


 その光景に声が漏れた。巨木に囲まれた開かれた空間には大きな水地が広がっていた。池というには浅い。湖というには小さい。そんな水場は波ひとつない綺麗な水面で鏡のようにその上の光景を反射している。それまであたりに満ちていたむせ返りそうなほどの緑の香りは水の匂いで少し和らいでいた。

 それまで僕を導くように飛んでいた蝶が籠手へと戻ってきた。ここに灯籠があるということだろうか。あたりを見渡してみるがそれらしいものはない。


「......」


 何となく水辺へと近づいた。水は澱みなく透き通り水底まで何の障害も見ることができ、小さな魚が泳いでいる。地面に膝をついて水の中に手を差し込む。魚が逃げていき、冷たい感覚が手から全身に伝わっていく。歩き続けて火照った体にはそれだけでため息が漏れるほどに心地よく、そのまま両方の手を差し込んで水を掬い上げると口の中へと流し込んだ。

 冷たい水が口内から喉へと落ちていく心地よく爽やかな感覚に目を閉じる。口に入り切らずに溢れた水が喉へと滴ったがその感覚さえ気持ちがいい。


「ふぅ...」


 余韻を残したまま地面に腰を下ろした。苔のせいか少しだけふかふかとした感触が疲れた体には嬉しい。


「......」


 そのまま目の前の風景を見つめる。

 何度見ても不思議な森だ。苔が覆う大きすぎる木が摩天楼のように乱立している。あれほどの大きな木が生えるまでどれぐらいの年月がかかったのだろうか。数十、数百、下手したら数千年かもしれない。

 ふとあの小さな鳥の群れが水場の上へと飛んできた。あの鳥にとってもここは安心できるところなんだろうか、どこか先ほどより穏やかに飛んでいる気がした。他にも水場の上にはクラゲのような半透明の笠から自由自在に色を変える触手のようなものを吊り下げた生き物が、風に流されるようにふわふわと浮かんでいる。

 離れたところの水辺には鹿のような動物の群れが森から出てきた。頭に木の枝のような角。赤毛の体に太く短い足。白い斑点のような模様があるその動物は鹿によく似ていた。自分の記憶の中にある鹿と比べて首元の体毛が立派というかライオンに似ている気がするが。その動物は静かに水を飲み始めた。


「...こういうことは、覚えてるんだなぁ...」


 イタチに似ている、鹿に似ている。そう感じるのは鹿やイタチを覚えているからだ。他にも前にいた世界がどういう場所だったかははっきりと覚えている。日本という国も都道府県の名前だって。それなのに自分のこととなると何も思い出せない。

 どこに住んでいた?家族は?友達は?そもそも僕は何歳なんだ?

 何も知らない。

 腰を上げて水面を覗き込む。頭に被ったフードのせいで見えにくいので外し、鏡のような水面に映った顔を見る。


 そこには知らない誰かの顔が映っていた。


「っつ」


 ばしゃんと水面を手で叩いて顔を離して地面に腰を下ろした。目を閉じて荒れそうになる呼吸を抑え込む。


 ツバキという名前の他人の体。

 そう感じてしまうたびに耐え難い違和感が心を覆い叫びそうになる。


「......思い出さないと」


 思い出す。自分の記憶を取り戻す。そしてこの体と顔と名前を本当の意味で自分のものにするんだ。


 自分を鼓舞するような決意と共に立ち上がった。その瞬間だった。


「---」


 何かが聞こえた気がして聞こえてきた方向を見る。そして耳を澄ました。


「---」


 やっぱり何か聞こえる。誰かの声だ。

 気づけば声のする方に歩き出していた。こんな森の中に誰が、という思いもあったがそれよりも何よりも自分以外の人間に会えるかもしれないということが嬉しかった。


 水辺に背を向けてもう一度森に向かって歩き出した。


 木の根を乗り越え、潜り、渡る。時折聞こえてくる声を頼りに慎重にそして可能な限り急いで向かう。

 少しずつ声が鮮明に変わっていく。この声は、泣き声だ。声を上げたのではなく声を押し殺すように泣いている。そう気づいた時から進む速度が上がる。


「はぁ...ふぅ...」


 声の主が見えた時僕は歩みを止めた。その声の主は地面から大きく隆起した木の根の根元に蹲っている小さな子供だった。その小さな体のせいでふと気を抜けば見失ってしまいそうになる。

 ゆっくりとその子に近づいていく。不意に地面に落ちていた枝を踏み乾いた音が響くとその子が顔を上げた。幼い顔は泥で汚れ、おかっぱ頭も少し乱れていた。赤く泣き腫らした目をまっすぐと僕に向けるが、驚いたり怯えたりする様子はない。


「おさむらい、さま…?


