地下通路の会話(ウェルタ視点)
「それでは、ショール司祭がスカラベオを使って白死病を引き起こしていると言うのですか?」
ウェルタは、マナテアの話に驚いて問いかけた。
「まだ、分かりません。ただ、あのスカラベオが白死病の原因である可能性は高いのです。それをショール司祭が集めていたようです……ただ、そう口にすれば、ショール司祭が白死病を引き起こしていると言ったも同然ですね。それが真実であるか否かに拘わらず、彼から敵視されるのは当然かもしれません」
「それが分かっておいででしたら、お控え下さい」
先頭を歩くゴラルの声が響く。半ば呆れているようだ。
「今になって考えれば分かる……というだけです。あの時は、驚いてしまったのです」
そうは言うものの、マナテアは外見に似合わず直情的なのかもしれなかった。今もダリオを追ってこんな所まで来ている。地下に潜ったので微妙かもしれないが、禁を破り教会から出ていることにもなるだろう。
そんな話をしていると、ゴラルから聞いていたホールに出た。小ぶりな礼拝堂並の広さがあった。
「休憩せずに大丈夫ですか?」
ゴラルがマナテアに問いかけている。
「ええ。急ぎましょう」
「どの通路だ?」
今度はウェルタが問うと、ゴラルが指で指し示した。それは北西方向に延びる通路で、確かに方角は合致していた。
「やはり行き先は遺跡か……」
独りごち、ウェルタは、再び歩き始めた二人に続いた。
「ダリオは、何者なのでしょうか?」
今度も、後ろ姿のマナテアに問いかける。遺跡まで、先は長いはずだった。
「分かりません」
揺れるランプを掲げながら、マナテアは、一つ一つ思い出すように語ってくれた。
「私たちはカルナスの馬車乗り場で出会いました。馬車が見つからず、彼が引いていた馬に乗せてもらうために、ゴラルが声をかけたのです。最初は、利発そうな好奇心旺盛な少年だと思いました。道中でウインド・ウルフに襲われた時には、思いの外、戦い慣れしている感じがしました。チルベスに着いてからは、薬を使って患者の治療に努力している様子でした。それだけなら、勇気ある優秀な少年……と言えるのですが」
彼女にとっても、謎な存在らしい。
「彼は、以前にもチルベスに来たことがある様子でしたか?」
「いえ。カルナスからの道さえ知らないようでした。それなのに、こんな通路を知っているなんて……」
「しかし、彼がこの通路を知ったのも最近かもしれません。彼が以前から通路の存在を知っていたなら、薬草を採りに行って私を撒く必要がありません。恐らく、あの時に始めて遺跡に行ったのでしょう」
「そうですね。遺跡の出入りができない可能性もありますが」
マナテアは、この通路が遺跡に通じていることを疑っていないようだ。彼女は、遺跡に行っているかもしれないダリオをどう見ているのだろうかと疑問に思えた。普通に考えるなら、不死王の手のもので、チルベスに白死病をもたらしたと考えるべきだった。
「可能性としては、遺跡に居る者が、この通路を使ってチルベスに白死病を持ち込んだ可能性も考えられるのではないですか?」
そう問いかけると、彼女は急に立ち止まって振り返った。
「私は、自分の目にしたものを信じたいと思います。遺跡にいる者が白死病をもたらしているのだとしたら、その存在はショール司祭と繋がりを持っているはずです。ですが、とてもそうは思えません」
そう言って、彼女はまた前を向いて歩き出した。彼女は、ショール司祭が白死病の原因に関係していることを疑っていないようだ。それが真実なら、教皇庁の聖職者が、白死病の原因に関わっているということだ。ウェルタには、もはや何がなんだか分からなかった。
「見えてきました」
ウェルタが思考の混乱に頭を悩ませていると、ランプの光が前方に届くように、ゴラルが脇に避けていた。青みがかった石で出来たように見えるドアが、前方を遮っていた。ランプを高く掲げたマナテアが歩み寄る。
「証を示せ……確かにそう書いてありますね」
「証というのが鍵なのかもしれません。それが何なのか分かりませんが」
ゴラルの言葉に、ウェルタも覗き込んでみるものの、彫り込まれた文字の他には、取っ手さえない平板な石だ。どうやったら開くことができるのか想像も付かない。
「開けてみようとしたのか?」
ゴラルに問いかける。
「見ての通りだ。引くことはできそうにないから押してみた……が開かなかった」
ここでダリオを待つか、引き返してワイン蔵で問い詰めるべきだろう。ウェルタがそう考えていると、ものは試しと思ったのか、マナテアがドアに手を伸ばしていた。彼女が力を込めると、ドアはゆっくりと動いた。
「開くようです」
慌てたゴラルが前に出る。
「お待ち下さい。開けるなら私がやります」
手を添えたゴラルが、ドアを押す。
「見た目よりも軽いですね」
「おい、開けてどうする?!」
ウェルタは、声量を抑えながら慌てて言った。ただ、マナテアもゴラルも、その声が聞こえないかのようにドアの向こうを見つめていた。そこにあったのは、上に延びる石作りの階段だった。
「行きましょう」
マナテアが言うと、ゴラルが階段に足を載せた。
「本当に行くのですか? この先は遺跡ですよ?!」
「上にもまだドアがあるようです」
階段の上にもランプの光が届いている。そこに照らし出されていたのは、教会にあるような普通の木で作られたドアだった。ゴラルに続き、マナテアも階段を登り始める。ウェルタは、一人残ることも不安だった。しぶしぶ階段を登る。
今度のドアには、至って普通の取っ手が付いていた。引けば開くだろう。
「マナテア様」
ゴラルは、ただ名前を呼び彼女を見つめていた。
「ここで止まっても何も分かりません」
彼女の言葉に、ゴラルは嘆息して取っ手に手を伸ばした。
「本当に行く気ですか? 伯爵夫人に斬り殺されます!」
ウェルタが引き留めると、マナテアが振り向いた。ゴラルも手を止めている。
「ウェルタ様はお戻り下さい。このまま戻っても、私は火あぶりでしょう。伯爵夫人に斬り殺される方が苦しみは少ないかもしれません。それに……」
そう言って、マナテアは閉ざされた木製のドアに目を向けた。
「私は、真実を知りたいのです。知って、どうなるか分かりませんが、ダリオは私が知っている以上の事を知っているはずです。それを聞きたいと思っています」
沈黙が訪れた。彼女から聞かされた話が本当であれば、白死病は、今まで聞かされて来た不死王の呪いではないかもしれない。真実は、ウェルタが知っている内容とは大きく異なるかもしれない。それを知ることができれば、ウェルタにとっても、これは絶好の機会かもしれなかった。
五男坊では、貴族の生まれと言えども実力だけで生きて行くしかない身の上だ。だからこそ、腕一本で成り上がれるかもしれない聖騎士の道を選んだのだ。
「くそっ。もう、成るように成れだ!」
ウェルタは、半分やけくそで足を踏み出した。




