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星屑の咆哮 〜 六人の剣と魔獣士の槍〜  作者: ニンニクゴハン
10/15

星屑の咆哮 10

 

 律空の予想は当たっていた。


 二匹の狼に連れられて歩いていると、今までの窮屈で薄暗い通路から一転、沢山の灯篭の灯りで満たされた、だだっ広い空間に出る。


 肌をチクチクと刺すような敵意はすっかりなくなり、鼻を突く嫌な臭いもかなりマシになっている。


「すごい、広いですね!」

「ほう、このような場所があるとは」

「ここなら少しは落ち着いて休めそうだね」


 律空は和楓と凛斗と顔を見合わせ、一旦ここで休憩することに決める。

 相変わらず腰が抜けたままで動けない桜夜は、灯篭の近くで律空の背中から降ろされる。


 それぞれの荷物から枕代わりになりそうな柔らかい物を集めて、和楓はその上に千春の頭をゆっくりと乗せる。

 全身を壁に打ち付けた千春の顔は、灯りに照らされ、時折り苦悶に歪んでいるのが見える。


 桜夜はそれを少し遠くから眺めていた。


「桜夜、これ受け取ってくれ」

「まだ自分の残ってるからいい」


 千春と桜夜の様子を見に来た凛斗が、携帯食料を桜夜に手渡す。


「そんなこと言うなって。長老の唯一の肉親を守ってもらった礼だよ。織さまから頂いた物を渡すの、めちゃくちゃ情けないけどな」

「ならこれは、昨日の晩の礼だ」


 隣りに座った凛斗に無理やり食べ物を握らされた桜夜だが、どうにかそれを突き返す。


「強情だな~かわいくないぜ」

「それより、千春が鼓さまの唯一の肉親って?」


 本人が眠っている間に過去を詮索するには悪いとは思いつつも、桜夜は疑問を飲み込むことはできなかった。


 千春自身のことを彼に訊いても、拒絶されるのは想像に易い。

 千春が眠っている今が、彼のことを知る最大のチャンスだ。


 あれだけ辛く当たられている桜夜が、千春のことを知ろうとしていることに凛斗は驚きつつ、少し間をおいてから口を開く。


「千春のご両親──鼓さまの娘夫婦は、五年前に狩りの最中に、千春の目の前で亡くなられているんだ。千春本人も重傷だったんだが、それよりも心の方が壊れかけててな。長老の企みを知ってた自分が、両親を止められなかったせいで、ふたりが死んでしまったってずっと言ってて、おれは正直それが何の話なのか、未だに分からないんだが……」


 村に戻ってから一度だけ、千春は自らの意志で鼓を訪ねたことがあった。

 そこで何があったのか、凛斗は知る由もないが、千春と鼓の折り合いが悪くなったのも、他人を拒絶するような言葉を使うようになったのも、心が限界を迎えてしまったのも、この時からだそうだ。


「凛斗さんは、千春さんに掴みかかられたことはあるのか?」

「もちろん。それこそ千春の雰囲気が変わってから、しょっちゅ胸倉掴まれて睨まれてたぜ。まぁそれは多分、おれがしつこく普段通りに話しかけてたせいだけど」


 凛斗は過去の千春とのやり取りを思い出しながら豪快に笑っている。

 一応ケンカになっていたという事だろうに、呑気なものだ。


「石段で千春さんに睨まれた時、攻撃的な言葉で正論を突き付けてくる割に、何かに怯えてたような目をしてた。嫌な言い方してくるけど、そもそもそれは、おれが弱いせいだし、仮にもその事を自覚させるためにあんな言い方してたなら、意外と優しい人なのかなーって」

「そうだな、千春は不器用だけど優しいヤツだし、人一倍臆病だ。だから、両親を助けられなかった自分のことを責め続けてるんだろうし、目の前で人が死ぬことを恐れてる。何があったかはわからないが、きっと鼓さまのことも、五年前からずっと許してないんだろうな」


