星屑の咆哮 8
川で少し遊んでリフレッシュできた五人は、その後佳蓮と千春と合流して再出発する。
時折り遭遇する好戦的で強力な動物を倒し、油断している獲物を狩りながら、無事に七人で夜を明かしていた。
「みんな見て、灯篭があるよ! もしかしたら、あとちょっとで神様のところに着くのかも!」
わずかに差し込んでくる朝日を浴びながら、旅を続けていた一行は、星辰が指を差した方向を見る。
相変わらず木に囲まれていて薄暗い石段のわきに、温かな光を放つ灯篭が設置されている。
視界に映る灯篭は一基だけだが、その先も所々明かりが灯されている。
「ひとりで行くなよ、星辰」
「はーい」
あくびをかみ殺している桜夜の忠告に、星辰は小気味のいい返事をする。
昨晩、早速凛斗から身体の動かし方を伝授してもらった桜夜だが、あっという間にバテてしまったうえに、全身が筋肉痛になっていた。
一緒に野営地で身体を動かしていた星辰と律空は、特に痛みを嘆いている様子もなく、桜夜は自分の肉体がいかに鈍っているのかを痛感していた。
当面の間は、自分の身を自分で守れるようになるのが目標だ。
そのためには、肉体や瞬発力の鍛錬だけではなく、瞬時に判断を下せるようにならなくてはいけない。
道のりは長いが、こんなところで音を上げているようでは、魔物退治どころか、共に旅をすることさえ叶わなくなる。
「また狼か……?」
「気をつけろ」
和楓と千春が臨戦態勢をとる。
灯篭の足元には、二匹の狼が前足にあごを乗せて丸まっていた。まるでこちらを警戒していない様子の狼たちは、七人に気づくと立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。
手入れをされているような、美しい狼の毛並みは、光を反射して、つやつやと輝いている。
一匹ずつ毛先の色が違い、先に近づいてきた狼は青、後ろをついてきた狼は緑色をしている。
武器を構える人間を前にしても、狼たちは臆さず、敵意すら感じさせない。
昨日、遭遇したオオカミとはまた違う、穏やかで異様な雰囲気をまとっている狼は、七人の目の前で足を止める。
「襲って、こない……?」
全員が呆気にとられていると、青い毛先の狼が、星辰の足元にすり寄ってくる。
「なになに、これどういうこと!?」
「さ、騒いだら、刺激しちゃって、か、嚙まれるかもしれませんよ、星辰さん!」
「怖いこと言わないでよ、佳蓮!」
さすがの星辰でも、生きている狼にここまで接近されると怖い。
しかし木の上という一番安全な場所にいながら、佳蓮が一番怯えている。
「和楓、触っていいと思う……?」
「なぜおれに訊く……」
星辰は足元の狼の背中に、恐る恐る触れてみる。
青い狼が気持ちよさそうに目を細めている姿を見た緑の狼は、まるで呆れたように短く吠えると、踵を返して、来た道を戻る。
「ついて来い、ということなのかな」
「ど、どうするんですか?」
「進行方向は同じだし、警戒しながら一緒に歩くか。神サマのところに連れて行ってくれたりして」
口にこそ出していないが、明らかに不満のある表情をしている千春の背中を軽く押して、凛斗と星辰は、二匹の狼と並んで歩く。
「不満かい?」
「当たり前だろ。同じ方向に進むだけならまだしも、あんな得体のしれない動物と、充分な距離も保たずに歩くなんて、どうかしてる」
言い方は乱暴だが、これには律空も千春と同意見だ。
好意的な態度ではあるが、相手は所詮は獣。何を考えているのか汲み取ることはできないし、突然襲い掛かってくる可能性もある。
前を歩く星辰と凛斗も、それは一応念頭にはあるようで、槍から手を離すことはない。
