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ダリオの真実

第1章の主人公ダリオ視点部分は今回で終わりです。

次回から数回、他の主要人物視点回をやります。

 確信に背中を押され、下草の影からゆっくりと立ち上がった。背後で「ヒッ!」という押し殺した叫びが聞こえる。それに構わず、ダリオは足を踏み出した。

 しかし、危うく転びそうになる。首の後、いつも着ているシャツの襟をミシュラに噛まれていた。

「だ・め・だ・よ」

 襟を噛んだままなので、くぐもった声が響く。もう、門に立つアンデッドから、完全に見えているだろう。ミシュラの声も聞こえているはずだ。それでもアンデッドは、一歩も動くことはなかった。

 ダリオは、アンデッドを見据えたまま、ミシュラの首元に手を伸ばした。

「ほら、大丈夫だって」

「でも、だめだよ」

 振り返ると、大きな目から涙を流していた。

「それに、教会はどうするの? 白死病になった人を助けるんじゃないの? もう行かなきゃ夜になっちゃうよ。門が閉められちゃうよ」

 襟を離したミシュラがまくし立てる。確かに、彼女の言う通りだった。ウルリスは、白死病が蔓延した街を周り、治療に努めていた。そして白死病の原因を探っていた。

 彼女が、その原因らしきものを突き止めていたことも知っている。ダリオには良く分からなかったが、彼女は原因に迫っていた。彼女の遺言を守ることも必要だったが、彼女の遺志を継ぐことも必要だった。

「そうだね。今、この時も、チルベスの市壁の中では、多くの人が苦しんでいる……」

 この世界は呪われている。人々は、白死病とアンデッドに苦しめられている。自分ならその呪いを解くことができるかもしれない。ダリオは、世界の破滅など望んでいないのだから。


     **********


 ダリオは、大人の身の丈を遙かに超えるボーンケンタウロスの姿を見つめていた。それは恐怖でありながら、優美だった。真っ白な、骨の巨像だった。

 相反する感情に呆然としていると、両頬に添えられたウルリスの両手が、ダリオの視線を、目の前に屈むウルリスの顔に戻した。

「ダリオ、あなたならできる。今は無理でも、いずれこの世界を救うことができる。だから、私の言いつけを守って、このボーンケンタウロスと行きなさい」

 ダリオは、我に帰って言葉を返す。

「でも、これはアンデッドだよ。世界を救う……どころか、世界を滅亡させるんじゃないの?」

 ウルリスは、悲しげな目をして首を振った。

「これは確かにアンデッド。でも、ダリオ、あなたは自分の目で見たものを信じて欲しいの。多くの人が信じているからと言って、それが正しいとは限らないのよ。このアンデッドが世界を滅亡させるものか否か、自分の目で見て欲しいの」

 初めて見るウルリスの涙だった。彼女は、大粒の涙を流しながら懇願していた。そして、唐突にダリオを抱き寄せた。耳元で、彼女が叫ぶ。

「ダリオ、我らが王よ。行きなさい。生き延びて。生き延びて、この世界(エリュシオン)を助けて!」

 頭の中で、ウルリスの言葉が渦巻いていた。混乱していた。

世界(エリュシオン)を助ける? 僕が?』

 ウルリスが、ダリオにそれを望む理由が分からなかった。何故、ダリオが世界を助けることができると思っているのか理解できなかった。そして、それ以上に、彼女がダリオを誰だと思っているのか分からなかった。

『我らが王? 僕が? ボーンケンタウロスを出現させ、操ることのできるウルリスにとっての王?』

 それは、ダリオが不死術師(ネクロマンサー)の王、不死王の生まれ変わりだということではないだろうか。ダリオは、声の震えを抑えることができないまま問いかけた。

「僕は……不死王の……転生者なの?」

 ウルリスは、抱き留めていた腕を放し、再びダリオを正面から見つめて言った。

「そうよ。だけど、言ったでしょ。多くの人が信じているからと言って、それが正しいとは限らない。あなたは、自分の目で見たものを信じて欲しいの。自分の心が望むことを信じて欲しいの!」

 そう叫んだウルリスは、いつもの優しい声で問いかけて来た。

「あなたは、世界(エリュシオン)の破滅を望んでいるの?」

 ダリオは、両手を握りしめ、力の限り首を振った。

「それが答えよ。それが、あなたにとっての真実。世界(エリュシオン)の真実よ」

 そう言ったウルリスに、ダリオは両脇を抱きかかえられた。そして、静かに佇むボーンケンタウロスの背に乗せられる。白く冷たい骨が恐ろしかった。それでも、ウルリスを疑うことはできなかった。