 凛斗は、握りしめた拳を見つめている。


 人のことを大切にできるから、千春は人を失う悲しみに耐えられない。

 人の心に寄り添えるから、悲しんでいる人から目を逸らせないから、何もできない無力な自分を責めることをやめられない。


 まるで自傷行為のように自分を責め続ける千春の痛々しい姿を見て、凛斗は悲痛に感じていた。


 それなのに、千春は凛斗の悲しみには寄り添えない。

 自分は独りぼっちだと思い込んでいる千春は、凛斗のように、自分の姿を見て悲しんでくれる人がいることを忘れてしまっているのだ。


「あいつは……ババアは、母さまと父さまを死地に送った。五年前に並みの狩人じゃ手に負えないクマが出ただろ。アイツがどうして死んだか覚えてるか?」

「起きてたのか……──その……お前の両親と一緒に、落石に巻き込まれて死んだって聞いた」


 いつに間にか目を覚ましていた千春の問いかけに、凛斗は口ごもりつつも、聞いた話を口にする。


 遠巻きに桜夜と凛斗の話を聞いていた星辰たちだが、千春が目を覚ましたことに気づくと、何も言わずに集まってくる。


「あれは母さまと父さまを使って、岩を落とす場所にクマを誘導したんだ。ババアはその作戦をふたりには伝えず、増援との合流地点だと嘘を吐いた。おれはその話をたまたま聞いたから、止めようとしたんだ。なのに止められなくて……だから心配で追いかけたんだ。岩が落とされた直後に追いついて、砕けて飛んできた岩の破片が、おれにも当たって……」


 仰向けのまま目元を腕で覆い、千春は独白するように、凛斗が知らない事実を口にする。


「目が覚めて身体が動くようになってから、どうして母さまと父さまが死ななきゃいけなかったのか、おれはババアに訊いたんだ、恨んでたのかって。そしたらあいつ、一言だけ謝って部屋を出て行ったんだよ……そんなこと……そんなことしたヤツのこと、許せるわけないだろ! こんな最悪なこと考えたババアも、作戦に加担した人間も、止めなかった大人も、何もできなかった自分もぜんぶ憎い!!」


 大量の水の入った容器の底が抜けたように、歯止めが効かなくなった暗い感情は、千春の口を突いて溢れ出す。


「やっと、母さまと父さまに会いに行ける、謝れるって思ったのに……」

「──おれ、千春さんがたまに怯えた目をする理由が知りたかっただけなんだ……勝手なことしてごめん」

「うるせーよ。……凛斗も、黙って聞いてりゃベラベラしゃべりやがって」


 激痛に顔を歪めながら、千春が上半身を起こすと、たくさんの涙の筋で頬を濡らしている凛斗の姿が視界に入る。


「ごめん、千春……おれずっと、千春のそばに居たはずなのに、もう自分のこと許してやってほしいって思ってたくせに、千春のこと、何もわかってなかった……!」

「だからって泣くことないだろ」


 涙を拭うことなく千春の瞳を見つめる凛斗の姿を見て、千春は困惑している。


 星辰は、凛斗の背中をさすりながら、少し充血している千春の目を真っすぐに見つめる。その表情は、真剣そのものだ。


「ねぇ千春、今までずっと寂しかった?」

「なんだよ急に。……そんなことわかんねーよ」

「千春はね、独りじゃないよ。凛斗みたいに、千春が傷つけば悲しむ人が、千春のそばにもいるんだよ。自分のこと、許してあげられないかもしれないけど、千春のことが好きな人のために、少しだけ自分に優しくしてあげて! 言い方が怖い時もあるけど、おれも凛斗みたいに、千春のこと好きだよ!」


 真剣に伝えたいことだけを伝えた星辰は、呆気にとられている千春に向かって、微笑わらいかける。


「なんだよ、いつもバカのくせに……そんなに静かにしゃべれるんなら、普段から静かにしとけよ」

「やだよー! なんでそんなこと言うの!」


 なんだか急にバカらしくなって、千春は顔を伏せて、ほんの少しだけ頬を緩める。

 

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