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31.君はいったい……何者なんだ?

 月明かりが静かに降り注ぐ森の中、エクトルとミリーナは言葉少なに北の森を進んでいた。兵士たちが滞在する小屋を背後に、二人はさらに奥深く、ひと気のない霧の中へと歩を進める。


 やがて、視界にふと現れたのは、家が六棟は収まりそうな、広大な切り株だった。


 月光を浴びて浮かび上がるその切り株は、まるでかつての巨木が静かに眠りについたかのように、森の中にひっそりと佇んでいる。

 切り取られた根元だけがその場に残され、冷たく澄んだ空気が周囲を漂っていた。


「君が見せたかったのは、これか?」


 エクトルが月明かりに照らされながら尋ねると、ミリーナは切り株の上で軽やかにくるりと踊るように振り返った。


 その白銀の髪が夜風に揺れ、月の光を反射してまるで星屑のように輝く。瞳もまた、夜空の星々のようにきらめき、切り株の上で笑みを浮かべるその姿は、まるで幻想の中の精霊のようだった。


「そうね。これと……この景色も」


 彼女は微笑を浮かべたまま、切り株の上で再び踊り始めた。

 ミリーナの一挙手一投足が光と影の狭間で幻想的に映り、エクトルは思わず目を奪われながらも、心の中に浮かぶ疑念が次第に言葉へと変わっていくのを感じた。


「ミリーナ……君は、精霊のことを知っているのか?」


 その問いが冷たく澄んだ夜空に響くと、ミリーナは足を止め、じっとエクトルを見つめた。月光を受けたその瞳には、深い謎と微かな哀しみが宿り、どこか儚げな色が浮かんでいる。


 だが彼女はすぐに視線を逸らし、また切り株の上で踊り続けるように軽やかにステップを踏んだ。


「どうかしら……エクトル、あなたはどうして精霊のことを訊ねるの?」


 その問いかけに、エクトルは一瞬口をつぐんだ。

 彼女が知っているのか、それとも知らないふりをしているだけなのか、わからないまま小さな疑念が胸の中で膨らんでいく。


「君と精霊が、関係している気がするんだ」


 彼の言葉に、ミリーナはただ微笑むだけだった。

 冷えた夜風が二人の間をすり抜け、夜の静けさが森に深く染みわたっていく。


 ミリーナは一瞬、遠くを見るように夜空へと視線を投げかけ、そっと微笑んだ。その微笑みには、まるでどこか遠い記憶を宿しているかのような、ほんのわずかの哀愁が漂っている。


「信じてもらえるかはわからないけれど……ここなら、見せられるかもしれないわ」

 彼女はそう言い、切り株に指先をそっと当てた。


 ——と。


 冷たく静まり返った夜の空気がわずかに揺らぎ始め、地面からふわりと白く淡い光が湧き上がった。それは小さな球体となって漂いながら宙に舞い上がり、夜空に星が舞い降りたかのような幻想的な光景を描き出していく。


「これは……!」


 エクトルは息を呑み、目を見開いた。


 無数の光の球が漂い、月明かりを受けてまるで星屑のように白く輝いている。それは、まるで夢の中のように温かな懐かしさすら感じさせ、彼の胸を静かに満たしていった。


「精霊たちよ」


 ミリーナが穏やかな声で囁く。


「姿を見せてあげて、と頼んだの」


 その声に応じるように、精霊たちの光がさらに輝きを増し、ふわりふわりと揺れながら彼女を取り囲んでいく。光に包まれたミリーナの姿は、まるで精霊そのものと一体化しているかのようで、そこには神秘的な美しさが漂っていた。


 エクトルはただ立ち尽くし、その信じがたい光景を目の前にしながら、静かに息を整えるようにして囁いた。


「……本当に、精霊が……」


 彼の呟きに、ミリーナは静かに頷き、目を閉じたまま柔らかく囁くように答えた。


「精霊たちは、今もこの地に寄り添っているの。——でも、信じる者がいないと、こうして姿を見せることはできないのよ」


 エクトルの胸の中で、長く抱いていた疑念がふわりと溶けていく。目の前で広がる光景に、思わず心が揺さぶられ、彼は震える声で問いかけた。


「ミリーナ、君はいったい……何者なんだ?」


 彼女はそっと微笑み、静かに輝く精霊たちの光の中に、再び遠いなにかを宿しているようだった。


「あるいは精霊の声を聞き、あるいは精霊と話し、あるいは精霊と共にある、唯一神信仰とはかけはなれた異端な存在——つまり、王国が忌避する魔女よ」


 エクトルは一瞬、息を飲んだ。

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