宝玉の間(サナザーラ視点)
今回で2章が完結となります。
3章は、一日おいて30日から掲載予定です。
サナザーラが足を踏み入れた小部屋の奥には、石で作られた小さな机があった。その上に、取っ手付きの燭台を置く。ここまでの灯りとして持ってきたものだ。蝋燭の灯りに照らされ、机の奥に置かれていた真っ黒な宝玉が浮かび上がる。
「サナザーラか。久しいの」
耳ではなく、脳裏に直接声が響いた。
「多くの客を迎えた時以来じゃな」
六十年ほど前、多くの聖騎士がなだれ込んで来た時を思い出していた。あの時は、この部屋の近くまで、聖騎士が押し入って来た。
「あの時は賑やかだったな。今日は静かなようだが」
「妾一人じゃからの」
彼女の答えに、宝玉はしばし沈黙した。
「良き知らせか?」
「分からぬ。良き知らせとも、そうでないとも言えそうじゃ」
「詳しく聞こうか」
サナザーラは、帰ったばかりのダリオを思い出した。
「待ち人が来た。恐らく」
「恐らく?」
「まだ覚醒しておらぬ。三年先だと言っておった。ポルターシュが見つけ、中央に近づかないよう、東部と北部を回っておったようじゃ。じゃが、ポルターシュが狩られ、十六になったら行けと言われておったのに、もう来てしまったようじゃ。ここまで来ることができたのは幸いじゃったが、この先どうなるか危うい。剣の稽古をつけてやると言ってある。また来るじゃろう」
「そうか。困ったものだな……だが、らしいとも言えるか」
サナザーラは肯いた。
「故に、恐らくと言ったのじゃ。齢十三にして、妾の身がすくむ程の幻痛を放ってきたしの」
「腕落としのサナザーラをすくませるほどか。それは……確かに良い知らせだな」
肯いたサナザーラが、声を低めた。
「問題は、手が足りないことじゃ」
「ポルターシュが狩られたというのは、間違いないのか?」
「その者を逃がすため、聖騎士と戦ったらしい。最後は見ていないと言っていたが、二年前のことと言っておった。他のアカデミーに顔を出していれば良いが」
「いや、来てはいないはずだ。二年も前だとすると、既に転生している可能性もあるな」
「そうかもしれぬ。少なくとも、後十五年は期待できぬ。じゃからここに来た。フォスを使っても良いか?」
オーブはしばらく沈黙していた。
「いや、時が来る可能性があるのであれば、尚のことフォスは温存したい。あれが領主となったことは、この上なき僥倖だ」
「ではどうする? ここに閉じ込めるのか? 何をしでかすか分からぬぞ。今は、あれに覚醒の時を迎えさせることが第一じゃろう。妾が外に出られるのであれば、尾いて行きたいくらいじゃ」
「気持ちは分かるが、そのように過保護では、むしろ逆効果となろう。手のことは考える。今は静観せよ。連絡することはできるのか?」
「白犬亭の主を通じて連絡できるはずじゃ。どうやら、封鎖中のチルベスから抜けてきたらしい。時間がなかったようで、詳しくは聞けなんだ」
「そうか。いずれにせよ、時が動くかもしれないのだ。慎重に行動せねばならぬ。だが同時に手と、それ以上に目を広げねばならぬ。強い運命は、魂を引きつけるという。魂が集っているのならば、それらを含めて確保せねばならぬ」
「分かっておる」
サナザーラは、燭台を手に取って踵を返した。肩越しに、青い明眸で微笑む。
「また来る。妾にも、生命の軛を付け直してもらう時が来るかも知れぬな」
第2章 END




