画策と助力
『遺跡に行きたい』
マナテアの言葉を聞いて、ダリオは思いを強くした。
ウルリスは、ダリオにチルベスに行くようにと言っていた。それはチルベスの街ではなく、遺跡のことに違いない。同時に、彼女は白死病の原因を探り、スカラベオが関係しているかもしれないと言っていた。
マナテアから聞かされたスカラベオの情報は、ウルリスが口にしていた以上の情報だ。スカラベオが患者の生命力を奪っているなら、関係するどころか、スカラベオが白死病の原因そのものだと言える。
遺跡には、偽りの魂を与えられたアンデッドの他に、普通の魂を持つ誰かがいる。ウルリスは、スカラベオのことも、その誰かに報告することを考えていたように思えてならなかった。
この情報をもたらせば、どうしたら良いのか、何か知恵をもらえるのではないか。そう思えてならなかった。
「どうかしましたか?」
マナテアから、切れ長の碧い目で見つめられていた。遺跡のことで考え込んでしまったので、不自然に思われたようだ。
「あ、すみません。なんでもないです。ちょっと考えてしまって」
ダリオは、慌てて答えた。
「何をですか?」
マナテアは、何ということはない問いを発したつもりだろう。ただ、隠し事の多いダリオにとっては、その無邪気な問いが、逆に厳しい追及になっていた。
「スカラベオが原因だとしたら、薬が白死病に効く理由はどうしてなんだろうと考えてたんです」
慌ててひねり出した答えだ。だが、疑問であることは嘘ではない。トロコロや他の薬は、患者の体を温めるから効くのだと思っていたが、もしかするとスカラベオにも影響を与えているのかもしれなかった。
「スカラベオに薬が作用していると?」
「そうかもしれないと思っただけです。調べてみたいと思いますが、そのスカラベオを見つけないと無理ですし……取ってきたトロコロも少なくなってしまいました。取りに行かせてもらえるといいんですが」
話ながら、遺跡に近づく方法をひねり出す。まだ新たな白死病の患者が出ているため、市の封鎖解除はまだ先だろう。しかし、封鎖を行っている聖騎士団が交代しているように、出入りが全くできない訳ではないはずだ。もし、トロコロを取りに行けることになれば、遺跡まで行くこともできるかもしれなかった。
「チルベスに入る前に、取ってきたと言っていましたね」
「はい。北門に近い森の中にたくさん生えていたんです」
そう言ってみたものの、聖騎士団が封鎖している現状で、チルベスに戻ってくる予定とは言え、そう簡単に出してもらえるとは思えない。戻ってくるかどうか疑われるだろう。ゴラルは「まあ、無理でしょうな」と言っていた。
取りに行けるかどうかは聖騎士団の判断ということになる。聖騎士団について話を聞くなら聖騎士団の人間だ。それに、ウェルタはマナテアに気があるようだ。マナテアが後押ししてくれたら、ウェルタは味方になってくれるかもしれない。ダリオは、悪辣な思いが顔に出ないよう、困っている風を装って振り向いた。こちらを伺っていたウェルタと目が合う。
「ウェルタ、ちょっと相談があるのですが……」
そう言うと、彼は気もそぞろな様子でやってきた。ダリオは、ゴラルの正面に座り直し、マナテアの正面となる椅子を勧める。彼は、気恥ずかしさを隠すように、咳払いして席に着いた。
「聖騎士団のウェルタ・ホーフェンさんです。僕らが東門に着いたときに、門外で検問をされていた方です」
「あの時の騎士さんですね」
「はい。まだ見習いですが、昨年までアカデミーに居ました。マナテア様のお名前は、その頃から存じておりました」
ウェルタのぎこちない紹介が終わると、ダリオはさっそく本題に入った。
「ヌール派教会では、白死病の治療に薬も使っています。トロコロという薬がいちばん効くのですが、それがもうなくなりそうなんです」
「それが、私とどう関係するのだ?」
普段のウェルタからは考えられない大仰な言い方だった。本人は、格好を付けているつもりかもしれなかったが、似合ってない。マナテアも、どちらかというと生暖かい目で見ていた。
「チルベスに着いた日、東門から北門に回って市に入りましたが、午前中に着いていたので森で薬草を採ってから入ったんです。北門の近くだったのですが、トロコロが大量に生えていました」
「そうだろうな。北門の近くの森には遺跡がある。チルベス市民も近寄っていなかったのだろう」
「やはり、そうなのですね」
予想はしていた。やはり遺跡があるために、人が近寄らず、トロコロが残っていたのだろう。
「まさか、それを取りに行きたいとか言うのか?」
察しが良くて助かった。
