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話数で言うなら第i話(2024年4月5日超大幅修正)

エイプリルフールですね。


つまりはこの物語はフィクションです。


 「むにゃぁ…………むにゃぁ…………」

 

 「おはようございますヌル様。しゅぴ。」

 

 カーテンが開かれ、窓から差し込む極光がぼんやりとした闇を切り裂いた。

 そのまま極光は一日の始まりを告げ、ここで眠る彼をかどわかす睡魔を滅する、はずだった。

 「むにゅぅ…………むにゅぅ…………」

 しかし今日の睡魔は手強かった。

 メイドがカーテンを開いて振り返ると、そこには既に毛布で体をすっぽり覆い、退魔の光から逃れる彼がいた。

 「むにょぉ…………むにょぉ…………」

 「なるほど。ふむむむ。」

 しかしこの程度ではメイドは動じない。

 表情一つ変えず、毛布を引っ剥がす。

 「めにゃぁ…………めにゃぁ…………」

 今度こそ退魔の光が睡魔を祓う、はずだった。

 しかし寝息は止まない。

 それどころか、メイドの眼前からは彼が消えていた。

 「。がびーん。」

 メイドは困惑の無表情を浮かべる。

 遅れて感じる、確かな重み。

 メイドは自分が剥ぎ取った毛布を見てみた。

 

 「めにゅぅ…………めにゅぅ…………」

 

 「ほう、やりますね。びっくりんっ。」

 彼は毛布にしがみついていた。

 メイドは驚嘆の無表情を浮かべる。

 聖なる光は未だ届かない。

 「これならどうでしょう。きゅぴーん。」

 メイドは彼のしがみついている毛布を上下に激しく揺さぶり始める。

 「ふんふんふんふんふんふん。」

 その額の禍々しい()の印象に負けず、しがみつく腕を微動だにしない彼は化け物じみていたが、子供とはいえ人一人分をぶん回すメイドも大概だった。

 「めにょぉ…………めにょぉ…………」

 しかしそれでもサタンの如き睡魔は倒れない。

 「やはり無理ですね。ずーん。」

 メイドは諦めた。

 「では。ごごごごご。」

 そこで強行手段に出る。

 彼女は毛布を下にして少年をもう一度寝かせると、彼を毛布にくるんだ。

 「これで良し。むふむふ。」

 「もにゃぁ…………もにゃぁ…………。」

 「行きますよヌル様。うんしょこ。」

 いわゆる簀巻き状態になった彼――――ヌルは、そのままメイドに担がれて部屋を後にした。

 穏やかな寝息を立て、一向に起きる気配がない。

 彼の世界の「光」は、彼の中で彼の眠りを妨げること無く静かに瞬いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










 

 「おいヌル、その姿はなん……………いや本当に何だ!?」

 

 暫く歩くと、メイドとヌルは女騎士然とした女と会合した。

 綺羅びやかな金髪を一つにまとめている彼女は、鎧を着ている訳では無いが、しかし腰には刀が備えている。

 彼女はヌルの姉である。

 ただいま帰省中という訳だ。

 「おはようございますキルナ様。しゅぱっ。」

 「あ、ああ、おはよう……………クロロス、貴様がこれを?」

 「はい。きらーん。」

 「そ、そうか……………うぅむ、今日に限ってこれとは…………いや?もしやこいつ、いつもこんな醜態を?」

 呆れた様にヌルを指差す。

 平和の象徴の様な寝顔である。

 「いえ、ここまでの惰眠は二日に一回くらいですね。きゅぴーん。」

 「恐ろしく弛んでいるではないか!?…………全く、なんなのだこの呆け面は。こっちまで気が抜けそうだ…………。今日はこいつの内魔素鑑定の日だろう?何故こんなに呆けていられるのだ?」

 姉――――キルナは呆れ尽くしてため息も出ないと言わんばかりに、巨大なため息をつく。

 「それではキルナ様、私はヌル様を起こさなければいけませんので。お先に応接間でお待ち下さい。しゅばっ。」

 そう言ってメイド――――クロロスは一礼した。

 「了解した。しかしそこまで睡魔に犯されているというのに、どうしたら起きるのだ?」

 「顔に水をかければ起きます。きらーん。」

 「………思ったより普通だな?それなら他の方法っも簡単に起こせるのではないか?」

 「今まで振って叩いて揺すって踊ってくすぐってこすっていじって舐め……………とにかく手を尽くしましたが、起きませんでした。ふんふん。」

 「…………ん?最後の方何と言った?……………まあつまり、私がここで叫んでもこいつは起きんのか?」

 「試しますか。ずいずい。」

 「やってもいいか?こんな醜態を見せつけられて、一言二言こいつに言いたいことがあるのでな。」

 キルナは簀巻きのヌルと顔を突き合わせた。

 「いいか貴様?」

 いささかコミカルな仕草で人差し指を立てる。

 大きく息を吸い込んで、

 

