マナテアとの対話②
机の向こうでは、サナザーラとウェルタが剣を合わせる音が響いている。それに対し、ダリオとマナテアの間には、時が止まったような”間”、静寂が訪れた。しかし、それは一瞬だった。ゴラルが剣を抜き放ったからだ。
「一人くらいなら、自分の身は自分で守らねばならぬぞ」
サナザーラの落ち着いた声が響く。ダリオもエストックは持ってきている。だが、剣でゴラルに適うはずもなかった。ただし、ゴラルとの間には距離がある。魔法を使うには十分過ぎる距離だった。
「ゴラル! 剣を収めて下さい!」
その必要はなかった。マナテアの声が響き、怒りの形相のゴラルが渋々剣を収める。彼が激高することは予想できた。マナテアには魂が見えた。彼女のことを死霊術師だと言ったようなものだからだ。
「僕も良く分かっていませんが、魂が見えただけでは、まだ死霊術師ではないのだと思います。でも、才能はあると言っていいと思います」
そう言うと、マナテアはしばらく考え込んでいた。
「魔法の双角錐は……間違いなのですね?」
魔法の双角錐によれば、不死魔法は神聖魔法の対角に位置する。両方を行使できるはずはない。
「多分、間違っています。僕は、神聖魔法も不死魔法も使えますから」
そう言うと、マナテアは天を見上げていた。
「そう……ですか。でしたら、もっと早く不死魔法に出会いたかった。ヌルサを、弟を甦らせることができたかもしれないのに……」
「白死病で亡くなったと言っていた弟ですか?」
「ええ。ヌルサが亡くなった時、私は復活の魔法を唱えようとしたことがあったのです。教会では、復活の魔法を唱えようとすれば、神の祝福を失い、魔法を扱う力を失うと言われています。でも、私は魔法を使い続けることができた。だから、魔法の双角錐には、疑問を持っていたのです」
マナテアは、その亡くなったという弟のことを思い出しているのか、目尻に光るものがあった。
彼女を仲間に引き込むつもりなら、口にしない方がいいかもしれない。しかし、ダリオはここで彼女と話し始める時、正直に話すと決めていた。
「復活の魔法は、良いものではないかもしれません」
そう告げると、マナテアは目尻を拭い、ダリオを見つめてきた。
「僕がアンデッドを作り出す魔法を見たのは一度だけです」
ウルリスがボーンケンタウロスを作り出した時のものだ。
「それが、復活だったのかは分かりません。でも、その魔法で甦ったアンデッドは、元の魂を持つ者ではなかった。もし、あれが復活だったなら……」
ダリオは、言葉を切って部屋を見回した。
「あれが復活だったなら、この部屋に並ぶアンデッドのように、ただ命令を聞くだけの存在になるはずです。弟の姿をした、弟ではない者になっていたはずです」
「そう……なのですか」
彼女は、落胆しているという感じではなかった。その弟は、とうの昔に亡くなった人だからだろう。ただ、混乱しているように見えた。彼女の視線が、隣で剣を振るっているサナザーラに向く。
「彼女、サナザーラは死んでいないそうです。死んでいないのにアンデッドになっている理由は分かりません。ただ、彼女は生きたままアンデッドになったと言っていました」
「そうですか」
マナテアは、ウェルタを見下ろすサナザーラを見つめていた。彼女の問いかけが止んだので、ダリオも彼女に尋ねてみたいと思っていたことを口にする。
「ウェルタから聞きました。マナテアが異端審問にかけられると。その理由は、ショール司祭という人の部屋で、スカラベオを見たからだと。その通りなんですか?」
「ええ。ダリオにも話した碧く光るスカラベオを見ました。他の黒いスカラベオと一緒に、瓶に入れられていました。ダリオが捕まえたスカラベオを入れていたのと同じような瓶です」
「ガラスの瓶ですか?」
「ええ」
だから、マナテアにも中に入れられたスカラベオが見えたのだろう。ミシュラの話では、スカートの下に隠れ、耳に聞こえてきた話だけだったので良く分からなかった。やはり、ショールが何らかの方法でスカラベオを呼び寄せているに違いなかった。
「ダリオ」
そんなことを考えていると、マナテアから呼び掛けられた。
「私は、まだあなたがここにいる理由を聞いていません。なぜ、アンデッドに囲まれて平然としていられるのですか? あなたが死霊術師だからですか?」
マナテアから、問われたのは白死病のことだけではなかったことを思い出す。
「ここには、相談をするために来たのです。スカラベオを教皇庁から来た司祭が集めているということが分かりました。それに、マナテアが異端審問にかけられることも。そのことを話して、どうすべきか相談しようと思って来たんです」
「あの人に?」
マナテアは、ウェルタをいたぶっているようにも見えるサナザーラを見ていた。
「違います。別の人……人なのか分かりませんが、サナザーラと同じように、不死王の配下だったと言われている人に相談しようと思ったんです。魔王スザインと呼ばれている人です」
「そうすると、あの人は?」
マナテアは、まだサナザーラを見ている。
「剣士サルザルです。長い間に、名前がまちがって伝えられているみたいですが、サナザーラが本当の名前らしいです。僕はザーラと呼べと言われましたけど」
ダリオが説明すると、マナテアは、何故か額に手を当てていた。
「どちらも、伝説の人物ではないですか……」
「そう……ですね」
確かにその通りだったが、ダリオはそれほど大事とは考えていなかった。二人ともダリオには優しかったからかもしれない。サナザーラの性格は少し変わっていたが……
「ダリオ……あなたは、何者なのですか?」
一番深刻な問いだったかもしれない。




