表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
碧(あお)のスカラベオ 僕は世界を呪ってない!  作者: 霞ヶ浦巡
第3章 碧いスカラベオと遺跡の秘密
55/117

そぞろな心

 入口のドアを押し開ける。そこは死の匂いに満ちた礼拝堂だ。

 建物の奥から響いてくる微かな物音がするだけで、まるで誰もいないかのように静かだった。白死病に罹ると地平線に消える秋の落日のように、体力がつるべ落としに消えて行く。うめき声を上げる者さえなく、静かに人が人でなくなって行く。ダリオが見ている目の前で、祭壇に近い前方の長椅子から(スフィア)が浮き上がっていった。それは、死霊術師(ネクロマンサー)だけが見ることのできる死の瞬間だった。

 封鎖団事務所から戻ってきたダリオは、唇を噛んでトムラの下に向かう。回廊を巡り、彼の部屋のドアをノックした。

「どうぞ」

 アンデッドの浄化を行っているトムラは、もう起きていたようだ。粗末なドアを引き、背負っていたズタ袋を降ろした。

「戻って来ました」

 彼には、市外に出る許可がもらえたので薬草を採ってくると伝えてあった。

「ずいぶんありますね。これはいい」

「買い取ってもらえますか?」

「もちろんです。ただ、支払いは待ってもらっても良いですか? 封鎖されたままでは、教会も厳しいのです。これほどあると教会のお金がなくなってしまいます。」

 それはダリオも分かっている。それに、口には出せないものの、薬草を採ってきたことはついでだった。肯いて答える。

「ネグルスに計ってもらいます」

 重量単価で買い取ってもらうのだ。ヌール派の教会では、寄付が現物のことも多いらしい。帳簿には穀物三ソルの寄付といった具合に書き込むと聞いた。当然、そのための秤も準備されている。

 ネグルスに採ってきたトロコロとロモトールを計量してもらい、薬の準備に使っている倉庫に向かった。ドアの向こうから、ゴリゴリという薬研で薬草をすり潰す音が聞こえる。

「ただいま」

 ドアを引き開けて声をかける。薬研の上にかがみ込んでいたミシュラが飛び上がる。

「良かった。帰ってきたんだね」

「ちゃんと帰ってくるって言ったじゃん」

 ミシュラは、半分泣きそうな顔をしていた。

「でも……行ったんじゃないの?」

 ミシュラの問いは、遺跡(ルーインズ)に行ったかどうかだ。彼女のことは信頼している。それでも話さない方が良かった。

「採ってきたよ。トロコロが一杯だ」

 話をはぐらかし、降ろしたズタ袋を開けてみせる。それ以上、彼女は追及してこなかった。直ぐに使う分のトロコロを取り出し、机の上に置いた。

「手伝って。これを干さなきゃ」

 教会の裏手に出て、トロコロの干し場として使っていた場所に向かう。最初に採ってきた分は乾燥を終えているので、ただ板が斜めに並べられているだけだ。

「ミシュラは、向こうから並べてくれる?」

 彼女は要領も分かっている。簡単な指示だけで作業を始められた。日が落ちる前に並べてしまいたかった。

 手を動かしながら遺跡(ルーインズ)でのことを思い出す。サナザーラと十分に話す時間がなかった。分かったことも多いが、分からなかったこともまた多い。

 伯爵夫人(カウンテス)とあだ名されている彼女は、死霊術師(ネクロマンサー)ではなかった。吟遊詩では剣士サルザルと呼ばれていたアンデッドの剣士だった。不死戦争の後、アンデッドとなり、ずっとあの遺跡(ルーインズ)を守ってきたのだ。紅い偽りの(スフィア)を持ったアンデッドは居たが、一人であの場所を守ってきたと言ってよいのだろう。

 彼女が大聖堂(カテドラル)と呼んでいたあの場所は、ダリオを含む死霊術師(ネクロマンサー)や彼女のような、不死王の配下のための場所らしい。もっと詳しい話は、次に行った時に聞けばいい。

 問題は、彼女が今はまだ会わせられないと言っていた相手だ。他の場所にいるのかもしれないが、帰る間際、地下に見えた(スフィア)に違いなかった。

 スカラベオのことを話し、白死病の謎に迫るなら、あの地下に行くべきかもしれない。ただ「今は会わせられぬ」と言っていた。彼女が許してくれるとは思えない。行くなら、こっそりと行くしかなかった。

 大聖堂(カテドラル)への立入は許可してもらえた。彼女は、本を持ったスケルトンに告げただけだったが、どうやらあれで全てのスケルトンに伝わるようだ。地下にいる紅い偽りの(スフィア)を持つアンデッドも、通してくれるだろう。証を示せと書いてあったが、(スフィア)を見せれば良いはずだ。

 地下に入ることはできそうだ。残る問題は、エイトに教えてもらった地下通路だ。入口が聖転生(レアンカルナシオン)教会にあるらしい。白犬亭に帰ったら、エイト、そしてクラウドに話を聞きたかった。

「……ねえ、ダリオ!」

 手を掴まれ引かれていた。ミシュラだった。

「ごめん。何?」

「どうしたの、ボーとして……」

「考えごとしてたんだ」

「やっぱり遺跡(ルーインズ)のこと?」

「いろいろだよ。遺跡(ルーインズ)も見えたしね」

 やはり、彼女に大聖堂(カテドラル)に入ったことは話せない。

「で、何?」

「トロコロは並べたよ。ロモトールも干すの?」

 少し考えた。今は、ロモトールを使うべき患者がいなかった。

「うん。ロモトールも干しとこう」

 ダリオは、慌てて手を動かした。ミシュラが不安なそうな目で見ていたことに気付いていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