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碧(あお)のスカラベオ 僕は世界を呪ってない!  作者: 霞ヶ浦巡
第3章 碧いスカラベオと遺跡の秘密
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不死王の最後と戦士サルザル

 タイトナの話は、ダリオにとっても分かりやすいものだ。しかし、よく分からないこともある。教会の教えを排除しようとした、という話もその一つだ。ウルリスは神を信仰していた。どこかが食い違い、歪んで伝わっているのかもしれない。

「どうして教会の教えを排除しようとしたのですか?」

「彼は、アンデッドによる軍、不死軍団によって世界を支配しようとしていました。そのためには、アンデッドを不浄としする教えが邪魔だったのです」

 確かに、その理屈は合っている。だが、遺跡(ルーインズ)のことをサナザーラは大聖堂(カテドラル)と呼び、今もアンクが掲げられている。やはり、どこかがおかしかった。

「彼は、そうして全世界、蛮族が住む土地以外の、人の住む全ての土地を支配する目前まで行きました。そしてその時、当時は小さな町でしかなかった聖都ストーナの領主で、不死王に従う振りをしていた初代教皇ゲルナシオ聖下が反旗を翻したのです」

 多分、吟遊詩では最高に盛り上がる部分なのだろう。歌って欲しい訳でもないのに、タイトナの調子はほとんど歌になっている。

「不死王が最後の大遠征に不死軍団を向かわせた際、彼は少数の部下、有名な配下では炎の魔戦士ポルトークだけを護衛に残していました。不死王が不死軍団の遠征を行う際、大抵は彼自身が軍団を率いていたのですが、この時は中央に残っていました。彼は、東部から北部、そして中央、南部と支配地を広げています。この時は、不死王が最後に残った西部を支配地に治めるため、最後の大遠征を組織したのです。しかし、支配地に組み入れたばかりの南部には、反乱の恐れがあったと言われています。そのため不死王とポルトークは、ビークに留まっていたのです」

 不死王がビークに留まっていた理由がその通りなのかは分からないが、留まっていたこと自体は事実なのだろう。

「ビークとストーナは非常に近い位置にあります。ビークを急襲した初代教皇ゲルナシオ聖下と配下の騎士クセルクールは、それぞれ不死王カスケードと炎の魔戦士ポルトークと一騎打ちとなります。不死王の作り出した恐ろしいアンデッドを、ゲルナシオ聖下に付き従った農民兵がうまく誘導して引きはがしたのです。ゲルナシオ聖下と不死王カスケード、騎士クセルクールと炎の魔戦士ポルトークの戦いは、一進一退の、それはそれは激しいものだったと歌われています。しかし、最後にはゲルナシオ聖下のお力による無限の癒しが均衡を破ります。魔力の尽きたポルトークが倒れ、二対一となった結果、不死王カスケードが討たれる結果となったのです」

 思い出したのはウルリスの言葉だ。

『私は行けない。だけど、必ず、また会えるから。言いつけを守って、生き延びて。今度こそ、私に役目を果たさせてちょうだい。そうしないと、私は胸を張ってあなたに会うことができない』

 ウルリスは、最後の護衛だったのだ。彼女は護衛としての役目を果たしきれなかったことを悔いていたのかもしれない。だから、あの時、自分の命に代えてもダリオを守ろうとしたのかもしれない。胸が痛かった。

「不死王亡き後、不死軍団の主力が、教皇即位を宣言したゲルナシオ聖下と彼に付き従った騎士クセルクールに襲いかかります。しかし、恐怖によって不死王に従うことを余儀なくされていた各地の領主が一斉に反乱し、ゲルナシオ聖下の元に集うことで、血みどろの『不死戦争』が始まるのです。同時に、不死王の呪いにより森にはアンデッドが満ち、各地で白死病が発生することになります。『不死戦争』こそ終結しましたが、アンデッドと白死病は、今でも世界を苦しめています」

 初代教皇が不死王を倒した結果として現在の世界がある。これは教会の説法でも語られる話なので、ダリオも承知している。ただ、その理解は曖昧だった。それが、タイトナの話のおかげで流れとして理解できた。不死王に嫌々従っていた各地の領主が多かったのかもしれない。

「ありがとうございます。何があったのかは教会の説法でも分かりますが、どうしてそうなったのかは良く分からなかったんです」

 しかし、それでも疑問は残る。ウルリスがダリオを逃がす時に作ったアンデッドは、強力だったが魔力が尽きれば崩壊した。不死軍団が戦い続けるとしても、不死王の配下以外にも、彼を支持していた人がいたのかもしれない。

 ただ、遺跡(ルーインズ)にいるアンデッドは、今も動き続けている。何か仕掛けがあるのだろう。そのあたりもサナザーラに聞いてみたいが、彼女が知らない可能性も考えられる。どうも、魔法への興味自体がない感じだった。

「教会の説法は、信者を増やすためのものですからね。不死王に従っていた領主がいたことは伏せているのでしょう」

 タイトナも、教会の説法には思うところがあるようだ。

「もう一人、戦士サルザルについても教えてもらえませんか?」

「サルザルですか……不死王の配下ではありますが、彼女は、吟遊詩では人気のある人物ですね」

「人気ですか……」

 サナザーラのことを思い出した。美人だが、男よりも女の人から人気がありそうだ。ただ、もの言いや考え方はかなり特殊だった。どうして人気があるのか良く分からない。

「人気があるからでしょう。彼女には多くの二つ名があります。疾風のサルザル、鮮血のサルザル、そして何より腕落としのサルザル」

「腕落とし……何だか物騒な名前ですね」

 ダリオの感想に、タイトナが微笑む。

「不死王がアーケンの領主となった頃、彼女は彼に付き従うようになったようです。類い希な剣の腕で、戦場だけでなく暗殺にも活躍したと言われています。戦いの際、相手の腕を切り落とすことを得意とし、彼女の通った後には、剣を握ったままの腕が何本も落ちていた。そして、腕を切り落とされた幾人もの敵が鮮血をほとばしらせていた。そこから付けられた二つ名です。ただ、その剣技は、決して激しいものではなく、対峙した相手が水面に映った姿と戦っているような錯覚を覚えるようなものだったと言われています。水面に映った姿を切りつけても切ることはできず、もう一振りしようにも、その時には、もう腕を落とされている。そんなところから水面の剣士とも呼ばれます」

 水面の剣士。そう呼ばれたことは、彼女と剣を合わせたダリオには納得できるものだった。とらえどころがなく、こちらが攻撃すれば、その攻撃によって生じた隙を先に攻撃される。そんな戦い方だった。ダリオは腕を狙われなかったが、狙えば簡単に切り落とされていたのだろう。

「冷酷な剣士でしたが、戦場の彼女は、まるで舞を舞っているように美しかったと言われています。だから人気があるのです。主にロングソードを手にしていましたが、短剣やダガーを持つことも多かったようですね」

 ダリオと戦っていた時に手にしていたような、小さなナイフもお手の物だったようだ。

「剣の腕は分かりましたが、どんな人だったんでしょう?」

「豪奢な金髪に端正な顔立ち、そして優美なしぐさ。そこから、アーケンの貴族の娘だったとも言われます。寡黙だったとも言われており、貴族女性らしい慎みを持った女性だったのかもしれません」

 それは少し違うような気がした。寡黙と言えば寡黙かもしれないが、彼女の寡黙さは慎みから来るものではない。サナザーラは、口を開くよりも先に剣を抜くような人だ。

 やはり、吟遊詩をそのまま信じ込まない方が良さそうだ。ダリオは、思わず浮かべてしまった笑みを悟られないよう、両の頬を手で押さえた。

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