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碧(あお)のスカラベオ 僕は世界を呪ってない!  作者: 霞ヶ浦巡
第3章 碧いスカラベオと遺跡の秘密
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不思議なネズミ(マナテア視点)

 ゴラルが地下通路を探索したことで、マナテアは、ダリオが遺跡(ルーインズ)に関係しているかもしれないと考えていた。ただ、その上で直接に話してみたものの、はっきりと分かったことはない。

『いっそのこと、本当に転生前の私が不死王の配下だったのなら話は簡単なのに……』

 そんなことを考えながら、ショールの部屋に向かっていた。彼女は治療団一員だったから、ショールが教会にいる場合は、アナバスと交代して夜間の治療に当たることを、その都度報告しなければならない。

 回廊の角を曲がり、ショールにあてがわれている部屋に近づくと、中から物音が聞こえてきた。何かを打ち付ける鈍い音だ。それに続いて家具が倒れるような音も響く。何かあったのだろうかと思っていると、木製ドアの下、わずかな隙間から小さな茶色の毛玉が現れた。

 愛くるしい漆黒の目が二つ付いている。ネズミだった。何故かそのネズミと目が合う。一瞬のことだったが、どこかで見たことがあるような気がした。

 マナテアが奇妙な感覚に驚いていると、ショールの部屋から金属をこじるような音が響いた。内側から鍵を開けようとする音だった。ネズミは、ドアを見て、再びマナテアの目を見つめてきた。まるで、何かを訴えているような気がした。そして、やおら走り寄ってくると、足首の先まである喪服のスカートに潜り込んだ。そして、ブーツの上に、何かが乗ってきたような感触がした。

 普段なら、驚いて飛びすさったかもしれない。しかし、この時は直前に目が合っていたためなのか、何故かそのネズミを撥ね除けようとは思わなかった。

 それに、直ぐに意識は他のことに奪われた。ドアが勢いよく開けられ、ショールが飛び出してきたからだった。

「あ、ショール司祭」

 マナテアに構わず、ショールは回廊の左右を見回していた。

「先ほど、治療の任をアナバス教授から引き継ぎました」

「そんなことはよい! ネズミを見なかったか?」

 先ほどのネズミは、ショールに追われて逃げていたのだろう。

「ネズミですか。ネズミなど、どこにもおりますが……」

「今見なかったかと聞いているのです。この部屋から出てきたはずです!」

 ショールは激高していた。マナテアはしらばっくれて答える。

「それでしたら、あちらに……」

 マナテアは、彼女が通り過ぎてきたばかりの回廊の角を指差した。ショールは、マナテアの肩越しにそちらを見ようと、一歩横に動いた。

 ショールが動いたことで、彼の部屋の中が見えた。ランプに照らされた薄暗い部屋の中、机の上に硝子製の瓶が置かれていた。封がされた瓶の中には、小さな黒いものがひしめきあっている。ただ、その中に、一つだけマナテアの視線を釘付けにするものがあった。

「碧いスカラベオ!」

 マナテアは、思わず叫んだ。とたんに、激しい音とともにドアが閉じられる。

「何を言っているのです。スカラベオの話などしておりません。探しているのはネズミです!」

「いえ、瓶の中に碧いスカラベオが見えました。どうしてこちらにスカラベオがいるのですか?!」

 マナテアは、ショールに問いかけた。あの碧いスカラベオは、白死病に関係している可能性が高い。調査すべきものだった。

「何かの見間違いでしょう。部屋の中にスカラベオなどおりません」

 そう言ったショールは、マナテアを睨み付けていた。高圧的というよりも威圧的と言うべき視線だ。長身のショールから見下ろされて身がすくむ。

 それでも、怯んでなどいられなかった。

「ですが、あのスカラベオは白死病の原因を探る鍵になるはずです。捕まえているのならば、調べさせて下さい!」

「何を言っているのですか。あなたが患者の生命力を奪っていると言っていたスカラベオが、私の部屋にいるというのですか? それは、神聖ならスカラベオに対する冒涜であり、教会への冒涜です。そして私に対する侮辱です。それが分かっているのですか?!」

 前回ショールに報告した時は、スカラベオが白死病の原因になっているかもしれないと言っただけだ。今回、それをショールの部屋で見つけてしまった。彼がスカラベオを調べているのならいい。しかし、そうでない場合、その事を追及すれば、確かにショールを疑っていることになる。

 彼は、部屋の中にスカラベオがいることを明らかに否定していた。マナテアにできることは、ショールを白死病の原因に関わる者として疑っていることを宣言するか、自らの見間違いを認め、彼に謝罪することだ。

 マナテアには、そのどちらもできなかった。悔しさに口を引き結び、拳を握りしめる。

「謝罪の言葉はないのですね。分かりました。あなたは異端の信仰に冒されていると認めざるを得ません」

「そんなことはございません!」

 反射的に叫んだ。異端と決めつけられれば命が危うい。はっきりと否定しておかなければならなかった。

「私は、正しき神を信じています。そうでなければ、白死病の患者を助けることができた理由が何だと言われるのですか?!」

 そう答えたマナテアに、ショールはあざけりの顔を見せた。

「あなたが真に異端であれば、私の答えを聞かなくとも、呪いを解いただけだと分かっているでしょう。弁明を考えておくことを勧めます。異端審問官は、私よりも厳しいですよ」

「なっ!」

 マナテアは、絶句した。ショールは彼女を異端審問にかけると言っているのだ。ショールは、治療団の長として教皇庁から派遣された聖職者だ。異端審問を請求する資格もあるのだろう。

「まったく、異端者のおかげで小憎らしいネズミを追うことができなかったではないですか」

 ショールは、ドアに鍵をかけると回廊の先に歩み去って行った。マナテアは呆然と立ちすくんだ。ほどなくして、ショールとは反対側からゴラルが姿を見せる。

「お嬢様、何事ですか? 大きな声を出されていたようですが」

「何でもありません」

 ゴラルは、真摯にマナテアの身を守ってくれる。しかし、彼の力は教会の権力の前にはネズミの力と変わらなかった。マナテアは、元来た方向に歩き始めた。

「ショール司祭と話されていたようですが」

 後に続きながら、尚もゴラルが問いかけてくる。

「異端審問官を呼ぶそうです」

「そんな! なぜ?」

 ゴラルの問いには答えず、マナテアは足を動かした。ゴラルは、領主である父に手紙を書くようにと言っていた。そんなことをしても無駄だろう。マナテアは、自分が見てはいけないものを見てしまったのだと悟っていた。

 正面の出入口から教会の外に出る。まだ、ブーツの上には微かな重みがあった。階段を下りて地に足を付けると、喪服のスカートをそっとつまみ上げる。茶色の毛玉がまろびでる。振り向いた小さな真っ黒な瞳と目が合った。

「お行きなさい」

 ネズミは、通りの先に向けて走って行った。傷付いているのか、すこし足を引きづっている。

「ねずみや患者の身は守れても、自分の身は守れないなんて……」

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