 「この、大愚か者がぁぁぁぁ!!!耳の穴をかっぽじって刮!目!して聞け今日は貴様の内魔素鑑定の日なんだぞ貴様貴様の人生最大の岐路にあたる日なのだぞそもそも貴様が【魔導の子(マジカル)】ではないこと自体貴様の怠慢だと言いたいところだと言うのに何故そんな無責任な呆け面を平然と晒せるんだ貴様はどういうつもりなんだその呆け面を晒している時間が無駄だとは思わないの伝説の【勇者】と同じ目を持っている生まれながらの天才だと言うのにその醜態それでは最低の愚者として貴様の名前が末代まで語り継がれるぞ貴様はお父様の後継者たる人物なんだぞそのあたりしっかりと理解しているのか貴様ァァ!」

 

 苛烈な勢いで頭をツンツンしながら姉は絶叫する。

 「……………」

 「おい聞いているのかァァァ!?ん?!」

 「もにゅぅ…………もにゅぅ…………」

 「何か食っておるのか貴様ァァァ!!??」

 「……………」

 起きない。これでも起きない。

 しかし無意識の防衛反応によって、ヌルは毛布の中に引っ込んでいった。

 「駄目ですね。うんうん。」

 「はぁ、はぁ、そうだな…………」

 「もにょぉ…………もにょぉ…………」

 もぞもぞと。

 また巻き物の中からヌルが顔を出した。

 相変わらずの呆け面。

 まるで眼の前の過剰労働者を嘲笑うかのよう。

 「っっっ!!」

 キルナの中で、何かが切れた。

 「…………クロロス、その愚弟をこちらに渡してくれないか。私が変わりに連れて行こう。」

 「キルナ様がですか。きょとーん。」

 「ああ…………こいつを叩き起こして面と向かって言いたいことが山程あるのでな…………!」

 「承知いたしました。どうぞ。ずずず。」

 こうしてクロロスの変わりにキルナがヌルを連れて行くことになった。

 「…………これはどう持てばいいんだ?」

 「私と同じ様にわきに抱えてですね。ぐっ。」

 「こうか?……………意外と重いな。」

 「人間にとってはそうでしょう。ふんふん。」

 「いや貴様も人間だろう?」

 「私はメイドです。絶対の奉仕者です。メイドとは奉仕のために人を超えた存在なのです。」

 「そ、そういうものか?」

 「はい。うなうな。」

 「そ、そうか。………しかし愚弟め、なんと間抜けな姿なのか…………」

 「ちくわみたいですね。うんうん。」

 「ちくわか……………いや、中身の詰まっていないちくわはこの場合適切ではないのではないか?というか何故そんな珍妙な例えを?」

 「ではかっぱ巻きでしょうか。むむむむ。」

 「もっと身近なものであれよ!今度は何故あえてあの語源のわからん珍物なのだ!?」

 「珍物ですか。ではちん………」

 「言わせるかぁァァァ!!!」

 「やにゃぁ…………やにゃぁ…………」

 「さっきからどんな寝息だ貴様ァァァ!?」








 

 「おっっはよう!!」

 「驚くほど良い目覚めだな。」

 洗面台までヌルを運んだキルナは、彼の顔に水をかけてみた。

 瞬間彼は顔を上げ、何度も回転して水を跳ね飛ばした。

 そして先程の第一声である。

 「蘇る乾燥わかめのようだ…………いや、何故私も食べたことすら無い珍物を例えに出すのか…………」

 キルナは水滴を思い切り被った。

 若干遠い目をしている。

 「きもちーあさだね!」

 「そうか。」

 ヌルは喜色満面である。

 「おねーちゃん!こんなすばらしーひにはそとあそびにかぎるね!!」

 「そうかそうか。」

 キルナも笑っている。笑ってはいる。

 「それじゃーいってきます!」

 「待て。」

 走り出そうとしたヌルの頭をキルナは鷲掴みにする。

 張り付いた笑みと共に。

 「貴様、今日が何の日かわかっているのか?」

 「?ありきたりだけどすばらしーひ?」

 ずっこけた。

 「そんな当たり前の幸せを改めて噛みしめるような日ではないわ!」

 「じゃあなんのひ?」

 「本当に、わからないのか?」

 「うん!おしえておねーちゃん!」

 「そうかそうかそうか。それなら教えてやろう。」

 キルナは笑みを貼り付け、ヌルと同じ目線になるようしゃがむ。そのままヌルの頭をがしりと掴む。

 「いいかヌル、今日はな?」

 「うん!」

 「すぅ……………」

 そこでキルナは溜めて、息を吸う。

 時は経ち、気が満ちる。それを発散する。

 