 子供が不思議そうな声を出した。声からして女の子だろうか。見た目だけではどっちか区別がつかなかった。


「えっと、違う、かな…」


 前の少し離れたところに膝をついて身体をかがめる。子供は相変わらず不思議そうに僕を見るばかり。


「じゃあ、かりうどさま…?」


「かりうど?」


 狩人、だろうか。この世界にはこんな格好の猟師がいるのか?こちらも少し不思議な気分になりながら、とにかくこの小さな子を不安にさせてはいけない、でも僕は果たしてなんと名乗ればいいのか分からない。


「えっと、狩人じゃなくて、旅人かな?」


 旅人、という表現が果たして適切か否かは自分でも分からないがそれ以外に言いようがなかった。


「たびびと…」


 復唱する様子を見ても意味を理解してくれたかは分からない。そんなことよりも気になることがある。


「君はこんなところで何をしてるの?」


 僕の言葉に子供は落ち込むように視線を下げる。


「おはな…」


「花?」


 つい聞き返すと子供は頷いた。


「おっかぁ、びょうきだから、おはなのくすり、のませるの」


 途切れ途切れの拙い言葉。それでも意味は理解できた。この子はこの森に花をとりにきた。どうやらその花は薬草かなにかなのだろう。その薬草を病気の母親にあげたくて一人でこんなところまで。


「そっか。じゃあお兄ちゃんが一緒に探してあげよっか?」


 客観的に見ればなんと怪しい男だろうか。それでもこれ以外にかける言葉が思いつかなかったし、母親のためにこんな小さな体こんな森に入ってきたのかとそう思うと当然放っておくこともできない。


「ほんと…?」


 もう一度顔を挙げて僕を見る子供に頷いて見せる。


「ほら、立てる?」


 首を振る子供。見れば子供は裸足で足は泥だらけだった。


「じゃあほら」


 子供に背を向けてなるべく低くしゃがみ込んだ。


「乗っていいよ」


 背中を向けながら振り返ると子供が困惑しているのが見えた。


「大丈夫だよ、ほら」


 もう一度声をかけるとゆっくりと躊躇うように背中によじ登ってきた。落ちないように手で押さえつつゆっくりと立ち上がる。子供はその小柄な体から考えても随分と軽かった。


「その花はどの辺にあるのか分かる?」


「えっと、みずのちかく...」


「水?」


 水といえばあそこだろうか。花なんて生えてたかな。記憶を遡るが覚えていない。


「水なら心当たりあるから行ってみようか」


 ゆっくりと一歩踏み出す。背中の子供を支えるために少なくとも片手しか使えないため転んでしまわないように、足元の木の根の表面を覆う苔は気を抜くと苔ごと滑ってしまいそうだ。


* * *


「よし、着いた…」


 さっきまでいた水辺に戻ってきた。そこは相変わらず色々な動物のたまり場であり、穏やかな時間が流れている。


「あとは花を探すだけ…」


 水辺を見渡すが、特に花のようなものは見えない。しかし地面は大きく凸凹と隆起しているせいで見えない部分も多い。とりあえず色々探してみよう。

 少し位置が落ち始めていた背中の子供を背負いなおすように上に持ち上げ、今度は水辺を歩き始める。転んで水に落っこちることのないように慎重に。


「んー…」


 木々の根の隙間をの覗いてみるがあるのは苔むした雑草が生える日陰だけ。時折そこから虫が飛び出して驚きそうになるが花は無い。この水場自体広いしそもそもこの水場にあるとも限らない。


「はぁ……」


 前かがみに覗き込んでいた体を持ち上げて落胆と疲労の溜息をついた時だった。


「あ…」


 背中の子供が声を出した。


「ん?」


 首だけ少し振り返ると子供はどこかを指さしている。その指の先を見ると少し進んだ先の水辺の大木、その大木の幹に大きな亀裂が走っており亀裂の中を木漏れ日が照らしている。


