迷惑な老人(ミシュラ視点)
ダリオに怒られてしまった。ミシュラは消沈して、教会の裏、遺体を置いてある場所とは反対にある日当たりの良い角に向かう。とぼとぼと歩いていると、何故かアナバスが追いすがってきた。
「天日で干して乾燥させているのかね?」
チルベスにやって来る時、ずっと背に乗せていたので良く知っている。だが、彼に人間に戻った姿を見せたことはない。知らない人の振りをしなければならないことは分かるものの、どう接したら良いのか悩ましかった。
ミシュラは「うん」とだけ答える。
「トロコロというのは、白死病に良く効くのかな?」
恐らくダリオが説明したのだろう。それを、なぜミシュラに聞いてくるのか理解できない。ただ、ダリオは親しげに話していた。黙っていることも良くないだろう。
「効く……らしい。良く……分からない」
話しかけられたくなかったので、ミシュラは足早に歩いた。相手は老人だ。簡単に引き離せる。しかし、すぐにトロコロを干してある場所に着いてしまう。アナバスは、少し遅れただけでやってきてしまった。
「ここで干しておるのか」
板を斜めに並べているだけだ。返すべき言葉が思い付かず、たた肯いてみせた。端に置かれているトロコロから、手に取って裏返す。
「きれいに並べておるな。君がやったのかな?」
「ダリオといっしょにやった」
人の姿になって、チルベスに入ってから行ったことだ。だから、隠さなければならない話ではない。誉められて嬉しかったこともあって、ミシュラは簡単に答えた。
「そうかそうか。手慣れておるようじゃの」
ミシュラは、自分でも頬が紅潮したことが分かった。何せ、ダリオはあまり誉めてくれない。
「これは、毎日ひっくり返すのかね?」
「そう。一日一回」
「これは、いつから干してるのかね?」
「ここに来てからずっと。毎日干してる」
「だいぶ乾いているようじゃが、まだ干すのかね?」
「もうすぐ終わると思う。ダリオが見て決める」
「なるほどのぉ」
アナバスはアカデミーの教授で、難しいことも分かるはずの人なのに、何故か簡単なことばかりを聞いてきた。簡単なものばかりだったから、ミシュラでも簡単に答えることができた。アナバスは、時折目を細めながら干してあるトロコロや、干し場の状況を見ていた。
それでも一通り見終わったのか、ミシュラの作業を大人しく見ているのではなく、勝手に歩き回り始めた。干してあるものの中には、ミシュラも勝手に触らないように言われているものもある。
アナバスが手を伸ばしたのも、そんなものの一つだった。
「これは、もう十分に乾いているんじゃないかね?」
「それは、違う……ます」
ダリオのように、相手に合わせて敬語を使うことは難しかった。
「ダリオが大切にしている薬。虫干しって言ってた」
「同じトロコロじゃないのかね?」
薬草の種類としてはトロコロだった。葉の裏が赤い。ミシュラにも、何がどう違うのか分からなないものだ。
「トロコロだけど、同じじゃない」
アナバスは、ダリオが特別に大切にしている乾燥トロコロの一房を手に取り、しげしげと眺めていた。
「トロコロだけど、同じじゃない……か」
そう言うと、アナバスはそれをローブの内ポケットに仕舞い込んだ。
「あ、ダメ。それはダリオが大事にしているもの」
「一房だけじゃよ」
「でも、ダメだよ。それはダリオが前から大事にしているの」
「前から?」
以前からダリオを知っているように話すのは良くない。それはミシュラにも分かった。「うん。ダリオがそう言ってた」
「しかし、同じトロコロじゃし、こんなにある沢山ある。もらってゆくなら、乾いたものじゃないと腐ってしまうじゃろ?」
それは、そうだが。それは関係のない話に思えた。しかし、アナバスは何食わぬ顔で歩き回っていた。ミシュラは、何と声をかけるべきか悩んだ結果、それ以上の声を掛けそびれた。
結局、その後もあれこれと質問をされ、うやむやになってしまった。
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三人が帰った後で、そのことをダリオに話した。怒られそうだったのでしぶしぶだ。話したとたん、ダリオは目を見張り、大きく息を吸う。
『怒鳴られる!』
ミシュラは、思わず首をすくめた。しかし、ダリオは今まで見たことがないほど深いため息を吐いただけだった。
「あの教授じゃ……仕方ないか。先にあれを片付けておくべきだったな」
そう言って、ぽんと肩を叩かれた。
「もういいよ、ミシュラ。仕方ない。ご苦労様。でも、今度アナバス教授が来た時は気をつけよう」
そう言うと、ダリオは肩を落として座り込んでいた。




