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星屑の咆哮 〜 六人の剣と魔獣士の槍〜  作者: ニンニクゴハン
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星屑の咆哮 7

 

 木に遮られて、太陽の光がほとんど通らない石段を、六人は緊張した面持ちで上っていた。


 昨晩の山は雨が降っていたのか、土は湿っていて、かなり足場が悪い。

 石段を踏み外さないようにしっかり足元を確認しながら歩かないと、踏み外した拍子に滑落しかねない。


 それに加えて、漂ってくる獣の臭いは、嗅ぎなれた獣臭とは少し違う。

 単純な獣臭さのなかに、鼻の奥をツンと刺すような臭いが混じっている。


「待て、何かいるぞ……」


 相変わらず少し先をひとりで歩き続ける千春は、腕を上げて、後続する五人を止める。


 かなり距離は開けているものの、千春の視線の先にはオオカミが居た。

 明らかに様子のおかしいオオカミは、星辰たちをじっと見つめている。


「おい、ビビりチビ。アイツ、狙えるか」

「ええぇ!? 威嚇ならできるけど、たぶん当てられませんよ!?」

「充分だ。おれに合わせろ」


 恐らくこのまま石段を進み続けても、あのオオカミが道を開けることはない。

 ならこちらから先に仕掛けて、道を譲らせるだけだ。


 矢を番えた千春の考えを汲んだ凛斗は、千春の一歩後ろで槍を構えると、残る四人も得物を手に臨戦態勢を取る。木の上からは、ギチギチと弓を引き絞る音が聞こえてくる。


 千春の合図とともに、それぞれ速度の違う矢が放たれる。

 先にオオカミを捉えた佳蓮の矢は、紙一重でかわされてしまうが、少し遅い千春の矢が、オオカミの右前足の付け根に突き刺さる。


「チビ!」

「は、はいぃぃぃ」


 千春は突撃してくるオオカミに臆することなく、再び弓を引く。


 千春に向かって地を蹴り、オオカミの足は完全に地面から離れる。こうなればそう易々と体勢は変えられない。


 オオカミの目に狙いを定めた千春の矢は、見事に的を貫き、佳蓮の矢は腹部に命中する。


 肉を貫く矢に意識が逸れたオオカミを、凛斗は槍の石突きで横から殴り飛ばす。


「ちっ、まだ動くのか、気をつけろ!」


 木で身体を強打したオオカミだが、今度は近くに居た桜夜に飛び掛かる。

 桜夜も双刀を構えてはいたものの、身体が委縮してうまく動けない。


 昨日のナメクジとは違い、目の前に迫ってくるのは、命を刈り取ろうとする圧倒的な殺意の塊だ。


 時間の流れが、やけに遅くなったように感じ、桜夜は咄嗟に目を閉じてしまう。


「和楓!」

「任せろ……!」


 星辰が投げた短槍が、オオカミの頭に命中した衝撃で、完全に軌道が逸れる。

 待ち受けていた和楓が、ありったけの力で斧を振り下ろすと、辺りにオオカミの断末魔が響く。


 完全に腰を抜かしてしまい動けなくなってしまった桜夜に、星辰と律空が駆け寄る。


「桜夜!」

「大丈夫かい、ケガは?」

「大丈夫だ……悪い……」

「どけ、ふたりとも。──お前、何しに来たんだ」


 桜夜を助け起こそうとする星辰と律空を押し退けた千春は、桜夜の胸倉を掴み上げる。


「そいつらに守ってもらってばっかりで、戦う覚悟も、殺す覚悟もできねーなら、今すぐ帰れ」


 半ば突き飛ばすような勢いで、千春は桜夜の着物の襟から手を放す。桜夜は再び石段に尻もちをつく。


「ちょっと千春、そんな言い方しないでよ!」

「おれ達はそこのふたりとは違って、お人好しでお前の旅に付き合ってる訳じゃねーんだ。友達ごっこがしたいなら、帰ってからにしろ」


 千春の震える瞳にめつけられ、さすがの星辰も気圧されてしまい、言い返せなくなる。


 千春は桜夜を一瞥もせず、異臭のするオオカミを素通りして石段を上っていく。単独で先行する千春を追いかけるように、木の枝の揺れは星辰たちから遠ざかり、和楓もオオカミを担いで歩みを進める。


「いやー悪いな。さすがに千春もあそこまで言うつもりはなかったとは思うんだけど、謝らせてくれ」

「いや、千春の言ってることは正しいよ。みんなの足、おれが引っ張ってる」


 凛斗は律空と共に桜夜の腕を引っ張って立ち上がらせると、桜夜の服についた汚れを払う。


「桜夜はこれからどうしたいんだ? もう帰りたいか?」


 凛斗の問いかけに、桜夜は首を横に振る。


「そうか。──さっきのオオカミも強かったが、たぶん山を登ってれば、アレより強いのがわんさか出てくるはずだ。そうなったら、おれ達も自分のことで手一杯だ。だから一緒に行きたいなら強くならないとな。おれも訓練付き合うからさ」

