冒涜(マナテア視点)
もう日が昇っていた。夜通し、アンデッドの浄化を行うために待機していたショールは、教会内にあてがわれた部屋で休憩している。恐らく、もうしばらくしたら宿に戻って本格的に休むだろう。ナグマンか、あるいは他の人物なのか、誰かを待っているのだと思われた。
ショールは、マナテアにとって気の許せる相手ではない。それでも、このチルベスにおける治療団の長だ。碧く輝くスカラベオの件は報告しなければならない。ただ、彼に報告する前に、できればアナバスに話したかった。ショールに隠すことはできないものの、どう報告すべきなのか、アナバスから助言を得たかった。
しかし、アナバスがやってくるのはもう少し先だろう。ショールが出てきたら、彼が帰る前に報告しなければならない。彼の部屋が見える場所でゴラルが待機している。
「お嬢様」
回廊から、礼拝堂に顔を覗かせたゴラルから声をかけられた。マナテアは、アナバスに相談することを諦め、重い腰を上げた。礼拝堂から回廊に出で、歩いてくるショールに声をかけた。
「ショール司祭、一つ報告がございます」
「何でしょう?」
疲れた顔をしていた。いっそ、次の機会にしてくれと言われた方がありがたかったが、立ち止まって話を聞いてくれるようだった。
「今朝方、まだ日も昇っていない未明の内、カナッサ様の治療をしていたところ、碧く光るスカラベオを見つけました」
「碧く光るスカラベオですか?」
ショールは、疲れた顔を引き締め、真顔で聞いてきた。
「はい。それが、カナッサ様の耳から出てきたように見えたのです」
「して、そのスカラベオはどうなりました?」
「始めて目にしたスカラベオだったので、捕まえようと思ったのですが、逃げてしまいました。壁の隙間からどこかに行ってしまったようです」
数瞬の間、彼は考え込むような顔を見せ、意外にもたわいのないことを言い出した。
「そうですか。神聖なスカラベオ、それも光り輝くスカラベオが現れたのでしたら、それは吉兆でしょう。白死病の感染も終息して行くかもしれませんね」
なぜショールがそのような安易な考えになってしまうのか、マナテアには理解できなかった。
「あのスカラベオが放つ光は、治癒を掛ける時のものに似ていました。まるで、神聖魔法で与える生命力を大量に宿しているようにも見えたのです。もしかしたら、あのスカラベオが白死病の原因で、患者の生命力を奪っているのかもしれません」
後半はマナテアの推測だ。ダリオからスカラベオが原因かもしれないと聞いていたためでもある。しかし、ダリオのことは口にしない。ヌール派の関係者であり、しかも魔法の使い手でもないダリオの言葉などと言ったら、余計な反発を受けるだけだ。それでも、あの光が魔法で与える生命力に似ていたのは間違いなかった。
しかし、マナテアの言葉にショールは顔を歪めた。
「何を言っているのです。神聖なスカラベオが白死病の原因だなどと、本気で言っているのですか? それは神と信仰と教会に対する冒涜です!」
「そんな。私はただ……」
「ただ、何だと言うのですか? 神聖であるはずのスカラベオが患者の生命を奪っているなど、教会への冒涜でなければ何だと言うのですか? 異端として審問にかけられても不思議ではない発言だということを認識するべきです」
マナテアは、何と言葉を返したら良いのか分からなかった。それでも口を開こうとすると、肩にゴラルの大きな手が添えられる。
「お嬢様!」
見ると、ゴラルは無言で首を振っていた。マナテアは首を落として謝罪する。
「申し訳ありません。見間違いだったかもしれません」
「当たり前です。神に祈り、自らの信仰を見直しなさい」
そう言って、ショールは去って行った。権威という名の尊大さを纏った後ろ姿を、回廊の先を折れてゆくまで見送った。
「お嬢様、言葉はお選び下さい。分かっていらっしゃるでしょう。お嬢様は懐疑の目を向けられているのです。ショール司祭が教皇庁に報告すれば、お嬢様の危険性が増します」
「分かっています。分かっていますが……」
ゴラルに反論しようにも、言葉が出てこなかった。
「でしたら、お気を付け下さい」
諦めたように、嘆息しながらゴラルが言う。それを聞くと、マナテアは逆に投げやりな思いに囚われた。
「気をつけても、そもそも無駄かもしれません」
「そんなことはありません」
ゴラルは、また首を振っていた。マナテアには、それが取って付けたようなものに思えてならない。
「何にしても、もう時間はありませんね」
マナテアは、そう独りごちて礼拝堂に戻った。
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一刻後、やっと顔を出したアナバスに同じ内容とショールに報告したことを告げた。
「そうか……」
アナバスは、ただ、そう言っただけだった。




