紅と紫
あの時に見た紅がこの先にある。それも、おびただしい数だった。今や、それが一つ一つ数えられる程に近づいていた。居ても立ってもいられず、足を動かし続ける。
後からは、ぐすぐすと泣きながらミシュラが付いて来くる。しかし、「もうやだ……」と呟いて、ついに歩みを止めてしまった。ダリオは、ため息をついて彼女のもとに引き返す。
「怖いよ。危ないよ……」
「ミシュラ、大丈夫だよ」
そう言って、彼女(馬だが)の首元を撫でる。
「僕が魔獣の気配を感じることができることは知っているだろ」
彼女にも魂のことは話していない。気配を感じるのだと言ってあった。
「この先にいるのはアンデッドでしょ。ダリオは、アンデッドの気配は分からないって言ってたじゃない!」
元気が出たというより、やけくそのようだ。
「森の中にいるやつはね。でも、ここのアンデッドは分かる。この先一ドローナはないかな、多分八百マグナくらいにいる。ほとんど動いてない」
「どうして分かるのさ」
なんと答えようか考えた。嘘にはならない答えが必要だった。
「強いアンデッドだからだよ。森の中にいるのなんか、比べものにならない強いアンデッド」
「なおさら危ないよ!」
ミシュラの声は、悲鳴のようだ。ダリオは首を振って答える。
「その代わり、たぶん襲って来ない」
彼女の目を、しっかりと見据えながら答えた。
「どうして、そんなことが言えるの?」
「見たことがあるから。この先にいるアンデッドが、どんな姿をしているのかは分からない。だけど……何て言えばいいかな。この先にいるアンデッドは、騎士みたいなアンデッドだよ。強いけど、むやみに襲ってきたりはしない」
「ほんとに?」
ゴラルは、チルベス周辺はアンデッドが少ないと言っていた。理由は良く分からないが、原因はこの先にある遺跡だろう。しかし、だからと言って、こんな森の中にミシュラを置いて行けない。
「本当だって。見たことがあるって言っただろ」
「本当に襲ってこない?」
「大丈夫、賭けたっていい」
「何を賭けるのさ」
確かに、ミシュラ相手に賭けられるようなものはなかった。ダリオが答えに窮していると、彼女は泣き笑いで言った。
「いいよ。行こう。でも、アンデッドが襲ってきたら逃げるからね!」
少しは元気がでたようで何よりだった。その先は、順調に進んだ。
いよいよ目の前、一〇〇マグナくらいで足を止めて振り返る。ダリオは安全なはずだと確信している。それでも、一応注意して進むつもりだった。
「もう、目の前だよ。この先はゆっくり行く」
ミシュラが無言で肯く。ダリオは、足を忍ばすようにして進んだ。最も近くにいる紅い魂まで三十マグナくらいになると、塀のようなものが見えてきた。もう少し近づくと、それは、やはり街の中にある邸宅を囲んでいるような、それほど高くはない塀だった。塀の外側二十五マグナくらいは、草木が刈り込まれていた。手入れされていることは間違いなかった。
更に近づくと、ダリオが目指してきた最も近い魂が、そこに居た。塀の途切れた部分、つまり門の位置に、二体のアンデッドが、槍を手にして立っていた。
ただ、あの時に見たボーンナイトよりも貧相だった。記憶を手繰るまでもない。ここのアンデッドは骨の鎧をきておらず、見かけだけなら野山にいるスケルトンと大差なかった。手にしている槍も、ボーンナイトが持っていたものとは違っていた。ここのアンデッドが持っている槍は、連なった骨の先に、尖った小さな骨の槍先が付いているだけだ。ボーンナイトが持っていた槍は、複雑な装飾が付いたものだったし、ボーンケンタウロスが持っていた槍は、騎士が持つランスのような形をしていた。
ダリオが下草の影から見つめていても、二体のアンデッドは微動だにしなかった。
『誰かの命令で、あの門を守っているんだ』
そう考えて視線を上げる。城のように高くはないものの、木々よりは高い。近くで見るとまるで大きな教会のように見えた。その上階に、ダリオがいままで気付かなかったものが見えた。
『誰かいる!』
そこには一つだけ、紫色に輝く普通の魂が見えた。輝きはウルリス並。かなり強い魂だったが、あまりにも多数の紅い魂のせいで、今まで見えていなかったのだ。
遺跡があると言われてから、漠然と浮かんでいた考えが確信に変わる。
『ウルリスが、行くようにと言ったのはチルベスの街じゃない。ここだ!』
ダリオは、握った拳に力を込めた。




