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サナザーラ

 話を聞いてもらえるらしい。しかし、ダリオは緊張から解き離れたことで放心していた。戦っていたのは短い時間だったが、体は恐ろしく疲労していた。頭も混乱中だ。床にへたり込んだまま尋ねた。

「やはり、幻痛(ファントム)は不死魔法なんですね」

「そうじゃな」

 彼女は、大股で掛けていた椅子に戻る。腰を下ろし、直ぐさまグラスを手に取った。

「ダリオと申したか? 誰に言われてここに来たと言った?」

 よろよろと立ち上がり、彼女の近くまで行く。顎で長机の両脇に並べられた椅子の一つを示された。歩み寄ったスケルトンが椅子を引いてくれる。彼、と言うべきなのか、そのスケルトンは何も手にしていなかった。紅い(スフィア)がなければ、野山をうろつくスケルトンと違わない。「ありがとう」と、奇妙な感覚を感じながらスケルトンに礼を言った。そして、深呼吸してから答える。

「僕の名前はダリオ。ウルリスに言われて来ました」

「ここを知る者は多くない。しかし、ウルリスという名は知らぬ。その者、他の名はないのか?」

「他の名前?」

 タイトナに話を聞いた時、彼女の別の名を思い出したばかりだった。

「もしかするポルターシュという名前だったのかもしれません。魔法を唱えるときにウルリス・ポルターシュと言っていました」

 そう答えると、彼女はしばらく無言だった。

「そうか、ポルターシュか。奴はどうした?」

 やはり、ウルリスが行けと言った場所は、ここで間違いなかったらしい。そうなると、この女性は、ウルリスの仲間だということになる。その彼女に、ウルリスの最後を伝えることは辛かった。

「死んだ……と思います。聖騎士に追われて、僕を逃がすために戦っていました。最後の瞬間は見ていませんが、多分、死んでいると思います」

「いつ頃のことだ?」

「二年前です」

「二年も前か。もし生きていたのなら、顔を見せているであろうな」

 彼女の言葉は、ウルリスの死を確信したものだった。

「すみません。僕を逃がすためだったと思います」

 そう言うと、彼女は、その明るい瞳で真っ直ぐにダリオを見つめてきた。その目に悲しみは見えなかった。ただ、ダリオを見定めようとする目に見えた。

「いつ頃……何歳の時から魔法を使えた?」

 なぜそんなことを尋ねられるのか分からない。

「はっきりと覚えていません。七歳か八歳の時でした。教わっていなかったけど、神聖魔法が使えました。それに(スフィア)も」

 ウルリスは誰にも話すなと言った。しかし、この人は別だろう。

「そうか。魔法のことは分からぬ……が、ポルターシュは役目を果たしたのであろう」

「役目?」

 ウルリスは、何の役目を負っていたのだろう。そんな疑問が頭を過ぎる。しかし、今はもっと話すべきことがあった。ただし、その前に確認しなければならないこともある。

「あの、あなたの名前を教えて下さい。何と呼んだら良いのでしょうか?」

「妾はサナザーラ……その方は、ザーラと呼ぶがよい」

 サナザーラ、この名前も似ていた。タイトナが言っていた剣士サルザルだ。そのことも尋ねたいが、それも後回しだ。

「では、ザーラ。ウルリス……ポルターシュは、僕を連れながら各地を回って白死病の治療をしていました。その時に白死病の原因には、スカラベオが関係しているかもしれないと言ってたんです。それに、今チルベスでも白死病が発生していて、市内で治療している人が、患者の耳から碧く光るスカラベオが出てきた所を見たらしいのです」

「待て!」

 詳しい状況を話そうとすると、サナザーラから止められた。

「それを話すべきは妾ではない。妾は剣士。ここの番人だ。病のことも、魔法のことも分からぬ」

「それなら、誰に話せばいいんですか? ウルリスは、誰に話すつもりだったんですか?」

 ダリオは身を乗り出して訴えた。サナザーラは、少し困った顔をしていた。悩んでいるようだ。彼女は、しばらく考えていたようだったが、結局首を振った。

「妾ではない。別の者だが、今は会わせられぬ」

 ここには、サナザーラの他には紅い(スフィア)しか見ることができなかった。どこか他の場所にいるのかもしれない。ただ、サナザーラは、それを教えてくれるつもりはないようだ。

「そんな。せっかくここまで来たのに……」

「然るべき時というものがある。十六、覚醒してから来るがよい。会わせてやる。その時に話せばよいのだ」

「それは三年も先です。待てません。その間に多くの人が死ぬ。原因が分かれば、多くの人を助けられるかもしれない」

 そう言うと、サナザーラは厳しい表情を見せた。

「早く来たと言っておったな。十六になったら行けと言われたとも。ここにも近寄らないように言われていたのではないか?」

 やはり、サナザーラはウルリスと同じように考えるようだ。ダリオが事情に詳しくないだけに、適当に誤魔化すことはできそうにない。

「十六になるまでは、東部か北部にいるように言われました。でも、十六まで後三年もあります。もう我慢できなかったんです。ウルリスは、僕が不死王の転生者だと言ってました。もし……もし本当にそうなら、白死病が不死王の呪いなら、僕が呪いを解くことだってできるかもしれない!」

「妾には分からぬ。魔法のことも、呪いのことも分からぬからな。だが、不死王カスケードは、病や呪いを望むような人ではなかった。妾はそれを知っておる。妾の仲間も、それは知っておる。じゃから、ポルターシュや妾の仲間は、白死病の謎を調べてきた。今まで続けて来たその努力は、決して無駄ではないはずじゃ。そして、我らが白死病の謎を探るよりも努力してきたこともある。それが何か分かるかや」

 ウルリスから、はっきりと言われてはいない。だが、彼女の行動を振り返れば想像できた。

「不死王の転生者を探す……こと?」

「そうじゃ。そして十六、覚醒の時まで生き長らえさせること。今、その方がしていることは、それに反することじゃ。役目を果たしたポルターシュの死を無駄にすることじゃ。それは分かっておるか?」

 ダリオは歯噛みした。分かっていた。分かってはいたが、我慢できなかったのだ。

「でも!」

「問答無用!」

 ダリオの言葉は切って捨てられた。

 ここに来て、彼女には、いきなり戦わされた。それにこのもの言い。彼女が苛烈な人であることは容易に分かる。それでも、彼女が優しい人であることも分かった。それだけに、これ以上無理を言うこともできなかった。

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