 「貴様の、内魔素鑑定の日だろうがァァァァァ!!!!」

  

 「うひゃぁ!?」

 空気どころか部屋自体が爆ぜたかというほど、大音響は世界を揺さぶる。

 「いいか貴様!耳の穴を脳天を貫通するほどかっぽじって!目玉周りの骨格が変わるほど刮!目!してよく聞け貴様が惰眠を貪り尽くしているときにも声を特!大!にして言ったが今日は貴様の内魔素鑑定の日だぞ貴様の!魔法の!才能を!図り!人生最大の門出を迎える日だぞそもそもだなぁ!!貴様が私の様に本能で魔法を使い出す【魔導の子(マジカル)】ではないこと自体甚だ不満だと言いたいほどであったのに正気の沙汰ではないわ!!もしや貴様が魔法を使えないないのは生来怠惰の大罪を背負ってるせいで神に見放されたからなのではないかどうなんだ!!!」

 「うぅ…………」

 目のつり上がった苛烈な形相だった。

 表情筋のオーバーワークである。

 ヌルは激しい弾幕の嵐にたまらず毛布を手繰り寄せ自己防衛を試みていた。

 頭だけがちょこんと出ている。

 「角を隠せ爪が甘いわ!」

 「?かじかじ……………あまくないよ?」

 「そういう意味では無いわァ!?………ゼェ……………ゼェ……………」

 フルスロットルで言い切ったキルナは肩で息をする。

 「ハァハァ………………ハッ……………」

 息が整った頃、キルナは今度は心の底からの笑みを浮かべる。

 己を嘲り笑うかのような笑みを。

 「私は何と言った?貴様に対して神に見放されただと?ハッ!我ながら笑えん戯言だな………」

 「?」

 先程までとは明らかに違う雰囲気を感じ取り、ヌルも思わず顔を出して、不思議そうにキルナを見た。  

 「むしろ最も神に愛された者だと言うのに。」

 そこでまた彼女は自嘲気味に笑った。

 「おねーちゃん?」

 「魔法の源である外魔素を()()ことができる、何と言ったか、ああ、【世界を我が手に(オールフォーアイ)】だったか、その()の名は?」

 先程とは対照的に幽々と、己の殻に閉じこもる様に言葉を紡ぐ。

 「どーしたの?」

 「本当に、貴様が羨ましいよ。【魔導の子(マジカル)】だと?そんなもの、畜生の如くいくらでも湧いて出る。だが、貴様のその()の特別性はそんなものでは比較にならん。なにせ、かの【勇者】以外が所持していた記録がなく、彼の唯物だと思われていたものだ。ただ【勇者】と同じ【雷】の魔法を使うだけの私とは雲泥の差だな。この金色に染まった髪も、ただただ惨めだよ。お父様が私なんぞ見向きもしないのも当然だな。今日で私はいらない子だよ。そうだ、どうせ金と時間の無駄だ、【学園】を辞めよう。それで………そうだな、下等な私は貴様の奉仕者にでもなるか?」

 笑みとは絶望の象徴であると、そう錯覚してしまうような、苦痛で悲痛な激痛の笑みだった。

 「…………ねえねえおねーちゃん。」

 「どうかなさいましたかご主人さま?無様な私を私を笑うのですか?何なら腹踊りでもしましょうか?」

 もう戻ってこれない様な笑みをキルナはヌルに対して向ける。

 

 そしてその問に対しヌルは、笑った。

 

