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碧(あお)のスカラベオ 僕は世界を呪ってない!  作者: 霞ヶ浦巡
第3章 碧いスカラベオと遺跡の秘密
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歪んだ吟遊詩

「そんな人だと、男の人に好かれたのでしょうね」

 ダリオは、サナザーラの顔を思い出していた。吟遊詩の描き方が本人と違うとも言えず、適当な想像を口にする。

「いえ、彼女には浮き名らしい浮き名が全く無いのです。興味は剣と酒だけだったと言われています。だから、彼女は女性からの人気が高いのですよ。彼女の歌を所望してくるのは、ほとんどが女性です」

 興味は剣と酒だけ、というのは当たっていそうだ。

「ところで、吟遊詩で伝えられる不死王や配下の話は、正確なのでしょうか?」

 サナザーラの話を聞く限り、正確な部分もあれば、そうではない部分もありそうだ。タイトナには聞きにくい問いではあったが聞いておきたかった。

「私は正確な伝承に努めていますよ……ただ、真実を正確に伝えているとは言えないでしょうね。吟遊詩は口伝、つまり師匠から弟子に歌として伝えられるものです。師匠が何らかの改変をしていても、弟子には分からないのです」

「改変をしてしまうことがあるのですか?」

「ありますよ。いろいろな理由でね。教会から異端だとして歌うことを禁じられた歌もあるくらいです」

「どんな歌なんですか?」

 思わず聞いてみる。そんな歌こそ、ダリオにとっては重要な情報に思えた。

「あなた、私を火あぶりにしたいのですか?」

 タイトナは、目を細めて言った。

「あ……」

 禁止されている歌を歌えば、吟遊詩人が罰せられるのは当然のことだった。

「すみません。それはいいです」

 タイトナは、肩をすくめてどうでもいいとばかりに改変される理由を教えてくれた。

「いろいろな理由と言いました。教会から禁じられたり、逆に変えることを命じられることもありますが、改変が行われる一番の理由は、吟遊詩人が勝手に変えてしまうことなんです」

「どうして変えてしまうのですか? そのまま歌えばいいのに……」

「簡単なことです。我々吟遊詩人は歌うことで生活しています。人気のない歌は、歌われることなく廃れたり、面白い話に書き換えられてしまうのです」

「なるほど……」

 確かに、それは納得のできる話だった。タイトナは、例として別の配下の話をしてくれた。

「不死王の配下に、狂戦士イーシュという人がいます。サルザルと同じ女性なのですが、この人の歌は人気がなく、吟遊詩の中で触れられるのは、関係した戦いでの活躍くらいなのです」

「嫌われるような人だったのですか?」

 ダリオの問いにタイトナは首を振った。

「彼女が関係した戦いを話せば分かると思います。一番良い事例は、カルルの戦いでしょう」

 そう言って、タイトナはカルルの戦いについて話してくれた。

「不死王が、東部、北部を制圧し、中央も手中に収めようとしていた頃のことです。彼があちこちに手を伸ばしていたことや、大軍を動かすことが負担だったため、不死王は、制圧を目指す敵を倒すために必要な数だけで遠征を行っていました。この時も、遠征部隊は、抵抗していた小領地を制圧し、彼が全世界掌握のための本拠地として定めていたビークに帰還しようとしていました。ただ、東部、北部は安定していたものの、中央では、まだ反乱の機会を窺っている領主も多かったのです。不死王に臣従したはずの二人の領主が反乱を起こし、カルルという村近くの狭隘地、山に囲まれた狭い場所で不死王を待ち伏せました。不死王の軍勢は三百騎ほど、反乱を起こした二人の領主は、合計で二千騎近い数だったと言われています。不死王の軍勢には、アンデッドも含まれていましたが、多くは彼に付き従う人間で、六倍以上もの敵軍と戦うことになったのです。しかも、後は制圧したばかりの領地です。後に引けば、更に多くの敵と戦わなければならない状況でした」

 タイトナは、戦い前の状況を説明すると、ダリオに問いを投げかけてきた。

「ダリオだったら、どうしますか?」

「戦って敵軍を突破するか、戦わずに山を抜けるかのどちらかだと思います」

 ダリオが考えて答えると、タイトナが肯く。

「このカルルの先は、本当に狭い峠道でした。だから不死王は三百騎しか連れていなかったと言われています。当然、その峠も押さえられています。戦わずに山を抜けることは出来なかったのです。三百騎は少ない数ですが、それでも馬に乗ったまま抜けることは危険なほど狭い峠道が先にある状態では、山を抜けることも困難です。そして、戦って中央を突破することも難しい状況でした」

 タイトナは、机の上に楽器の調整する道具を置いて、両軍の動きを説明する。

「反乱を起こした領主は、軍を狭隘地一杯に広げました。不死王が、中央突破を狙い易い陣形にしたのです。ですが、これは罠でもありました。彼らの後方、カルルの町に三百騎ほどを残し、不死王が突破を図った場合は、町の壁で軍を防ぎながら、後方から大軍で襲いかかり、不死王の軍を殲滅するつもりだったのです」

「町があることは、不死王も知っていたのですよね?」

「ええ、不死王もカルルを通っていますからね。だから、町と反乱領主軍に挟み撃ちにされる可能性を読んでいました。そこで、狂戦士イーシュの出番です。彼女の容姿は良く分かっていません。女性でありながら、身長が二マグナを超える巨体だったとも、逆に小柄だったとも言われています。彼女についてはっきりしていることは、いざ戦いを始めると敵味方構わず殺戮の限りを尽くしたということです」

「それで狂戦士と呼ばれているのですか」

「そうです。このカルルの戦いでは、彼女はたった一騎で山を抜け、カルルの町に忍び込むと、反乱領主の軍三百騎をたった一人で打ち倒し、町に火を放ちました。町を逃げ出した者もいたようです。峠に向かった者もいましたが、狭隘地で陣を敷き、不死王と対峙している軍勢に合流しようとしたものもいます。しかし、これが逆効果でした。村にいた三百騎が、為す術もなく打ち倒されたことで、カルルに不死王配下の多数の軍が到着したと勘違いしてしまったのです。その浮き足だったところに不死王の軍勢三百が突撃して来ました。前には不死王、後は制圧されたカルルの街、前後を逆に包囲されたと勘違いした反乱領主軍からは、戦わずにして多くの兵が逃げ出しました。中央突破を止めるどころか、軍勢自体が霧散してしまったのです。二人の領主は討ち取られ、戦いは不死王の勝利に終わっています」

 タイトナは、そう言って言葉を切った。

「さて、この話を聞いてどう思いますか?」

 戦いの流れは理解できた。しかし、聞いている途中から疑問を感じざるをえなかった。

「嘘くさいというか、変ですね。強かったのは間違いないのかもしれませんが、三百騎を相手にして、一人で戦ったというのが本当とは思えません」

 タイトナも肯く。

「伝えられている彼女の戦いは、似たようなものばかりなんです。誰もが疑いを持つようなものばかり……だから人気がない。そして、そうなると彼女の歌は歌われなくなりますし、彼女に関係する部分は省略されたり、変えられてしまうのです。逆に、サルザルのように人気のある人物については、大げさに語られている部分もあるでしょう」

「そうして、伝えられている吟遊詩自体が、正確でなくなってしまうんですね」

「そう言うことです」

 そうなると、やはりタイトナから話を聞きながら、サナザーラや他からも話を聞き、何が正しい歴史なのか推測するしかなさそうだった。

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