それにしても距離は近く、星辰の短槍ならまだしも、凛斗の槍では狼の牙を防ぐことはほぼ不可能だろう。
それぞれは警戒は解かぬまま、狼の先導に従って石段を上っていく。
点々と建っていた灯篭の間隔は、次第に狭くなり、木々に囲まれた薄暗い道は、次第に光で満たされていく。
「みんな、ここで階段終わってるよ!」
星辰は階段を振り返り、後ろにいる仲間たちを鼓舞する。
星辰が立ち止まったのを見た二匹の狼も進むのをやめて、階段を上りきるのを待っている。
階段の先には、整備された石畳の道が繋がっており、らさにその先で大きく口を開けた洞窟が、旅人たちを待ち構えていた。
洞窟の中にも灯篭は建っているようだが、数が少なく灯りも弱いのか、地面までは灯りは届いていない。それでも、完全な暗闇の中を歩くよりはずっといい。
「いかにも、という雰囲気だな」
「追いついた……すごいな、世界が違うみたいだ」
どうにか律空や千春より先に石段を上りきった桜夜は、膝に手をついて、深く息を吸い込んでから和楓に同意する。
凛斗よりも先に進んで洞窟の前にいた星辰は、その場でひとり、立ち尽くしてしまう。
石畳に足を踏み込んだ瞬間から、肌で感じる空気が明らかに変わった。
とても静謐なこの空気は、ここに立つ全てのものを、その穏やかさと優しさで包み込んでしまう。
だというのに、最後に胸に残るのは言いようのない物悲しさだけ。
えも言われぬ悲しみに打ちひしがれ、星辰はその場でへたり込んでしまう。目から溢れた雫は星辰の頬を伝い、石畳を濡らす。
二匹の狼は、そんな星辰を気遣うように、身体を寄せる。
「星辰?」
「ごめん、なんだかすごく悲しくて……」
頬を濡らしながら顔を上げた星辰は、駆け寄ってきた桜夜と律空に、懸命に心情を伝える。
星辰が律空に背中をさすられているうちに、誰かの感情を直接心に流し込まれるような不思議な感覚は、ゆっくりと消えていく。
星辰はこの洞窟の奥に山の神がいることを確信した。根拠はないがこの先に必ずいる。
「星辰、大丈夫なのかい?」
「うん、もう平気。ありがとう」
少ししてから、ようやく落ち着いた星辰は、滲む視界を袖でこすり、律空の手を借りて立ち上がる。
桜夜だけではなく、和楓も心配そうに星辰の様子を見ている。
「星辰、洞窟に入るのは少し休んでからにしよう。どこか痛むのなら、今のうちに手当も済ましてしまおう」
「ありがとう和楓。でももう本当に平気だから、先に進もう! 早く神様に会いに行かなくちゃ」
「だめだ、一度休むぞ」
洞窟に向かって歩き始める星辰の進路を、千春は身体を使って遮る。
「なんで、もう少しで神様に会えるんだよ!」
「この狭さじゃ、長物の武器も斧も使えないし、見通しが悪いから、いつもほど弓で援護もできない。普段通り戦えるのはおれとお前だけだ。何が起こるかわからない以上、できる限り備えておくべきだ」
「桜夜だって戦えるし、それに戦いなんて起こらないかもしれない! 大丈夫だよ!」
「こいつが戦える? 寝言は寝てから言え。確かに戦闘が起こらない可能性はあるが、仮に起これば、その負担のほとんどを、おれ達だけで負うことになるんだぞ! 早く進みたいなら、なおさら一度休憩しろ」
事あるごとに千春から荷物扱いされる桜夜や、どれだけ千春の意見が正しくとも、同意を示せば結果として桜夜を傷つけてしまう事になる律空は、かなり肩身が狭い。
しかし、こればかりは千春の言い分が正しい。桜夜が戦う覚悟を決めなければ、全て千春に一蹴されてしまうのだ。
和楓は石段に腰を下ろした千春の背中を一瞥すると、星辰たち三人の背中を押して、千春から少し離れた場所に座らせる。