 「うんおねーちゃん!にっ!」

 その口の両端には指が添えられている。

 「………どういうつもりだ。」

 「おねーちゃん、そんなじゃだめだよ!もっとにこっ!ってしないと!「じんせー」というながいたびじを「えがお」というおべんとーでうきうきゆこう、だよ!」

 ずっこけた。

 「き、急になんだその貴様の人生観は!」

 「ほらほらおねーちゃん!ぼくのまねしてわらって!にこっ!」

 「い、いや私は…………」

 「ほらほら!にこっ!!」

 いろいろ綯い交ぜになっていたキルナの感情であったが、この時ばかりは困惑という一つの色に集約されていた。

 「もう!おねーちゃんしゃがんで!」

 「な、なんだよ。ちょ、やめろ服が落ちる角が刺さる!わかった、わかったからやめろ!」

 ヌルの要望通り、キルナはしゃがんでみた。

 「えい!」

 「ぬ!?な、なにほふる!」

 そしてヌルは、キルナの口の端に自分にやっていた様に指を添えて言った。

 「にこっ!」

 そういう彼の顔も、満面の笑みをたたえていた。

 「…………」

 「おねーちゃん、とりあえずわらえよ、はなしはそれからだ、だよ!ほらっ!つぎはひとりでにこっ!ってしてみて!」

 ヌルは指を離した。キルナは立ち上がる。

 感情の色はカオスへと帰り、再構築される。

 「フッ……」

 満面の笑みではないが、彼女は笑った。

 思わず器から溢れ出た、心からの笑みだった。

 「あ!にこっ!ほらほら!つぎはもっとおっきく!」

 「な!?ち、違う!今のは違う!そ、そう!今のは呑気な貴様を笑ったのだ!」

 「え?…………うーん、そーゆーのよくないよ?」

 「うっ!…………す、すまん……………」

 「むぅ、でももっとにこっ!!ってしてほしいのに………あ!そーだ!おねーちゃんちょっとまってて!」

 そう言うとヌルは空を掴み始めた。

 まるでそこに明確な()()があると言わんばかりに。

 「…………よし!にぎにぎにぎにぎにぎ…………」

 「む?何をしている?」

 「にぎにぎにぎにぎにぎ…………あわわ!だめだめだめだめ!…………にぎにぎにぎにぎにぎ…………あわわ!…………むぅ…………やっぱりだめかぁ…………」

 「いや、本当に何をしてるんだ?」 

 キルナにはその意図が全く理解できない。

 「きらきらみせたらおねーちゃんもにこっ!!ってなるかなーっておもったんだけど……………」

 「きらきら?」

 彼女の世界には太陽光以外の「光」は無い。

 「うん…………いっぱいういてるでしょ?あつめるとすっごいきれーなんだよ?おとーさんがまほーでみせてくれるんだ。でもぼくがにぎにぎしてもおとーさんみたいにならないんだよね…………」

 「?一体何のことだ?」

 「あれ?おねーちゃんもみえないの、きらきら?おとーさんもみえないし、なんで?」

 「…………!」

 そこまで言われて、キルナも気が付いた。

 先程己がこれでもかと触れた彼の目について。

 「…………ヌル、さっきも言っただろ。それは貴様以外には見えんよ。」

 彼女はヌルに背を向ける。

 彼からは、その表情は伺いしれない。

 「そうなの?じゃあだめかぁ………ならおねーちゃんはどーすればひとりでにこっ!ってできるの?」

 「そんなこと私が知るか。ほら行くぞ。」

 言いながらドアを開ける。

 「どこいくの?もしかしてあそぶの!?」

 「違う、なんのために貴様を起こしたと思ってる。再三貴様に言ったが今日は貴様の内魔素鑑定の日だぞ。」

 「えぇ………あそびたい………」

 「我儘を言うな。子供か。」

 「?こどもだよ?」

 「…………確かにそうだな。」

 「ぼくこどもだよ?」

 「…………………わかった。暇があったら後で遊んでやるから。」

 「ほんとに!?」

 「ああ。だから今は我慢しろ。」

 「うん!」

 そう言ってヌルは先に駆け出していった。

 「全く………」

 












 「おっっっはよーーー!!!」

 爆竹の勢いで扉が開け放たれる。

 「おはようございます、お父様、お母様。………ヌル、貴様もっと落ち着き払った態度でだな…………」

 いい意味でも悪い意味でも、ヌルは元気な子供だった。

 

 「おう、ヌルおはよう!キルナもおはよう!」

 

 「おはよ二人共。」

 

