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ボーンケンタウロス

 騎士団の検問から五〇〇マグナほど離れるとミシュラが不安げな声を上げた。

「薬草なんてあった?」

「あったさ。安いものを含めれば薬草なんて、いくらでもある」

 そう告げて、ダリオは森の緑に向けて歩みを進める。

 森の近くまで進み、上を見上げた。かなり先に遺跡(ルーインズ)が見えている。ダリオは、真っ直ぐに歩き始めた。

「ねえ。薬草を採るんじゃないの?」

 下草を踏みしめて歩いていると、またしてもミシュラが声を上げる。

「採るよ。採って北門に行くんだ」

「嘘だよ。このまま行くと、あの遺跡(ルーインズ)ってところに行くんじゃないの? 嫌だよ。怖いよ」

 声は震えていた。

 ダリオは立ち止まっていった。

「嫌なら、ここで待ってる?」

「嫌だよ!」

「じゃあ、行こう」

 ダリオは、そう行って引き綱を手放した。馬の目は、普段から泣きそうに見えることがある。ミシュラの目は、今にも涙をこぼしそうだった。

 まだ遺跡(ルーインズ)にはかなり距離があった。それでも、ダリオには、もう遺跡(ルーインズ)の異様さがはっきりと見えていた。ダリオに見えていたものは、(スフィア)の光だった。

『紅い』

 心の中でつぶやく。その紅は、見覚えのある紅だった。あの時も、森の中を歩いていた。いや、走っていた。


     **********


 森の中を小走りに歩きながら、ウルリスは時々立ち止まって周囲を見回していた。風で折れた大木の根元、茂った枝葉の影は、ちょっとした広場のようにな場所を作り出していた。この先は、急に傾斜のきつくなる山だ。そこで足を止めたウルリスが呟く。

「無理か……ここなら……」

 ウルリスは、何かから逃げている様子だった。しかし、ダリオが問いかけても、着いてきなさいとしか答えてくれない。

 ダリオが肩で息をしていると、ウルリスが屈んで顔を目の前に寄せてきた。

「ダリオ、あなたは強い子よ。誰よりも(スフィア)の強い子。だから、あなたは行かなければならない。辿り着かなければならない。どこに行くべきなのは、分かっているわね?」

「トルドロール領にあるチルベス?」

「そうよ。いつ?」

「十六になったら……だよね」

「そうよ。それまでは、東部か北部にいる。ここは北部でも西部に近い場所だから、これからは東に行きなさい。もう、あちこち巡っているから、あなたにも地理は分かるわよね?」

 地理は分かる。行商で巡りながら、ウルリスがうるさいほど教えてくれた。でも、いま彼女がなぜそんなことを言うのか分からなかった。肯いて、問いかけようとすると口に指を当てられる。

「話している時間はないの。教えたとおり、神聖魔法と(スフィア)の扱い方の鍛錬を続けなさい。それに剣も。私はエストックの扱いを教えてあげられないけど、どこかでその剣の扱いを教えてくれる人に出会ったら、ちゃんと教わって鍛錬しなさい。いいわね」

「やるよ。やるけど、どういうこと?」

 ダリオが問いかけても、ウルリスは答えてくれなかった。立ち上がり、くるりと背を向ける。

「私の最高の魔法を見せてあげる。良く見ていなさい」

 そう言って、彼女は一歩踏み出した。ウルリスの得意な魔法は炎の魔法だ。最高の魔法と言うからには森を焼き尽くすような魔法なのかもしれない。でも、なぜここで炎の魔法なのか疑問に思った。そんなダリオの予想に反し、彼女は両手を胸の前で掲げ、何かを包み込むように魔力を高めた。

(スフィア)?』

 だが、それは彼女がいつも見せてくれた(スフィア)ではなかった。紅い(スフィア)だった。彼女は、その(スフィア)に今まで見たことがないほどの魔力を注いでいた。紅い閃光が、ダリオの(スフィア)までをも照らしていた。

