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碧(あお)のスカラベオ 僕は世界を呪ってない!  作者: 霞ヶ浦巡
第3章 碧いスカラベオと遺跡の秘密
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尾行(ウェルタ視点)

 ウェルタが眠気の残る目を擦りながら食堂に出てくると、ダリオが机の上に落ちたパンくずを払っている所だった。窓際に腰掛けたクラウドが「もう出るのか?」と声をかけていた。

 ダリオは「うん。行ってくるよ」答えてドアを押し開く。毎日通っているヌール派教会に行くにしては早すぎた。

「ウェルタさん。ちょっと待ってくれ、直ぐに準備するから」

 歩き出したところに、エイトから声を掛けられた。

「あ、いや。私のはいい。もう出るから」

 朝食を断り、そそくさと外に出た。通りのかなり先に、小さくなったダリオの姿が見えた。走って姿を追う。時間も早かったし、白死病のために人通りも多くない。距離を取って追っていても見失わずに済んだ。露天で肉を挟んだピカラを買ってかぶりつく。肉と言っても、干し肉を刻んだものだ。封鎖された街では新鮮な肉などめったに手に入らない。味は悪くないが塩気がきつかった。

 ダリオは、ヌール派教会ではなく、旧市外に向かっているようだった。チルベスは、トルドロール領内にあるため市内に領主の館はない。代わりに代官の館があるが、領地の騎士が詰めている他、徴税官など最低限の役人が居るだけだ。他の主要な施設は聖転生(レアンカルナシオン)教会と職人ギルドになる。薬ギルドに向かう可能性はあるが、手ぶらで向かうとは考え難かった。

 新市街と旧市外を分ける門は狭い。旧市外に入った先は、道が分岐しているため距離を詰めたかったが、ダリオが方々を見回しているため近づけなかった。彼が門に入ったところで、急いで後を追った。

『くそっ、どっちに行った?』

 ウェルタは、薬師のギルドがどこにあるのか知らなかった。そうなると、ウェルタが場所を知っていて多少なりとも可能性があるのは代官の館と聖転生(レアンカルナシオン)教会くらいだ。可能性の高いのは教会。先に代官の館に向かった。

 代官の館入口を警備していた騎士に話を聞いてみたが、見かけていないと言う。そうなると教会くらいしか可能性はない。

 ウェルタは、聖転生(レアンカルナシオン)教会に向かい、周りを巡ってみた。しかし、ダリオが真っ直ぐに教会に向かっていたなら、時間的にまだ近くをうろうろしているとは思えなかった。実際、姿を見つけることは出来ず、教会の一室にある封鎖団事務所に向かった。クフラの部屋ではなく、騎士達の部屋だ。

 そこで見つけた人影を確認し、ウェルタは直ぐさま踵を返そうとするものの、逆に見つかってしまった。

「見習いのウェルタじゃないか。どうした? 外の検問からも外されたと聞いたぞ」

 三年ほど前に騎士になったロストルという男だった。剣も魔法も、明らかにウェルタに劣るものの、家柄だけで正規の聖騎士になっている。おまけに、ウェルタをこれみよがしに見習いと呼び、重要な職務ながら、実態としてはひたすら暇なだけの検問からも外されたと言って見下してくる。その嫌みな態度が、誰からも嫌われている男だった。

 仕事以外で話をしたい男ではなかったが、事務所には他に人がいない。彼に掴まってしまった以上は、話を聞いておこうと思った。

「他の仕事をエネクター様から命じられております。それよりも、この教会の周辺で、貧しい身なりの少年を見かけなかったでしょうか。体格はやせ気味でソバカス顔です。髪はくすんだグレーで、深いグレーの瞳をしています」

「新市街から紛れ込んだような奴か?」

「見たのですか?」

「ここに来る途中、教会の東の裏手で見たな。しかし、似たような小僧などいくらでもいるだろう。そいつがどうしたと言うんだ?」

 クフラから監視を命じられていることは伏せた方がいいだろう。せっかくの名誉挽回機会をロストルに譲るつもりはなかった。

「金をすられたんです」

 そう答えると、ロストルは下卑た笑い声を響かせた。

「間抜けだな。すりの小僧の方が、余程目端が利くというものだ」

 例え笑われても、ダリオが聖転生(レアンカルナシオン)教会に来ていたことさえ分かれば十分だった。

「少し裏手を探してみます」

 これ以上ロストルを視界に入れたくなかった。ウェルタは、教会を囲む塀を巡って周囲を確認する。やはり、ダリオの姿は見つからない。ロストルが言っていた東側には、何かのギルドがあった。周囲には布の店が多いことから、織物や服飾関係のギルドのようだ。ダリオとの関係は思い当たらない。

 教会に戻り、内側から確認するために回廊を巡っていると、前方から一人の騎士が歩いてきた。聖騎士ではあるが、封鎖団ではなく治療団に入っているトノだった。ウェルタは、回廊の端に除け道を譲る。

 聖騎士団の中には、役職や年期による序列の他に、明確に別種の扱いを受ける一団がある。トノは、その一団、教皇直属と言われる近衛聖騎士だった。ウェルタは、頭を下げて彼が通り過ぎるのを待つ。

「見習い騎士が、こんなところで何をしている」

 ウェルタは、回廊を巡り、教会の裏手に向かっていた。そのため、教会の建物の中でも重要な人物がいる区画に近づいていたのだ。

「封鎖団団長のエネクター様より、特命を命じられ、調査任務に就いております」

「教会内をか?」

「いえ、裏手の庭でございます」

「そうか。あまり建物内をうろうろするなよ」

「はっ」

 ロストルと違い、近衛聖騎士は偉そうにしているだけの実力を備えている。話をしたことはほとんどなかったが、人格的にも優れた者しかいないと言われている。ウェルタも、いつか近衛聖騎士に抜擢されることを夢見ていた。

 トノが過ぎ去り、ウェルタは足早に回廊を抜け、裏庭の東の角に向かった。小ぶりな、だが頑丈そうな倉庫があった。他はあまり手が入れられていないのか雑草が生えているだけだ。その倉庫入口近くに木箱が置いてある。中は空き瓶だ。

「ワイン蔵か?」

 ダリオがワイン蔵に用があるとは思えなかった。盗んで売り払う可能性は考えられたが、それも可能性から外れる。ワイン蔵の入口には、頑丈そうな鍵がかかっていたからだ。

「結局、何もわからず仕舞いか……」

 ウェルタは、肩を落としてワイン蔵を後にした。

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