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星屑の咆哮 〜 六人の剣と魔獣士の槍〜  作者: ニンニクゴハン
13/15

星屑の咆哮 13

 

 星辰たちは、七人揃ってキサナの前に並んでいた。


「魔獣士には誰がなるんだ」

「おれです!」


 星辰は一歩前に踏み出す。ぞの瞳には、恐怖や不安と言ったものの影は一切なく、希望の光で満ちているように、キラキラと輝いている。


「楔になる者は?」

「わたしたち全員です」


 律空は最後の確認をするように、桜夜たち五人の顔を一瞥してから、キサナに向き直る。


 口端を上げたキサナがパチンと指を鳴らすと、虚空から藍色の塊が一つと、紫黒色の塊が六つ現れる。どれも親指の爪ほどの大きさだ。

 藍色の塊は星辰の手に、残りの六つは桜夜たちの掌にぽとりと落ちる。


「これは?」

「ワタシの魔力を固めたものだ。実際に血肉を渡されても気持ち悪いだろう。──飲み込めばすぐに身体に変化が起こるだろう。特に星辰は覚悟して飲み込むことだ」


 一同は食い気味にうなずく。


 血を飲むだけならまだしも、一度言葉を交わした者の肉を喰らうのは、想像しただけでも胃の中の物がこみ上げてくる。キサナの配慮に感謝しつつ、忠告通り覚悟を決めて、星辰は魔力の塊を飲み込む。


 星辰がキサナの魔力を飲み込んでから十秒も経たないうちに、全身の血が沸騰したように熱くなり、異物を拒絶するように、胃が収縮を始める。

 あまりの不快感に、星辰はその場で膝を着いてしまう。しかしこれを吐き出すわけにはいかない。

 胃液と共に上がってくるものを、星辰は必死に飲み込み続ける。


「星辰、しっかりしろ!」


 桜夜は嘔吐くのをこらえながら、星辰の肩をさすって励まし続ける。


 身体の変化に伴う苦痛を乗り切った六人は、星辰が魔力に呑み込まれないように、声をかけて寄り添い続ける。

 次第に血の温度は下がり、胃の収縮や視界の歪みも治まる。しかし、妙にまぶしい。今まで顔を覆っていた影がなくなってしまったように感じる。


「星辰、頭……」

「え、なになに?」


 桜夜が愕然としながら星辰の頭部を指差している。

 星辰は試しに頭部を触ってみるが、いつもと変わらない髪の感触だ。


 試しに星辰は髪を一本ちぎって、目の前に持ってくる。

 運悪く色の抜けた髪を取ってしまったようだ。全く別の部分の髪をちぎって、もう一度光にかざしてみる。これも真っ白だ。まさかこんなピンポイントで白髪を二本も引き当ててしまうとは。


「違うって、お前、髪の色が真っ白になってる……」

「え、ほんとに!? ほんとに全部!?」


 和楓もうなずいている。桜夜が意地悪で言っているわけではないようだ。

 しかしそれを言えば、桜夜たち六人の髪の色も程度に差は有れ、赤っぽく染まっている。心なしか、瞳の色も少し赤みがかっているようだ。


「神様、これ……」

「身体が魔力を取り込んだんだ。一蓮托生──と言うわけでもないが、お前たちの魂もこれで結ばれた。このえにしからはもう逃れられないぞ」


 ニヤリと笑ったキサナは、試しに凪沙と一颯を召喚するように星辰を促す。


 平静な心の中で二匹の姿を思い浮かべ、その名前を口にすれば、呼びかけに応じてくれるそうだ。

 キサナの指示通り、星辰は目をつむって凪沙と一颯の召喚を試みる。


 ふわりと冷たい風が肌を撫でた後、温かいものが足に寄り添う。

 恐る恐るまぶたを持ち上げて、ゆっくりと視線を足元に移すと、二匹の狼が星辰を見上げていた。


「なぎさ~! いぶき~!」

「すごい、これが〝従える力〟……」


 人智を超えた力を目の当たりにして、律空は思わず言葉を漏らす。

 星辰が魔獣の名前を口にしたとき、ほんの一瞬だが、星辰の身体に青と緑の光が走ったように見えた。

 そして間もなくして、凪沙と一颯が突然星辰の目の前に現れた。


「まさか一度で成功するとは思わなかったな。凪沙と一颯はお前のことを相当気に入ってるようだな」

「そうなのかな、うれしい~」


 キサナもまた、愕然とした様子で、狼とじゃれあう星辰のことを見ていた。


「他にも魔獣っているの?」

「あと四体いるが、それは凪沙と一颯を完全に手懐けてからだ。──だがそれより先に、魔物が完全に目覚めたようだな。時期に暴れ始めるぞ」

「どうしてわかるの?」


 星辰は狼たちと遊ぶ手を止めて、キサナに質問を投げかける。


「あいつらもワタシの一部みたいなものだから、かな。魔物ももとは普通の生き物なんだ。長い時間ワタシの魔力に充てられて変質することで、凶暴で強い個体になってしまうんだ。お前たちがここに来るまでに、何度か異常な生き物と戦う機会があっただろ」