 ヌルとキルナに対して彼らの父――――アインは快活に笑いながら手を挙げて挨拶を返した。

 母――――フルエルも小さく手を振り返す。

 「おはようございます。」

 クロロスも恭しく一礼する。

 「めいどさんおはよー!しゅぴっ!」

 「ヌル様、おはようございます。しゅぴっ。」

 ヌルにはだいぶ砕けた礼を返した。

 「申し訳ありませんお父様、一悶着ありましてここに来るのが遅れてしまいました。」

 「いや、大丈夫だ。あいつが来るまではまだ時間に余裕がある。心配すんな。」

 「はっ。」

 キルナは部屋に入ってきた時同様、礼儀に則った礼をする。

 「ねぇねぇおとーさん?」

 「ん?どうしたヌル?」

 「ごはんまだ?」

 「?どういうことだ?」

 「みんなあつまったからごはんたべるんでしょ?」

 刹那、腰の刀………ではなく手刀が抜刀される。

 その手刀は彼の頭をがっしり掴んだ。

 「き、さ、ま?私の話を、聞いていなかったのか?」

 キルナは礼をしたそのままの体制で、首だけをヌルの方に向けた。

 表情筋のリミッターは破壊され、全力で駆動している。

 傍から見ればそれは、いわゆる満面の笑みである。満面の笑みでは、ある。

 「あっ!!おねーちゃんそれだよ!にこっ!!」

 「ぶちころすぞ?」

 思わず漏れ出てしまった。

 「む、おねーちゃん、ころすってかんたんにいっちゃだめだよ!「わらえよ〜すばらしきひをおくるための315のことばたち」もいってたよ?」

 「貴様久々に帰ってきたと思ったら一体何を読んでいるのだ!?…………いや……しかし……ころすと言ってしまったのは……その…………すまん…………」

 そのまま120度程まで礼を深めた。

 「いいよ!おこるくらいならわらいとばせ、つまんねーじんせーいきてやんのってはなでわらえ、だよ!」

 「貴様喧嘩を売っているのか?ん?」

 秒速で怒りが煮えたぎった。

 「ふふふ、仲いいのね。」

 「ああ、仲がいいのは俺も嬉しいよ。だけど、俺達のことを忘れないで欲しいな。」

 フルエルは柔らかく笑い、アインは苦笑する。

 「!?も、申し訳ありませんっ!!ぶっ!?」

 もはや180度に届く程の圧巻の礼は、激しい勢いで脛と頭を激突させる。

 「みゅ、みゅぅ……………!」

 「だいじょーぶ?」

 「エル、冷やしてやってくれ。」

 「はーい。キルナ、大丈夫?」

 一悶着を終えて、アインはヌルと目線を突き合わせた。

 「ヌル、今日はお前の内魔素鑑定の日だぞ?」

 「ないまそ?」

 「ああそうだ。お前の才能を計る日だ。」

 アインは手に火を灯す。

 「お前が魔法を使えるようにな。」

 アインは不敵に笑った。

 ヌルは目を輝かせる。

 「ほんと!?ぼくもまほーつかえるよーになるの!?」

 「ああ、お前も三歳になったし、そろそろ頃合いだからな。」 

 「やったぁ!!!」

 よく満面の笑みを浮かべる彼であったが、この時の笑みはそれ以上のものだった。

 「きらっきらぁ!きらっきらぁ!!」

 「…………明日からって言ったけど、あれだぞ?明日から訓練、というか勉強を始めるってことだからな?教本を読んだりとかの。」

 「う…………」

 ずーんという音が聞こえそうだった。

 「えー…………もじいっぱいできらい…………」

 「…………だけどお前、よく自己啓発本読んでるだろ?」

 「?じこけーはつぼん?」

 「あれだよ、さっき言ってた「笑えよ〜素晴らしき日を送るための315の言葉たち」とかのさ………」

 「あれはなんか、おもしろいし…………」

 「そ、そうか?」

 「ぶぅ……………」

 文字通り、ぶーたれた顔である。

 「…………よし。ヌル、外に出るぞ!」

 「なんで?あそぶの!?」

 「それは後でな。」

 「えー……………じゃあなにするの?」

 「いやなに、一つ見せてやろうと思ってな。」

 「なにを?」

 

 「勉強の成果ってやつを、な?」












 

 「いいかヌル。この世界には、そこら中に外魔素っていうもんが浮いてる。俺達人間はその外魔素に体の中にある内魔素を混ぜて魔法を使うんだ。」

 異常に広い庭を、木々をかき分けながらヌルとアインの二人は進んでいた。

 「内魔素の量が多ければ多いほど、より強大で、より強い魔法が使える。その中でも、量が多すぎて魔法の使い方を学ぶ前から魔法が勝手に出る程の奴らが【魔導の子(マジカル)】だ。エルやキルナがそれだな。俺は違うし、ヌル、お前も違う。」

 まるで教師のような仕草をしながら、アインは話を続ける。

 「だけどヌル、お前には外魔素が見えるその()がある。その()があれば【魔導の子(マジカル)】なんて比じゃない、限界を超えた魔法が使えるんだ。ヌル、ここまではわかるか?」