「そうです。封鎖をしている騎士団で許可をもらえませんか?」
「馬鹿なことを言うな。無理に決まっているだろう。何人たりとも、白死病で封鎖した街から外には出さない。他の街で白死病が発生したらどうするつもりだ?」
「街から出さないと言っても、他の街には行かせないって意味ですよね。聖騎士団だって、交代で封鎖のために出ているじゃないですか」
「それは、聖騎士団だからだ」
「僕も、薬草を採ったら戻ってくるんですよ」
「だからと言ったって、だめに決まっているだろう」
予想通りの反応だったが、これでは取り付く島もない。そこにマナテアが助け船を出してくれた。
「ダリオは、封鎖された状態のチルベスに入ってきました。逃げ出す心配は、必要がないのではありませんか?」
「そうかもしれませんが、許可が下りるとは思えません」
「許可を出して頂けるのはどなたになるのでしょう?」
「封鎖の責任は封鎖団です。責任者は封鎖団長のクフラ・エネクター様になります。エネクター様が許可を出せば外に出ることもできますが、どう考えても無理でしょう」
許可を出せる相手は分かったものの、やはり難しいようだ。ただ挑戦もせずに諦めたくはない。
「それなら、エネクター様にお願いしてみます。どこにいらっしゃるのでしょう?」
「ダリオが行ったところで、会っていただけるはずがない。無駄だ」
ウェルタから、冷たく切り捨てられてしまった。たとえ無駄でも、挑戦だけはしてみたかった。
「ホーフェン様から紹介して頂くことはできませんか?」
またしても助け船を出してくれたのはマナテアだ。彼女の目の前で頼めば、ウェルタが格好をつけて動いてくれるのではないかと期待していた。しかし、彼女の助力は、ダリオが期待した以上のものだ。
「私はただの見習いです。私が頼んだところで……」
言い淀んむウェルタを、マナテアは、ただ期待を込めた目で見つめていた。
「頼んでみるだけなら、できなくはないですが……保障はできかねます」
その言葉を聞いたマナテアから視線を向けられる。ダリオは、慌ててウェルタに礼を言った。
「ありがとうございます。結果的に許可が頂けなくても構いません。お願いします」
封鎖団の長クフラは、封鎖団の事務所に詰めているという。場所は聖転生教会の一角らしい。明日の朝、封鎖団事務所に連れて行ってもらえることになった。
マナテアは、これから夜の治療の番だということで、聖転生教会に戻るという。白犬亭の前に出て見送る。
「ありがとうございました。ウェルタにお願いする後押しをしてもらって」
「来る途中に助けてもらったでしょう?」
「あれは、お礼を頂きましたが……」
ゴラルから十デルカ余分にもらっている。
「命を助けてもらったお礼が十デルカでは安過ぎます」
そう言ってマナテアは微笑んでいた。
「それに、あなたは最初から、私に助力させるつもりであの人を呼んだでしょう?」
今度は、悪戯っぽく睨まれる。
「やっぱり、分かりましたか?」
「当たり前です」
そう言うと、今度は真顔になった。
「封鎖団のことは私も分かりません。ただ、薬のことは問題ないと思いますが、スカラベオのことは伏せた方が良いでしょう」
「言うつもりはありません。でも、何故ですか?」
もう、マナテアのことは信じている。それでも、基本的に聖転生教会の関係者は、ダリオにとって警戒すべき人達だ。彼らにウルリスから聞いた話を伝えるつもりはなかった。
ダリオの問いに、マナテアは、少し悲しげに目を伏せた。長いまつげが震えている。
「スカラベオは、象徴として大切にされています」
それはダリオも承知している。ネグルスでさえ、スカラベオを捕まえた時に良い顔をしなかったくらいだ。肯いてみせると、マナテアは声を落とした。
「スカラベオが白死病の原因だなどと言えば、危険視されます」
「危険視……それほどですか?」
そう問い返してから気が付いた。
「まさか、マナテア様が危険視されているのですか?!」
「ダリオ!」
彼女の隣に立つゴラルが、厳しい顔をしていた。そのことが、逆に真実であると物語っている。
「すみません。僕のせいで……」
「あなたのせいではありませんよ。元々のことなのです。少し輪がかかっただけです」
そう言うと、マナテアは指で祝福の印を結んだ。
「とにかく気をつけなさい。あなたが真剣に白死病に向き合っていることは知っています。あなたの道行きに神の祝福が有らんことを」
ダリオも、両の掌を開き、親指と親指、人差し指と人差し指を付けて祝福の印を結ぶ。
「ありがとうございます。マナテア様に神のご加護が有らんことを」