 人間の頭部と大きさが変わらないほど成長したナメクジや、石段にいたオオカミ、この洞窟に巣食っていたクモたちの姿が、星辰たちの脳裏を過る。


「あいつらが喰いあった先に生まれるのが、お前たちが魔物と呼んでいる、極めて強力な個体だ。生まれてすぐは休眠状態で動けないが、魔物から発せられる負の魔力は、他の動物たちにも影響を与える。魔物本体に動きがなくても、村が荒らされるようになるのはこのせいだ」

「今のおれたちに、そんなバケモノの相手が務まるんですか?」


 キサナは桜夜の疑問に、すぐには答えなかった。

 沈黙が続くに連れて、星辰たちの間を走る緊張感は高まっていく。


「そうだな、ワタシの魔力が完全に馴染みきっていない今のお前たちなら、よくて辛勝、最悪この中の誰かが死ぬことになるだろうな」

「ならあんたとの共闘は?」

「それはむりだな、千春。今しがた魔力をお前たちに分け与えたせいで、ワタシはしばらくここから動けん」


 キサナの容赦ない言葉に、一同が固唾を飲むなか、星辰は怯まずに解決案を求める。


「おれ、誰のことも死なせたくない。そのためにはどうしたらいい?」

「ならひとつ、禁術を授けてやろう。安易な気持ちで使うなよ」

「うん!」


 キサナが口にした禁術とは、キサナ自身を魔獣として召喚するというものだった。

 先ほども千春に説明していた通り、星辰たちに大量の魔力を譲渡したことにより、今のキサナは著しく消耗している。そのため、こうして実体を維持するだけで手一杯であり、しばらくはこの洞窟の中で、魔力の回復に努める必要がある。


「それが神様を召喚することと、どう繋がるの?」

「星辰が凪沙たちを召喚した時、どこからともなく現れて、触れられるようになっただろ。召喚されていない時の魔獣は、大気中にある魔力の一部として漂っているんだが、魔獣士の魔力を使うことによって、一時的に実体を得ることができる。その仕組みをワタシに当てはめるだけだ」

「禁術と言うからには、何か裏があるんですよね」

「そうだ、桜夜。召喚する魔獣は強ければ強いほど、呼び出しに必要な魔力は増えていく」


 例えキサナが山の主から魔獣にランクを落としても、召喚するには膨大な魔力が必要となる。

 この場にいる七人が命を差し出して、ようやく召喚に成功すると言ったところだ。

 それでは星辰が求める、全員が生き残る方法には当てはまらない。


「だから代わりに、ワタシの〝核〟を楔の中に召喚して、仮の実体を創り出すんだ。そうすれば召喚に使う魔力を限界まで抑えた状態で、ワタシの力を使うことができる。その代わり、この破格の方法でワタシを召喚するには、星辰からは魂の一部を、楔からは五感のうちのひとつを、代償として支払ってもらうことになる。それから、禁術を発動させるためには、魔獣士と楔が触れ合っている必要がある」

「ねぇ神様、魂の一部を差し出したら、おれはどうなるの?」

「人や物への関心が薄れたり、躊躇いなく残虐な行いをするようになったり、そんなところだな。何度もワタシの召喚を繰り返していれば、いずれ人格も変わっていくだろう」

「楔の力でその変質は防げないんですか?」

「多少は食い止められるだろうが、これは魔力に充てられて起こる自然的な変質ではなく、代償を支払うことによって起こる人為的な変質だ。あまり自分たちの力を信用しないことだ」


 しかしこの代償は、キサナを召喚しない限りは発生しないものである。

 ナメクジやオオカミだけではなく、あの巨大なクモを、純粋な人間のまま倒した星辰たちが、そう何度もキサナを召喚する事態には陥らないだろう。


「この力、使うも使わないもお前たち次第だ。──ま、今日はもう遅いし、戦いに備えて休むことだな」


 キサナの言う通り、この禁術はあくまでも切り札だ。

 たとえ苦しい戦いになろうとも、キサナを頼らずに目標の魔物を討伐できる可能性は十分にある。


「そうだね、今日は獣の見張りをしなくていいから、朝までずっと寝てられるよ!」


 道中にあった灯篭は、魔物を寄せ付けないためにキサナが創った物だそうだ。灯りが強くなれば、魔物除けの効果も強くなるらしい。

 洞窟内の灯篭の灯りが弱かったのは、魔物に挑む星辰たちの実力を測るためで、生贄に捧げられた人間がキサナの許を訪れる際はもっと明るいそうだ。凪沙と一颯も石段の前まで迎えに行かせるそうで、結局らなんやかんやで、キサナに力を試されながら、星辰たちはずっと旅をしていたようだ。


 星辰たち七人は、先ほど掃除した部屋で、それぞれは思うがままに横になる。

 さすがに寝具は一度洗濯しないと使えないため、硬い床で寝ることになるが、大きな戦いの前に、脅威のない空間でゆっくりと休めるというのはありがたいことだ。


「ねぇみんな、おれ達まだ出会って四日しか経ってないんだよ。不思議な感じしない?」

「え、まだ四日しか経ってないのか?」


 星辰が口にした事実に、桜夜は驚いている。

 共に過ごした時間があまりにも濃かったせいで、もうずっと一緒に居る気がしていたが、実際は全くそんなことはない。


「帰り道はさ、佳蓮が教えてくれた川で、みんなで遊んでから帰ろうよ!」


 星辰の子供のような提案に、六人は笑顔で賛成する。


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