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10.えらく気に入られてるらしいな?

 ロイドの畑にたどり着くと、エクトルは軽く頭を下げた。


 ロイドは無愛想な表情でエクトルをじっと見据え、返事もそこそこにただ黙って頷いた。四十半ばにしては、彼の顔に刻まれた労働の皺と日焼けした肌が、実際の年齢以上の老成を漂わせている。


「ほぅ、物書きだってか……」


 ロイドが呟き、エクトルを上から下まで見据えるその目には、やや厳しい光が宿っている。

 やがて無造作に腕を組み、短く一度頷いた。


「まぁ、とにかく手を貸してくれるならありがてぇ。今は人手が足りなくてな」

「助かります」


 エクトルが答えると、ロイドは軽く鼻を鳴らして、畑の向こうを指差した。


「あそこだ、芋畑が見えるだろ? 今日からお前さんには、そこを手伝ってもらうことになる」


 その指示にエクトルは思わず目を見張った。

 目の前には、どこまでも広がる芋畑が見渡す限りに続いている。風に揺れる土と草の向こうには、広大な労働の気配が漂っている。

 一人で手を付けるには、途方もない仕事だと感じ、エクトルの顔は陰りを見せた。


「……こりゃすごいな」


 エクトルが呟くと、ロイドはエクトルの顔を見て鼻で笑い、肩をすくめた。


「まぁ、さすがに全部をお前さん一人で片付けろってわけじゃねぇさ。忙しくなるのは収穫の時期だ。その頃には隣村からも応援が来ることになってる。それまで、ぼちぼち手を貸してくれりゃいい。腰にくる仕事だから無理することはないが、しっかり腹くくっておけ」

「はぁ……」


 エクトルは軽く息を吐き、視線を芋畑に向けたまま考え込んだ。物書きとしての新生活を思い描いていたが、これではどうやら農夫になってしまいそうだ。


 ロイドの口調にはどこか楽しげな響きがありながらも、その目には労働の厳しさが刻まれていた。


「仕事は明日から始めるさ。まずは俺のやり方をじっくり見て覚えな。収穫時期にどれだけ体を動かせるか、それが肝だ」


 ロイドがそう告げ、話に一段落ついたところで、ふと視線をエクトルに据え直した。


「それにしても、あんた——どうやらミリーナにえらく気に入られてるらしいな?」


 その不意打ちの言葉に、エクトルはわずかに表情を曇らせた。


「……え? ミリーナが?」


 その戸惑いを隠しきれない様子を見て、ロイドは薄く笑みを浮かべ、さらに話を続けた。


「今朝早く、あの娘が俺のところへやって来てな。『エクトルって青年が村に来るから、しばらく世話を頼む』って、わざわざ言っていきやがった」


 エクトルは思わず目を見開き、内心で舌打ちした。


(まさか、そんな細かいところまで手回ししているとは……)


 朝の出来事を思い出し、あの娘の底知れぬ行動力に改めて驚かされる。エクトルの胸に、軽い焦燥がさざ波のように広がった。


「まったく、しっかりした娘だよな。お前さんも気が休まらんだろうよ。——あれだけ抜け目のない娘を、もし嫁にでも迎えるとなりゃ、覚悟がいるぜ?」


 ロイドはニヤリと笑い、どこか含みを持たせた視線をエクトルに向ける。その視線には、彼の心の奥底まで見透かそうとするかのような容赦のなさがあった。


「そのつもりはないさ」


 エクトルは苦笑し、軽く肩をすくめて返したが、内心でわずかな戸惑いを感じていた。それがわかったのか、ロイドは満足したように両手を大げさに広げ、ひとまず話はここまでとばかりに背を向けた。


「じゃあ、明日から頼むぜ。無理はするなよ、初日から倒れるようなやわな物書きは困るからな」


 ロイドが振り返ることなくそのまま去っていくのを、エクトルは目を細めて見送った。


 ミリーナの先回りした配慮、村で与えられた役割——その二つが静かに絡み合い、彼の中で微かに、なにかが動き出す気配が漂い始めていた。

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