 「わかんない!ながい!」

 元気があれば何でもいい訳では無い。

 「…………まあこの辺りは追々でいいか。とにかくお前は凄いってことだ。」

 言いながらアインはヌルの頭を撫でる。

 「ぼくすごい!?えっへん!!」

 「そう、お前はすごいんだよ。だからそんなすごいお前には、()()になって欲しいんだ。」

 アインは笑う。

 それこそ、親が浮かべるように優しく。

 「さいきょー?」

 「ああ。…………まずは講義を続けようか。」

 アインはヌルの頭から手を離し足を止める。

 その場所は庭の一角の更地だった。

 「よし!いいかヌル、魔法は大きく分けて【一般魔法(ノーマ)】と【個色魔法(エグゼ)】の二種類ある。」

 「のーまとえぐぜ?」

 「ああそうだ。まずは【一般魔法(ノーマ)】。これは勉強すれば誰でも使える魔法だな。」

 そう言って人差し指を立て、そこに火を灯す。

 「あっ!きらきら!」

 「火とか水とか土とか、自然にある物を作り出す魔法だ。生き物は無理だな。あ、でも植物は作れるぞ。こんなのは、お前ならすぐ出来るようになる。」

 「ほんとに!?やったぁ!!」

 ヌルははしゃぎまわる。

 「相変わらずいい反応で俺も嬉しいが、それで満足してもらっちゃ困るぞ。本番はここからだ。」

 火を消して、二本目の指を立てる。

 「二つ目の魔法、【個色魔法(エグゼ)】。説明が難しいんだが、魔法の訓練をした奴らが使えるようになる、一人一人のオリジナル魔法、って感じか?」

 「?」

 ヌルは首を傾げた。

 「見せた方がわかりやすいか。」

 アインは不敵に笑い、二、三歩後ろに下がる。

 そこから自然な立ち姿で言祝ぐ。

 

 「【化体(オマージュ)】」


 するとどこからともなく、彼の背後に人影が出現した。

 ある程度筋肉質で、半透明で白色の表面に黒色のラインが入った人型。

 アインと同じ体勢のそれは、微動だにせず佇んでいた。

 次の瞬間、人型が裂け無数の布となり、アインの体に巻き付いていく。

 「光」が一瞬光度を激増させる。

 「うわぁあ!」

 「これが俺の【個色魔法(エグゼ)】だ。どうよ、かっこいいだろ?」

 ヌルは目を開け、前を見る。

 そこには、先程の人型を纏ったアインがいた。

 「???」

 ヌルは完全に困惑していた。

 元々大量の情報を脳に叩き込まれていた所に、唐突に白いよくわからんものが現れたのである。

 完全にキャパオーバーだった。

 辛うじて、目の前の不審物が父親であることは理解していた。

 「そうだヌル、魔法を使うと外魔素が集まって見えるんだってな。どうだ、お前のその()には、俺の魔法ばどう見えた?」

 「え?えーっと………………」

 どう見えた、と聞かれても、いつもの様な極彩色の「光」は見えなかった。

 ただ、白いよくわからんものだけ。

 ヌルはその純白こそが父親の魔法の「光」だとは思い至らない。

 取り敢えず見たままを言語化する。

 「…………ぜんしんしろたいつ?」

 ずっこけた。

 「な、なんだって?きらきらってやつじゃなく?てかどんなもの見たんだよ!?」

 「ん。」

 ヌルは目の前の変質者を指差し、もう一度言葉を紡ぐ。

 「ぜんしんしろたいつ。」

 アインは後ろを見る。

 そこには、誰もいなかった。

 もう一度、ヌルの指差す方向を辿る。

 そして彼は真理にたどり着いた。

 「もしかして、俺のこと?」

 「そーだよ?」

 アインは膝から崩れ落ちた。

 言の葉は、しかし鋭利な茨だったという訳である。

 「だいじょーぶ?」

 「いやそうだ。言われてみりゃこの格好は全身白タイツだ。だけどその表現は、そこはかとない侮蔑を感じる…………」

 ヌルはぶつぶつ言ってより変質者度合いが増した変質者に寄り添ってあげる。

 「いや大丈夫だ、もっと成長すればこのフォルムの良さをわかってくれるはず…………」

 「おとーさん、にこっ!だよ!」

 「うぅ…………」

 よろよろと塞がらない生傷を庇いながら、しかしアインは立ち上がる。

 「……………いやまだだ!ヌル、俺の魔法はこれで終わりじゃないぞ。むしろここからが本番だ。」

 「そーなの?」

 「ああそうだ!ヌル、離れてくれないか?」

 「なんで?」

 「危ないからだ。」

 「わかった!」

 そう言ってヌルは反対方向に全力でダッシュする。

 「ぬお?!そんなに離れる必要はないぞ!!」

 「わかった!」

 踵を返し、程よい位置で立ち止まった。

 「それでよし!じゃあいこうか。」

 そう言うと彼は手のひらに火を灯す。

 

 「【火葬】」

 

