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トロコロ(ミシュラ視点)

 ミシュラは安堵していた。どう言う訳か、遺跡(ルーインズ)に異様な執着を見せるダリオが、やっとのことでチルベスの街に向かってくれた。恐ろしげなアンデッドが跋扈すると言われる遺跡(ルーインズ)に、何故あれほどまで拘るのか、ミシュラにとっては不思議でしかなかった。何か秘密がある様子だったが、ダリオが沢山の秘密を抱えていることは、ミシュラにとっては今さらでしかない。

 とにかく、今は遺跡(ルーインズ)から離れていることが嬉しかった。チルベスには白死病が蔓延しているとは言っても、アンデッドほど恐ろしくはない。

 ところが、遺跡(ルーインズ)を離れて間もなく、ダリオが足早に進めていた歩みを急に止めた。

『まさか、戻るなんて言わないよね?』

 ミシュラがびくついていると、ダリオが唐突に数歩を走り、かがみ込んだ。

「どうしたの?」

「見てよ、これ」

 ダリオは、植物に手を添え、葉の裏側を見ていた。ミシュラにも見覚えがあった。葉の裏だけが血のように赤い。

「トロコロ?」

「そう。すごいや、こんなに群生してるなんて!」

 そう言うと、ダリオは背中に括り付けてある薬箱から、採集用の鎌とずた袋を取り出した。かがみ込んで、早速トロコロを刈り始める。トロコロは、白死病に効果のある薬草だった。

「手伝った方がいい?」

 トロコロは、かなり沢山生えていた。ダリオ一人で、全部を刈っている時間はなさそうだ。

「いや、いい。今変身したら、チルベスまで行くのが大変だよ」

 短時間に変身を繰り返すことはできない。無理をすると、頭がぼうっとしてしまう。今、人間の姿に戻ったら、そのままチルベスに向かうことになる。まだ、チルベスの北門には距離があるはずだった。

 ダリオは、刈り取ったトロコロをすた袋一杯に詰め、そのまま荷鞍に乗せた。

「急ごう」

 小走りのダリオについて行く。群生していたトロコロは、まだ半分ほど残っていた。それでも、森の中にいても、もう日が傾き始めていることが分かっている。いくらアンデッドが少ないと言われても、ちょっと怖い速度で森の中を移動した。

 森が途切れると、ジーメイの畑だった。北門近くでは、森の縁まで耕作地になっているらしい。成長が早く丈の長いジーメイは、この季節でも大人の身長ほどの長さになっている。

「ちょっと乗るよ」

 ダリオは、そう言って背に登ってきた。ジーメイが茂りすぎていて、北門の方角が分からないのだろう。荷鞍の上で立ち上がったダリオが、周囲を見回している。

「あれだな」

 そう言って、鞍から降りたダリオがジーメイの畑に突っ込んで行く。しばらくすると畑を抜け、道に出た。そこからは道を小走りに駆ける。

 街の外に広がる耕作地は、それほど広くない。街から離れすぎると、作業に向かうことも困難になるからだ。そろそろ門だろうと思っているとダリオが足を止めた。

「騎士団の検問が見える。変身して」

 そう言って、ダリオはミシュラをジーメイの畑に引き込み、の背に括り付けてある荷物を下ろし始めた。

「どうして? このままでもいいよ」

 ミシュラの問いに、ダリオは首を振った。

「チルベスの街は大きい。住民も多いだろう。しかも冬を越した後で食料も少ないはず。封鎖が続けば、食糧不足になる。荷馬も潰されるかもしれない。ほら、ミシュラと始めて会った時も、そうだったろ。あれは、開放のお祝いだったみたいだけど」

「ひっ!」

 最後の言葉で、思わず息を飲む。

「やだよ、そんなの!」

「だから人間の姿に戻れって言ってるの」

 ダリオは、降ろした背負い袋からミシュラの服を取り出した。ボロボロの貫頭衣だ。ダリオの服も粗末だったが、ミシュラの服は、これ以上はないという粗末なものだった。

「ここで儲かったら、ミシュラの服も買った方がいいな」

 そう言ってくれるのは嬉しかった。しかしミシュラは首を振る。

「破いちゃうよ。また……」

 ダリオは、手にした貫頭衣を見つめていた。

「そうかもね」

 ダリオは服をジーメイに引っかけると荷物を持って離れていった。変身するところを見られたくない。ダリオはそれを分かってくれている。ミシュラの変身能力を知った時から、ミシュラがそう思っていることを知っているのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マナテアも、辛い過去を背負っていたのですね。 どうしても喪えない存在を引き留める為、禁忌に手を伸ばす心情は、人として自然なことと思えます。
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