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困った来訪者

 ダリオは、目の前に持ち上げた天秤の釣り合いを見つめていた。揺れが収まり完璧な水平状態で止まったことを確認して秤を置く。天秤皿に載っている粉末の薬を、小皿にあけた。

 もともと乱雑に物が詰め込まれていた小さな倉庫は、ダリオが持ち込んだ薬関係の小物のおかげで、より乱雑になっていた。

「ダリオ、開けるぞ」

 ドアの外からアマサードの声が響いた。

「はい。ゆっくり開けて下さい」

 乾燥させた薬草や粉末にした薬は、ドアが勢いよく開けられると飛び散ってしまう。最初の頃は理解してくれなかったアマサードも、もたらされる惨状を承知している。ゆっくりと開けられたドアの向こうに彼の他に三人もの人影が見えた。

「あれ?! 皆さんがどうして?」

「五人も完治したという話を聞いて、見に来たんじゃよ」

 早速、部屋に乗り込んできたアナバスが、倉庫の中を見回していた。

「もうトムラ司祭が一通りのことは話した。薬に関係する部分を見たいというので連れてきたんだ。後は頼むぞ」

「え、後は頼むって言われても、どうしたらいいんですか?」

 アマサードに抗議したものの、彼はそのままどこかに行ってしまった。

「薬を買い取ってもらうだけじゃなく、働いていたのね」

 久々というほど日は経っていない。それでも、チルベスに入ってからよりも、いろいろとあった道中のことは記憶に強く残っている。警戒しなければならない相手なのに、またマナテアに会えたことは嬉しかった。

「ええ。投薬できる人もいなかったので」

 そう答えると、マナテアも部屋の中を見回しながら聞きたい内容を教えてくれた。

「どんな薬を、どんな風に使っているのか教えてくれないかしら?」

 具体的に言ってくれたので、器具や薬の説明をする。

「白死病に一番効果の高い薬草は、これ。トロコロと言います」

 ダリオは、乾燥させたトロコロを見せた。

「葉が赤いのね」

「はい。乾燥させてあるので分かりにくくなっていますが、生えている時は葉の裏側が真っ赤なので、見分けることも簡単です。ただ、見つけやすいこともあって、人が入りやすい森の入り口付近では、刈り尽くされてしまっていることも多いです。ここに入る前、午前中に着いたので、森で採集してから街に入りました。たまたま沢山見つかったので助かりました」

 彼女達は、ヌール派教会での治療で完治した者が多いことを聞きつけてやってきた。ダリオが、こっそりと神聖魔法を掛けていることがばれないためにも、薬が役立ったと言っておかなければならない。

「トロコロは、茎にも葉にも効果があります。生でも乾燥したものでも使えますが、生のまま煎じて飲ませるのが一番です。ただ、そのままだと腐ってしまうので、直ぐに使わない場合は乾燥させます」

 倉庫が狭いので、アナバスとマナテアが入ると部屋は一杯だ。ゴラルは廊下に立っていた。開け放たれたままのドアに、ぴょこんと飛び出した顔があった。

「ダリオ、頼まれていた薬、全部碾き終わったよ。次は何をしたらいい?」

 今夜は、白犬亭の近隣の宿と合同で、羊を潰して丸焼きを作る予定らしい。そのため、ミシュラの手伝いは必要ないと言われていた。珍しく遅くまで残っていた彼女には、薬研で乾燥したロモトールを粉末にする作業を頼んであった。ロモトールも、白死病に効く薬で、トロコロを受け付けられない体の弱った患者に使う薬だ。作業が終わったことを報告してくれるのは良いのだが、今はこの倉庫に顔を出して欲しくなかった。ミシュラからしたら、三人とも知った顔なので気軽に顔を出したのかもしれない。

「人が来てるだろ。後にして!」

 ちょっと強く言ってしまった。ミシュラは怯えた顔で立ちすくんでいる。失敗したと思ったが、後の祭りだった。

「手伝ってくれているっていう子でしょ? 手伝ってもらっているなら、ちゃんとお願いしないとダメよ」

 マナテアは、そう言ってミシュラの肩を抱き寄せた。

 普段なら、ちゃんと仕事の内容は指示している。今は、ミシュラが人の姿をしていたから、マナテア達に会わせたくなかっただけだ。

「あなたは悪くないわよ」

 マナテアは、そうミシュラに声をかけるとダリオに向き直ってくる。

「ほら。ちゃんと謝って、次に何をしたらいいか言ってあげなさい」

 マナテアに咎められ、ばつが悪い。それでも、ミシュラに謝る機会として都合が良かったし、指示を出せば三人から引き離せるだろう。

「ごめん。薬研作業、ありがとう。次……次は裏で干してあるトロコロをひっくり返して来て。もう、十分乾いているはずだから」

「分かった」

 そう小声で言うと、ミシュラはすごすごと出て行った。

「薬を干しておるのか。儂は、そっちを見に行くかな」

「あっ……」

 予想外なことにアナバスがミシュラの後を追ってしまった。ダメだとも言えず、言葉に詰まる。

「優しくしてあげないとダメですよ。女の子は傷付きやすいのだから」

「普段は、もうちょっと……ちゃんとしてます」

「それなら、今もそうしてあげないと」

 理由を話せないから仕方ないのだが、マナテアには誤解されているような気がする。

「それはそうと。これは何かしら?」

 嘆息したマナテアが指差していたのは、スカラベオを入れた小瓶だった。死んでしまい、六本の足が丸まっている。ダリオは、小瓶を手に取ってマナテアの目の前にかざした。

「スカラベオです。僕に薬のことを教えてくれた人が、白死病の原因にスカラベオが関係しているかもしれないって言ってたんです」

「スカラベオが白死病に関係?」

「はい。でも、どう関係しているのか、本当に関係しているのか分かりません。これは、たまたま遺体の上で見つけたスカラベオです。スカラベオの中には、腐肉を食べるものもいるらしいので、それかもしれないです。調べてみたいと思っていますが、どうやって調べたら良いのかも分からなくて……」

「そうですか。私にも分かりません。でも、気にしておきますね」

 その後、投薬の様子をマナテアに見せた。そして、ミシュラについて行ったアナバスが戻って来たので、三人は聖転生(レアンカルナシオン)教会に戻って行った。

 マナテアとは二つくらいしか年の差はない。しかし、何故か似ていないウルリスのことを思い出してしまい、実際の年の差以上に年下のような受け答えになってしまう。

「何だか、調子悪いよなぁ」

 三人を見送り、独りごちた。マナテアは、ダリオが今までに会ったことの無い上品な感じ名のする人だ。綺麗なこともあり、どうにもやりにくかった。


     **********


 白犬亭に帰り、羊肉をほおばっているウェルタに、マナテアが来た話をした。

「なんでヌール派教会なんかに!」

 鼻息を荒くしているウェルタを見ることができて、少しだけ楽しかった。

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