 そしてその火を握り潰した。

 瞬間、異常なまでの光が舞い散り、アインの体が炎に包まれる。

 「うわぁっ!だ、だいじょーぶ!?」

 目の前で人が炎に包まれたのだ。

 あまりに強い炎の光で思わず目を閉じてしまったが、ヌルはこの緊急事態に動揺していた。

 「ああ、大丈夫だ。俺の魔法は、()()()()()。どうだヌル、今度は何が見える?」

 「うぅん……………」

 ゆっくりと、ヌルは開眼する。

 

 「うわぁ!なにこれ!」


 そこには、大きな「光」の螺旋の柱が渦巻いていた。

 これまで見てきた「光」は文字通り極彩色であったが、今彼ら彼女らは全て赤一色に染め上げられている。

 先程思わず目を閉じさせられた炎の光などでは比べ物にならない程の、間近に大星雲が現れたの如き膨大な「光」。

 しかし釘付けになったその目が閉じられることはない。

 「おとーさん!!すっごいよこれ!!!」

 「おおそうか!それはよかっ………た!!」

 その身の炎を振り払うように腕を振る。

 螺旋が集約し、それをアインが纏う。

 「うわぁぁぁ…………!」

 彼の一番はこの時をもって更新された。

 「よし完了!かっこいいだろヌル!」

 炎に包まれたアインは、その姿を変えていた。

 白色の肉体は赤く燃え上がり、黒色のラインは揺らぐ炎の紋様を如実に表す。四肢の関節は火炎そのものを纏っており、そして頭部からは最大級の轟炎が放たれていた。

 「あつくないの!?」

 「ああ、熱くはないぜ。別に俺が燃えてるわけじゃねぇ。よしヌル行くぞ!こっからが本番!フィナーレだ!」

 そう言うと、アインは自分の片手を前方に向ける。もう一方の手はそれを支えるかのように添えられている。

 「ほんばんまでながいね!」

 「ああそうだ!溜めは重要だぜ!何事もな!」

 そう言うと再び「光」の螺旋の柱が出現する。

 「うおぉ…………!」

 その輝きにヌルは魅了される。

 そして燃え盛る爆炎の渦となる「光」。

 しかし、それだけでは終わらなかった。

 爆炎と化した螺旋は自身も渦を巻き、より巨大な螺旋を描き出す。

 力強いその回転と繊細な炎の揺らぎは、一つの象形を浮かび上がらせる。

 「……………!」

 ヌルは言葉を失った。

 現れたのは、天翔ける()のその体躯。

 練り上げられられた螺旋が構築した、かつてのどんな「光」をも超える圧巻。

 しかしそれは「光」ではない。

 眼前の豪龍は、魔法そのもの。

 目の前の芸術に、ヌルは全てを忘却するほど没頭する。

 「良く見とけ!」

 力の祝詞が紡がれる。

 

 「【祝砲火(ドラゴンブレッシング)】っ!」

 

 唱えると共に荒野に襲いかかる轟炎の龍。

 その瞬間吹き荒れる轟音、轟光、そして豪壊。

 「うわぁっ!?」

 あまりの衝撃に、思わずヌルは目を閉じてしまう。

 「よし!いっちょ上がり!」

 恐る恐る、目を開ける。

 

 「……………!」

 

 その世界を一言で表すなら、地獄であった。

 燃え盛る覇炎はもう燃やすものなどない更地を更に焼き殺し、地中の命の源すら消し炭にしていく。

 そもそもこの広大な更地もこうして出来たのだろう。

 十分に距離をとったというのに、その圧倒的暴力は太陽などより燦然とヌルの目を、耳を、鼻を、皮膚を、舌を、何より心を焼き焦がしていく。

 しかし、焼き焦がされた彼の心には恐怖などなく、むしろその熱を糧により熱く燃え盛る。

 「か……………」

 圧倒的力を前にした時、まだ恐れを知らぬ純粋な子供が抱く、その()()()()()

