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星屑の咆哮 〜 六人の剣と魔獣士の槍〜  作者: ニンニクゴハン
1/15

星屑の咆哮 1

 

 人間は過酷な自然の中で、その日その日を凌ぐような生活を送っていた。

 〝帰れずの山〟と呼ばれる、大きな山の麓には、人口約五十人の小さな村が三つ隣接しており、それぞれの村は五百年に渡り、独自のコミュニティを築いている。


「野菜がーー!」


 見るも無惨に荒らされた畑を目の当たりにして、黒い短髪の青年、星辰せいしんは大声で嘆きながら、その場に崩れ落ちる。

 木陰で羽を休める鳥類が飛び去ってしまうほどの絶叫を聞きつけて、同年代のひとりの男が慌てて駆け寄ってくる。


「朝っぱらからなに叫んでんだよ星辰──って、あちゃ~派手にやられたな」

「さっきまで無事だったのに……」

「はいはい、わかったから立てって」


 星辰と大して体格の変わらない桜夜さくやは、うなだれる星辰をむりやり立ち上がらせると、着物の裾についた土を、乱暴に叩いて落とす。


「畑見に来てすぐに、ムカデが出たってチビたちが騒いでたから、退治しに行ったんだよ。その一瞬で畑が……」

「家の方まで行かれずに済んだのが、せめてもの救いだな」


 あともう少しで収穫できたであろう数種類の野菜たちは、根から掘り起こされて壊滅状態だ。


 星辰と桜夜は、何とか被害を免れた、未熟な野菜を回収し、勝手方に持っていく。

 大切に野菜を抱えて、小さな歩幅でトボトボと歩く星辰を引っ張りつつ、桜夜は勝手方の戸を引く。


「おはよう、星辰の声がここまで聞こえたけど、何かあった──みたいだね……」


 女性たちと並んで、村に住む全員分の朝食を準備していた中世的な雰囲気の男は、星辰の表情を見るなり事態を察知する。

 星辰の大声は南の村名物とまで言われており、村中に星辰の声が響くのは日常茶飯事である。


「はい、律空りく。無事だったのこれだけだ」

「派手に荒らされたみたいだね」

「律空~おれが目を離した一瞬の隙に~」


 律空は眉を八の字にして微笑わらいながら、半泣きになっている星辰をあやす。


「この前、狩りに出たときに、東の村の奴らと会ったんだけど、向こうはかなり酷い状況みたいだぜ」

「そうか……きっと西の村も、ここと同じ状況なんだろうね」

「最後にしたジジババ会議って、ほぼ百年前なんだろ。そろそろそういう時期なんだろうな」

「桜夜! 長老さまたちを敬いなさいと何度言ったらわかるの!」

「げ、お袋! 地獄耳かよ」


 勝手方の奥から顔を出した女性は、桜夜の母親の桜子だ。

 桜夜の乱暴な言動を耳にするたびに叱りつけているが、桜夜はツノの生えた母親を見るなりすぐに逃げていくため、説教はほとんど効果を発揮していない。

 今日も例に漏れず、桜夜は母親の顔を見るなり走って勝手方から姿を消した。


「まったくあのバカたれは……」

「おはよう、桜子さん!」

「おはよう、星辰。お前は桜夜と違っていつでも可愛らしいねぇ」


 桜子はぶつぶつと小言を口にしながら、再び勝手方の奥に消えていく。

 勝手方の切り盛りをしている桜子は、明朗快活な女性だ。訳があって、星辰と律空にとっても母親のような存在でもある。


「でも桜夜の言う通り、そろそろ長老会議が始まるんだろうね」

「長老会議ってあれだよね、西と東と南の村の長老が集まって、帰れずの山の神様にお供えするものを選ぶやつ」

「そうだよ、星辰。百年に一度、神様に供物を捧げ、これから起こる大きな災いを鎮めてもらう。その供物を決めるのが長老会議だね。──供物が生き物じゃなくて穀物とかでいいなら、わざわざ会議もしなくて済むのかもしれないのにね」


 律空はできあがった料理を皿に移しているが、その目はどこか遠くを見つめている。


 三つの村から腕利きの狩人を集めても、敵わないほどの強力な獣が、約百年に一度、姿を現すという伝承がある。

 畏怖を込めて魔物と呼ばれるその個体が出現すると、野生動物たちはまるで連携をとるような動きで、次々と村を荒らしていくそうだ。


 最近は深夜の獣害が頻発しており、そのため夜間には見張りを立てていた。

 その甲斐あって、一時的に被害は落ち着いていたのだが、今日は見張りや、様子を見に来た星辰がその場を離れたわずかな時間で、野生動物が畑への侵入と離脱を行った。

 魔物がすでに現れているという事なのだろう。


「ねぇ律空。山の神様にお供え物するのも大事だけどさ、おれたちが自分で魔物と戦えるようにならなきゃ、意味ないんじゃない? だってこのままじゃ、ずっと神様に守ってもらうってことでしょ?」

「それは確かにそうだけど、ぼくは星辰が危険なことするのは反対だ」

「まだ何も言ってないじゃん!」

「神様にお願いして、魔物と戦えるだけの力をもらうーって言うつも──」

「あ、それだよ律空! 神様にお願いして強くしてもらえばいいんだよ! 律空やっぱり天才じゃん!」


 星辰は瞳をキラキラと輝かせ、律空の肩を前後に揺さぶる。

 星辰は考えを先読みして諫めれば、一時的におとなしくなるのだが、今回は諫めるどころか、逆にヒントを与えてしまったようだ。

 希望に満ちた星辰の表情とは対照的に、律空は自身の発言を激しく後悔していた。


「おれ、いい事思いついたよ! ありがと律空!」

「ちょっと、星辰!」


 すでに律空の声は聞こえていない星辰は、勝手方を飛び出し、桜夜が逃げて行った方に走り去っていく。


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