 ウルリスは、屈んで片膝を点き、胸の前に上げていた手を下げた。そして紅い(スフィア)を地面に放つ。

「我、ウルリス・ポルターシュが偽りの魂を与える! 出でよ、ボーンナイト!」

 地面が震え始めた。その震動がダリオの足にも伝わり、得も言われぬ不安が呼び起こされる。同時にウルリスが唱えた呪文も気になった。始めて聞く呪文。そして、始めて聞く名前だった。今までポルターシュという名前は聞いたことがなかった。

 しかし、そんな疑問は、目の前で起こっている不思議な現象にかき消された。大地の震えは、目に見える動きとなり地面が盛り上がる。土の小山の先端に、白いものが突き出てきた。

「骨?」

 ダリオの叫びにも近い呟きに構わず、ウルリスは地面に魔力を注ぎ続けていた。それは治癒(ヒール)のようだったが、何か、どこかが違っていた。

 骨は、指先となり、手となり、次には腕となった。そして、新たに隣に膨らんだ小山から頭蓋骨がゆっくりと現れた。

「ウルリス! アンデッドだよ!」

 たまらず叫ぶ。

「大丈夫よ。ただのアンデッドじゃないから。見ていなさい」

 頭に続き、アンデッドの胸が地面の上に出てくると、彼女の言葉が嘘ではないことが分かった。そのアンデッドの胸の辺りに、ウルリスが錬っていた紅い(スフィア)があった。それに、そのアンデッドは、骨が複雑に組み合わさった鎧を着ていた。続いて、もう一本の腕が現れる。その腕には骨でできた槍が握られていた。

(スフィア)をもったアンデッド?」

 森や野山にいるアンデッドは(スフィア)を持たない。今、ダリオの目の前にいるアンデッドは、それらとは明らかに違う何かだった。ただ、(スフィア)を見ることのできない者には、骨の鎧を着込んだアンデッドとしか見えないだろう。

 腰に続き、両足を地面から抜き出したアンデッド、ボーンナイトは、ウルリスの目の前に真っ直ぐ立っていた。

「我が(しもべ)、ボーンナイトに命じる。待機せよ」

 ウルリスは、そう告げてすたすたと歩き始めた。五歩ほど進むと、また(スフィア)を錬り始めた。ダリオは、現れたボーンナイトが怖かった。しかし、同時にその紅い(スフィア)に見とれていた。

 ウルリスが、再び魔力を集め、片膝を点くと錬った(スフィア)を地面に放つ。

「我、ウルリス・ポルターシュが偽りの魂を与える! 出でよ、スケルタルスティード!」

 大地と大気を振るわせ、現れたのは馬のアンデッドだった。白い肋骨の中に紅い(スフィア)が浮かんでいる。ウルリスは、そのスケルタルスティードに指先で指し示し、ボーンナイトと並ばせた。

「さて、ここからが本番よ」

 そう言って、ウルリスが振り向いた。

「ダリオ、良く見ていてね。そして、あなたがあなたであることを思い出した時、この光景も思い出して欲しいの」

 ウルリスが何を言っているのか良く分からない。それでも、ダリオが覚醒し、前世の記憶を思い出した時、これから見る光景を思い出して欲しいのだと言うことは理解できた。

「我が(しもべ)ボーンナイト、我が(しもべ)スケルタルスティード、一つとなりて、新たなる姿を顕せ。顕現せよボーンケンタウロス!」

 彼女の呪文に応えるように、二つのアンデッドが接近し、接触すると、なぜか硬いはずの骨が溶けるように混ざり合っていった。そして二つの(スフィア)も一つに混ざり合って行く。ウルリスは、両手をかざして、その(スフィア)を練り合わせようとしていた。

 やがて、全ての骨が混ざり合い、人の上半身が馬の下半身と融合した姿を現した。

「ボーン……ケンタウロス?」

「そうよ。これが、()()私の最高の魔法」

 両手を下ろしたウルリスが、得意げに、だが同時に寂しげに笑っていた。

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