「ありがとう、助かる」


 覚悟の決まらない桜夜が離脱したところで、戦力に影響はない。むしろ、それぞれが自分の戦いに集中できるようになるため、怪我をする確率はぐっと下がるだろう。


 しかし、星辰のやり方で神からの助力を得られなかった時に備えて、その時までは桜夜を連れていたい。天狼に言い切ったように、生贄として、その身を捧げてもらうのだ。

 二十五年も生きていれば、こんなことばかり考えてしまうようになる。


 自分に嫌気を感じながらも、凛斗は星辰たちの背中を押して、階段を進んでいく。


「千春、お前の意見には同意するが、もう少し言い方があっただろう」

「じゃあ慰めてやれよ」

「断る」


 足元に転がる小石に八つ当たりをしながら、千春は悪態を吐く。


 和楓の言う通り、確かに少し言い過ぎたかもしれないが、目の前で死なれてしまうよりずっとマシだ。

 足場の悪さも相まって、人を庇いながら戦う余裕などない。

 特に先ほどのオオカミは、生物として異常なまでに頑丈で闘争心も強かった。あれに囲まれてしまえば、自分の身を守るので精一杯だ。


「あ、あの、そろそろ休憩にしませんか? 後ろの人たち、ほとんど見えないですし……」


 佳蓮の言う通り、星辰たち四人と千春たちはかなり距離が開けてしまっている。

 階段も上りっぱなしで、疲労も溜まってきている。


 太陽は木で隠れてしまって見えないが、陽の差し込む角度からして、今は昼過ぎくらいだろう。休憩するにはいい頃合いだ。


「そうだな。このオオカミも捌いてしまいたい」

「それ、変な臭いするけど食えんのか」

「火を通せばどうにでもなる」


 少し進んだところで、千春たちは大きな橋を見つける。下には川も通っており、休憩にはちょうどよさそうだ。


 腐敗臭とは違う、嫌な臭いを放つオオカミの処理は和楓に任せて、千春は弓の手入れを始め、佳蓮は火を起こしてから、水を汲むために川に足を運ぶ。


 少し肌寒いくらいの気温が、汗ばんだ肌に気持ち良い。

 佳蓮は裸足になって、川に流されたり、怪我をしないように慎重に足を水につける。


「冷たっ──でも気持ちいい~」


 ようやく独りになれた佳蓮は、思う存分伸びをする。


 常に人と行動しないといけないのは、佳蓮にとっては慣れないことで、そしてとても苦痛なことだ。

 ただでさえ佳蓮は他人が怖いと言うのに、千春は常にイライラしているせいで特に怖い。


 ずっと木の上で、人目に触れずに生活をしていたかったのに、急に天狼に村から引きずり出されて、気が付けば知らない男五人と旅をすることになってしまった。

 今の佳蓮には、以前から交流のあった和楓の存在だけが救いだ。


 独りでいられる時間は少ないが、こうして一時的にストレスから解放されると、自然と身体の緊張がほぐれる、


 しかし、先ほど千春が星辰と桜夜に不満をぶつけたばかりだ。そろそろ星辰たちも合流しているだろうし、戻っても場の雰囲気はよくないだろう。考えるだけで憂鬱になる。


「でも帰るのが遅くなったら、今度はぼくが千春さんに怒られるよね……」


 戻りたくないという気持ちを振り払うように、冷たい水に顔をつけて、佳蓮は気合を入れなおす。


 細心の注意を払いながら、水を汲んで、拠点に戻る。


 予想通り、後ろを歩いていた四人は和楓と千春に追いついていた。

 そして案の定、強い言葉で千春に正論をぶつけられていた桜夜は、気まづそうな表情で、昼食の準備を手伝っていた。


「戻ったか、佳蓮」

「はい、戻りました……あ、あの、そこの川、すごく綺麗でした。出発する前に、みんなで顔洗って行きませんか……?」

「いい考えだね、ぼくは賛成だよ」

「おれも行くー!」


 この旅が終わるまでは、人と関わることは避けられない。なら、少しでも自分が呼吸をしやすくなるように、佳蓮自身で環境を整えるしかないのだ。


 千春以外は佳蓮の提案にすぐに賛成し、佳蓮の狙い通り、険悪な雰囲気は少しだけマシになる。


 昼食も済ませて、星辰たち五人の後姿を見送った佳蓮は、木の上で束の間の休息を満喫する。


「おい、チビ」

「は、はいぃぃ」

「昨日は助かった、それだけだ」


 千春はナメクジの奇襲から守ってもらった時の礼を、佳蓮に手短に伝えると、橋の手すりに背中を預けて、昼寝を始める。

 まさか礼を言われると思っていなかった佳蓮は呆気に取られてしまう。


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