魂と運命
ダリオは、もう一度振り向いてサナザーラを見る。既に椅子に腰掛け、グラスに手を伸ばしていた。
「ザーラ?」
「妾が語るべきことはない。後は、その方らで話せ」
サナザーラが認めてくれた。マナテアは幻痛を撃つことができたのだろう。こんどはゆっくりとマナテアに目を向ける。
「これは、不死魔法なのですよね?」
「はい。不死魔法の中でも、最も基本的なものだそうです」
答えにマナテアが肯く。
「私は既に死霊術師ということ……ですね。しかも、まだ覚醒していない……死霊術師としての祝福されし者」
そう言って、彼女は小さく笑った。
「この言い方、少し変ですね」
確かに、神の祝福を失うとされる不死魔法を使う祝福されし者というのは矛盾している。
「でも、そうすると私を疑っていた教皇庁は正しかったということになりますね。不死魔法を扱うことのできる者は多くなかったと言われています。私の前世も、ダリオと同じように不死軍団の一員だったのでしょう」
「たぶん、元素の魔女オーラ……だったのだと思います」
ダリオが答えると、マナテアは顔を上げた。
「私は、火の魔法も得意ですよ?」
彼女の言葉に首を振って答える。
「マナテアは、武器を使わないじゃないですか。それに、炎の魔戦士ポルトークだった人は知っています。二年前まで、僕を助けてくれた人です」
「その人は?」
「殺されました。聖騎士団に……」
そう告げると、マナテアは改めて嘆息する。
「本当に、伝説の人物ばかりではないですか……」
「マナテアもですね。強い運命は、引き寄せ合うという話を聞きました。ただ、それは運命じゃなく魂を見ているような気がします」
「魂を?」
マナテアの言葉に肯いてみせる。
「初めてマナテアに会った時、何となくウルリスを思い出しました。今話した炎の魔戦士だった人です。顔や姿は似てないのに、何故か似ているような気がしたんです。でも、似ているんじゃなくて、僕の魂が、マナテアとウルリスの魂を知っていたから、そう感じたように思います。サナザーラも……あんな人ですけど、怖くはなかった。たぶん、魂に見覚えがあったんだと思います」
「そうかもしれませんね」
マナテアの感慨に、疲れた声のウェルタが言った。
「とにかく座ろう」
確かに、立ったまま話すことではなかった。三人が元の席に着く。ダリオはマナテアの隣にかけた。もう、彼らと離れておく必要はなさそうだった。
落ち着いたところで、マナテアが懸念していたことに触れておく。
「オルトロの人達のことは、どうしますか?」
マナテアが首を振る。
「どうしようもありません。私が、不死王配下の転生者だったのなら、端から悩んでも仕方なかったのです。オルトロに類が及ぶことを避けるなら、私が死ぬしかなかったのですから。彼女は、それが分かっていたのでしょうね」
そう言って、マナテアはサナザーラを見た。ダリオも肯いた。ダリオが宝玉の置かれた地下に忍び込んだ時、彼女は血相を変えて現れた。物言いに反して優しい人なのだ。決心できずにいるマナテアに、現実を突き付けて見せた。方法は、少々乱暴だったけれど。
「伝わり方によっては、あまり影響はないかもしれません」
そう言ったのはゴラルだ。
「お嬢様は、異端に染まったのではなく、転生者としてその運命にあっただけです。家にまで波及はしないでしょう」
「では、ゴラルこそ大変なのでは?」
マナテアの問いに彼は首を振った。
「私は、お嬢様がヌルサ様に復活を唱えてからも共におりました。今さら何も変わりません。それに、既に家督は譲ってあります」
やはり、ゴラルはマナテアに付いてくるようだ。
「で、私はどうなるんだ?」
そう言ったのは、ウェルタだ。どうにも投げやりな言い方だった。ゴラルと違い、ウェルタはマナテアに従っている訳ではない。彼のことは何も決まっていなかった。
ダリオは、背筋を立ててウェルタに言う。
「ウェルタも、僕達と一緒に来ませんか?」
「正気か? 私は見習いとは言え、聖騎士団の一員だぞ」
彼の問いに肯く。スサインにも告げた。
「白死病は、教皇庁がスカラベオを使って引き起こしているものです。でも、まだ分からないことが山ほどあります。どうやってスカラベオを広めているのか。生命力を集めてどうしているのか。それをこれから調べなければなりません」
「私に、聖騎士団を裏切れと言うのか?」
「はい。でも、ウェルタに決めて欲しいと思っています。ウェルタは、白死病を引き起こしているのが教皇庁であっても、聖騎士で居られるのですか?」
ぎしりという歯を食いしばる音が聞こえたような気がした。
「俺は、そんな正義漢じゃないぞ」
珍しく、ウェルタは自分のことを俺と言った。初めてだったかもしれない。ダリオが、何と答えるべきか悩んでいる間に、ウェルタが口を開いた。
「だが、悪い話じゃないな」