「僕にとっての真実……」

「そうよ。誰にとっても、もっとも大切なもの。自分にとっての真実。それを、自分の目で見て確かめなさい。あなたには、それを見ることのできる目がある。(スフィア)を見ることのできる目が。だから、行きなさい。生き延びて、見なければならないの」

 そう言って、彼女はダリオに背負い袋を渡してきた。

「これをお尻の下に敷いて」

 ダリオがいつも背負っているものだ。骨の上に直に座ってはいられない。ダリオが背負い袋を敷くと、後にはウルリスが背負っていた薬箱が結わえ付けられた。

「どこで待っていればいいの? ウルリスも後から来るんだよね?」

 ダリオの問いに、彼女は悲しげに首を振った。

「私は行けない。だけど、必ず、また会えるから。言いつけを守って、生き延びて。今度こそ、私に役目を果たさせてちょうだい。そうしないと、私は胸を張ってあなたに会うことができない」

 ウルリスが何を言っているのか、良く分からなかった。ただ、目の前にいる彼女には、もう会えないのだろう、ということだけは分かった。

「言いつけを守れば……また会えるんだね?」

「ええ、会えるわ。必ず。あなたが生きている限り、神が我らを導いてくれます」

 そう言うと、彼女はボーンケンタウロスに向き直った。

「我が僕、ボーンケンタウロスに命じる。この者、ダリオを乗せ、守りながら東に向かえ。途中で姿を人の目にさらしてはならぬ。森と山を抜け、魔力の続く限り駆けよ。残り魔力が少なくなり、尽きる時は街道に出て自壊せよ。行け!」

 ウルリスが命じると、それまで全く動くことのなかったボーンケンタウロスが、東に向かって猛然と山を登り始めた。

「ウルリス!」

 ダリオは、振り返って声の限りに叫んだ。彼女は、左の手で盾とハンマーピックを支え、右手を振っていた。雪が降り始めていた。

 その後のダリオは、必死にボーンケンタウロスにしがみついていた。山どころか、崖とも言うべき急斜面まで駆け上っていった。山頂付近まで登ると、眼下に折れた大木が見えた。ウルリスと別れた場所だ。

「待って、止まって」

 何故か、ボーンケンタウロスは止まってくれた。ボーンケンタウロスにも、ウルリスの姿が見えたのかもしれない。彼女は、舞うように戦っていた、(スフィア)が輝いていた。彼女の周囲には、群がる白銀の鎧、数多くの(スフィア)が見えていた。

 ダリオが、叫ぼうとすると、ボーンケンタウロスに口元を押さえられた。堪えきれない涙が零れる。彼女の意思を無碍にしてはならない。ダリオは口を引き結んだ。ボーンケンタウロスが馬首を廻し、再び走り出す。

 その後の記憶は曖昧だった。恐ろしい程の速さで駆け続けた。ダリオは、ボーンケンタウロスの肋骨に必死でしがみ付いていた。時折現れるアンデッドや魔獣は、ボーンケンタウロスが直ぐさま屠っていた。

 朝が来て、再び夜が来た。ダリオが、眠気と疲労で転げ落ちそうになった時、不意にボーンケンタウロスが歩みを止めた。周囲を見回すと、もう森の中ではなかった。白み始めた空の下、草原の先に道が見えていた。魔力を使い果たし、限界なのだろう。紅い(スフィア)の輝きが弱々しいものに変わっていた。

 ダリオが背中から降り、鞍代わりにしていた背負い袋を手に取ると。ボーンケンタウロスの骨の体が崩れ始めた。全身から白い砂がこぼれ落ちる。慌てて、括り付けられていた薬箱を降ろした。それが合図だったかのように、残りの骨も全て砂と化した。紅い(スフィア)が霧散し、天に昇って行く。

「ありがとう」

 ウルリスはもういない。彼女は、あの場で追っ手を足止めしていた。その間に、普通の馬では到底走りきることの出来ない距離を、ボーンケンタウロスに走り抜けさせた。ダリオだけを、追っ手から遠ざけるために……

「僕の真実……」

 ダリオは、一人呟いて拳を握る。

「僕は世界を呪ったりしない! 世界が呪われているなら、その呪いを払ってやる!」

 ダリオの両足は、その小さな体を支えることが出来なかった。その場に崩れ落ち、気絶するように眠りに落ちた。


     **********


 あの時の決意は、今もはっきりと覚えている。

 ダリオは、門を守るアンデッドを見据えた。そして、館の奥にいる紫色の(スフィア)を見つめる。

『また来る。必ず来る! でも今は、白死病の原因を探り、止めるのが先だ!』

 心の中で決意し、踵を返した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ウルリスの痛いような、親心にも似た想いが伝わってきます。ここで、タイトルと繋がるのですね。ダリオであれば確かに、世界を呪ったりしないでしょう。緻密で丁寧、実直な筆致が快いです。
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