 「かっこいい……………!」

 「光」にばかり目を奪われていた彼は、この時始めて、魔法そのものに魅了された。

 「どうだヌル?」

 気づけば己が纏う魔法を解除したアインがヌルの所まで来ていた。

 「すっごい!!かっこいい!!!」

 「そうか!そりゃ良かった!」

 「すっごかった!!きらきらよりきらきらしてた!!」

 そう語るヌルの顔も溢れんばかりの輝きを放っていた。

 「お前のそこまでの表情を引き出せて何よりだ。俺が今まで生きて来たかいがあるってもんだ。」

 アインも微笑みを浮かべながらしゃがみ、彼の頭を撫でる。

 「もっかいみたい!!」

 「ん?おいおいヌル、さっきと同じのなんて言わず、もっと凄いのが見れるぞ。」

 「もっとすっごいの!!??」

 溢れんばかりというか、もう全部溢れ出た笑みがそこにはあった。

 「ああそうだ!」

 「ほんとに!!??みせてみせて!!!」

 「いいや、見せるのは俺じゃない。」

 「じゃあだれ!?おねーちゃん!?めいどさん!?」

 「いいや違う。」

 「じゃあだれ!!??」

 「ヌル、お前自身だ。」

 「ぼく!!??わかった!!!」

 ヌルはアインの手から離れ、見様見真似で手を前に突き出す。

 「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬ…………!!!!」

 魔法を放とうと。

 「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬ…………!!!!!」

 あの感動を再現しようと。

 「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬ…………!!!!!!」

 しかし。

 「……………あれ?」

 魔法が出ることは無い。

 「できないよ?なんで?」

 「そりゃあ今はできないさ。」

 そう言ってアインは苦笑する。

 「?」

 「俺が言ってるのは未来の、希望の話だ。」

 アインは立ち上がり、話始める。

 獄炎はアインの背を明るく照らす。

 「なあヌル、さっきお前に、()()になって欲しいって言ったよな。」

 「うん!いってた!さいきょーってなに?」

 「最強ってのは、誰よりも強いってことだ。まあこの世界では、一番すごい魔法が使える奴のことだな。」

 「!いちばんすごいまほー!?」

 「ああ、さっきの俺のとなんて比べるのも烏滸がましいくらいとんでもない魔法だよ。」

 「さいきょーになれば、いちばんすごいまほーがみれるってこと!?」

 「ん?違うヌル逆だ。一番すごい魔法を使えるようになれば――――」

 「ぼくさいきょーなりたい!!!」

 「うおぉっ!?」

 素晴らしい未来のビジョンを即座に想像したヌルはアインの訂正を遮り即答する。

 咄嗟のことに驚いたアインだったが、すぐに笑顔を浮かべる。

 「………そうか!やる気になってくれたか!!」

 それはありし日の、それこそヌルが浮かべるような、幼年の、希望に溢れた笑みだった。

 溢れる希望に身を任せ、アインはヌルを抱き上げる。

 「うひゃぁ!?」

 「よしヌル!明日から、いや今日から魔法の勉強を始めるぞ!頑張れるか?」

 「うん!いちばんすごいまほーみたい!!!」

 「本当に大丈夫か?今までみたいにたくさん寝たり遊んだりできなくなるかもしれないぞ?」

 「だいじょーぶ!いっぱいねていっぱいあそんでいっぱいべんきょーする!!」

 「ハハハッ!そうだな!子供はそれでいい!」

 「あ!あとさあとさ!いちばんすごいまほーみたらおねーちゃんとかめいどさんもにこっ!!ってなるよね!?」

 「ああもちろん!…………まあクロロスが笑う所は俺も一度も見たことないが、きっとあいつも笑うだろうよ!()()ってのはそういうもんだ!」

 「あとおとーさんも!」

 「俺?俺は今人生最高に笑ってるぜ?」

 「おとーさんかおはうれしそーににこっ!!ってしてるけど、なんかかなしそー!」

 「…………!」

 「ひよーじょーきんでわらうより、こころでわらえ、だよ!」

 アインは動きを止めて、ヌルを下ろした。

 その顔の微笑みには、優しさというより諦念が宿っていた。

 「いやヌル、別に嬉しくないわけじゃないんだ。だけどちょっと悔しいんだ。」

 「くやしい?」

 「俺も最強になりたいって夢を持ってたんだが、どうしても超えられない才能の壁ってやつがあってな。それでまあ、心が折れちまったんだよ。だけどお前には才能がある。それもとびっきりのやつがな!」

 今度は負の側面を吹き飛ばすように笑う。

 「だからさヌル、一番すごい魔法を使えるようになったら、俺にも見せてくれよ。多分その時、お前の言うように心から、心の底から笑える。」

 「うん!いーよ!」

 「…………よし!じゃあヌル!」

 アインはまたヌルの正面でしゃがむと、拳を握って前に突き出す。

 「?」

 「ほらヌル、お前もこうやって…………」

 同じようにヌルにも拳を突き出させる。

 「そしてこうだ。」

 「こう?」

 二つの拳が顔を突き合わせる。

 「俺の夢を継いでくれ。俺の代わりに最強になってくれ。約束だぞ?」

 アインはまた笑みを浮かべる。

 少々いたずらっぽい、少年のような無邪気な笑みを。

 「!うん!!」

 呼応するようにヌルも笑顔を浮かべる。

 拳と拳がぶつかり合い、共鳴する。

 「始まり」の音が、世界に響いた。




 

明日の投稿は…………頑張ります。


頑張れませんでした申し訳ありません。


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