「あ」


 照らされたそこに一輪の花が咲いているのがこの距離からでも見えた。

 少し速足でその大木に近づいていく。その大木はどうやら既に枯れてしまっているようで朽ち果てた幹の内部は空洞になっているようだ。その根元に咲いた花。白い花びらの先が紫色に染まった小さな花。


「この花?」


 背中の子供にも見えるようにしゃがみこんで見せた。


「うん」


 少しだけ弾んだ声で答える子供。それを聞いて安堵と解放の溜息をついてしまった。


「降りる?」


 もう一度声をかけると返事したため降りやすいように地面に膝をつけた。子供はすぐに僕の背中から降りるとひょこひょこと足をひきずるように歩き花へと近づいていく。大木は大きく僕と子供が中に入っても少し余裕がある。


「……。」


 視線を上げる。真上を見れば空洞になった幹は高く伸びその先に丸く切り抜いたような空が見える。一体何年前からここに存在して、いつ枯れてしまったのだろう。いつだったかこういう木の寿命は人間のそれと比べて遥かに長く悠久であると聞いたことがある。僕は自分が何歳か覚えていないが、きっと僕の人生なんかよりもずっとずっと長いのだろう。


 子供が花を掘り返しその根っこごと大事そうに持ち上げた。土がついたままのそれを自身の懐にそのままつっこみ大事そうに両腕で抱えた。


「よし、それじゃあーーー」


 先に大木の中から外へ出る。この後はこの子を親や家族の元へーーー。


「……?」


 そう考えたときに周囲の異変に気が付いた。

 水辺には僕しかいない。あれほどいた色々な生き物。空を飛んでいた鳥も水を飲んでいた鹿も、何もいない。あれほど辺りに満ちていた虫や動物の音もすっかりと止んでしまい、ただただ静寂だけが周囲を包んでいる。たまたま何もいないタイミングなんだろうか。

 そう考えた瞬間、強い風が僕めがけて吹いてきた。


「っつ?」


 あまりの突風に目を閉じた。


「え?」


 頬に暖かい感触を感じる。何か濡れているような感覚も。目を開けて自分の頬を手で撫でた。そしてその手を目で見て声を飲んだ。

 掌にべっとりとついた真っ赤な液体。生暖かく鉄臭いそれが血であることはすぐに分かったが、その血が誰のものであるのか理解するのには時間がかかった。


「……。」


 すぐに周りを見渡すが何もいない。さっきまでと同じく耳が痛いほどの静寂。

 

「たびびとさま…?」

 

 子供の声に振り返る。あの子供が木の幹の中から出てこようとしていた。


「だめっ!」


 大声で制すと同時に手でその動きを制した。

 その瞬間もう一度風が吹いた。金属と金属がぶつかり合うような鋭い音と共に差し出した左手がはじかれた。


「ぐうっ?!」


 手首から全身に伝わるような鈍い痛み。見れば籠手に僅かではあるが傷が走っている。


「え?」


「その中にいてっ!」


 半ば叫ぶように子供に言ってから木の幹に背を向けて腰の刀を抜いて構える。

 周囲をゆっくりと見渡すがやはり何も見えない。でもなにかいる。人間である僕を襲うような狂暴な何かが。


「はあっ、はあっ、はあっ」


 胸の中で心臓が暴れ、肺が激しく収縮を繰り返す。そのせいで何もしていないのに呼吸が荒れる。それを何とか抑え込みたいが、やはりうまくいかない。


「…っつ」


 横から風が吹く。とっさにそちらに刀を向け身体を護るようにまっすぐとたてた。

 鋭い金属音と共に刀から腕へと伝わってくる衝撃。握ってる手がびりびりと痺れる。しかしそんな衝撃に怯んでいる暇はない。今度は反対側から風が吹き肩を強く叩かれたような衝撃。着ている甲冑が防いでくれたようだ。


「いっ、っぅ…」


 衝撃に少しひるんだすきに今度は前から風が吹いてくる。


「このっ!」


 刀をまっすぐと振り下ろした。

 目の前には何もなかったはずなのに何かを切った手ごたえを感じる。


「……」


 僕は何かを切り落とした。目の前の地面を見ると細長い体のイタチのような生き物が血まみれでのたうち回った後静かになった。その体を見れば見るほど不思議だ。身体は確かにイタチだ。でもそのしっぽは大きな刃物のような形をしている。

 こいつがこの尻尾で僕を襲ったのか。


 風が吹く。下を向いていた僕の背中を強い衝撃が襲った。

 顔を上げる。

 気づけば僕と子供が隠れる木を取り囲むようにつむじ風のようなものができている。

 この風は地面に落ちているこの怪物と同じものが作っているのか、だとしたら一体どれほどいるのか。

 全身に冷たい感覚が覆いかぶさってきた。脳内には最悪の予想が浮かんでは消えていく。今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。


 その衝動を振り払ってもう一度刀を構える。

 もしここで僕が逃げたらどうなるか。そう考えたら逃げるなんて選択肢は早々に頭から消えた。


 ガチガチと震える腕に無理やり力を込めて震えを止めた。


「こいっ!」


 叫んだのは怪物たちに対する挑発じゃなくて、自分に対する誤魔化しに近い鼓舞の為だった。


* * *


「はっ...はっ...はっ...」


 視界が歪んでブレる。耳鳴りが脳内に響き渡りもはや何も聞こえない。口内の水分は一滴も残っておらず喉からは肺の収縮に合わせて意味のない吐息が断続的に吐き出されるだけ。


 痛い。痛い。痛い。


 全身が痛い。絶え間なく吹き付ける風と斬撃。大半の斬撃は甲冑が防いでくれているが、時折甲冑のない部分に命中する。その度に血が飛び散り突き刺すような激痛が全身を貫く。もはや刀はただ握っているだけ、時折訳もわからずに振り回すがそんなもので怪物の群を追い払える訳もない。


 最後に残った力を振り絞って立ち続ける。もしここで僕が倒れたら子供どうなるのか。甲冑も着ていないあの子はどうなるのか。


「うぐっ」


 腹部の衝撃に間抜けな声が漏れた。

 視線を落とせばあの怪物が僕の体にしがみついていた。黄色の目で僕を睨みつけ歪で鋭利な牙を見せつけるように口を歪ませている。

 振り払おうと腕を動かした瞬間、その怪物はその尻尾を素早く持ち上げて僕の首元に差し込んだ。


 まずい。


 そう感じた瞬間、怪物の尻尾が勢いよく引き出される。


「ぁ」


 全身から力が抜ける。つい耐えきれなくなり地面に膝をつく。

 全身の熱が首から外へ漏れていくのを感じる。それを塞ぐ力すらもう無い。ぼやけた視界に先ほどの怪物が僕の目の前の地面に降り立ったのが見えた。僕に近づいてくるその怪物を見て、僕は最後の力を振り絞って怪物に刀を突き刺した。


 その足掻きを最後についに刀すら握れなくなった。


 ここまでか。


 あまりにあっけない。あれほどの決意で来たというのに子供一人守れずに死んでいくのか。自分が誰かもわからないまま。


 狐にもらった甲冑も刀も無駄になってしまった。


 ぼやけた視界を暗闇が侵食していく。異常な眠気と倦怠感が全身を包み込む。


 二度目の死が、目の前まで迫っていた。


 その時だった。


 甲高い笛のような音が辺りに響き渡った。


 そして何かが僕の目の前に現れた。

 大きなその影を見ると、それは人みたいだ。


 数回の瞬きで少しだけ視界が鮮明になりようやく見えた。


 大きな鎧を着て兜を被った武士。その武士は僕の前に背を向けてたち、手には刀を持っている。


「頭を下げていろ」


 耳鳴りの向こうから聞こえた声。それはきっと武士のものだろう。


 そこからの光景はまるで夢や幻のようだった。

 鎧を着た武士は刀を振り、怪物たちを次々と切り落としていく。無駄も無理もないその動きはそれそのものが芸術のようで、どこまでも美しく、それでいてどこまでも恐ろしかった。


 最後の一匹を切り落とした武士は刀についている血を払い振り返る。

 兜の下の顔は白いひげを蓄えた老人だった。


 その顔を見た瞬間、僕の意識は完全に途絶えた。

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