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魔法の四角錐と魔法の双角錐

 魔獣の存在が気が気ではなかった。しかし、マナテアに(スフィア)は見えないはず。近寄って来る様子がない限り、放っておくしかなかった。ダリオは、炉に追加の薪を放り込んだ。普通の獣と同じで、炎を嫌がる魔獣は多い。

 魔獣の(スフィア)に気を配りながら、マナテアに尋ねる。

「不死王の魔法は、どこに入るんですか?」

 それまで、マナテアは間を置かずに答えを返してくれていた。ところが、この問いに返って来たのは沈黙だった。最も聞きたい問いだったが、聞くべきではなかったのかもしれない。ダリオは、炎をを目に入れないように気をつけながら振り返った。

「あ、ごめんなさい」

 そう言って、彼女は答えをくれた。何か、急に考え事に囚われたような感じだった。

「不死王が使っていた不死魔法は、この四角錐に入ってません。不死魔法は、神聖魔法の対極にあるとも言われています」

「対極……」

「反対側ということ。だから、この場合は四属性の上ではなく下になります。上にも四角錐、下にも四角錐がある。両方を合わせて”魔法の双角錐”と呼ばれます」

「四角錐と双角錐……どちらが正しいのですか?」

「分かりません」

 マナテアは、一呼吸置いて説明してくれた。

「研究者によって意見が分かれているのです。魔法の四角錐を主張する研究者は、不死魔法というものは存在せず、魔法ではない呪いのようなものが不死王の力だったと言っています。魔法の双角錐を主張する研究者は、やはり不死魔法も魔法の系統の中で整理しなければいけないと言っています。教皇庁は、見解を示していませんが、魔法の双角錐を支持する研究者には、教皇庁に近い位置にいる人が多いですね」

「不死王は、神の意思に反する者だったと言われているからですか?」

 行商で、町から町を旅していても、各地で教会関係者の説教を聞く機会は多い。教会の中だけでなく、町の広場で演説していることも多いからだ。

「そうですね。教会では不死魔法に近づけば、神の祝福を失う、つまり神聖魔法を行使する力を失うと言っています」

『違う!』

 ダリオは、そう思ったものの、口にすることはできない。

「双角錐は、四つの属性魔法に対する考え方の影響を受けたものです。属性魔法では四角の対角に位置する魔法が、対極と言われます。火に対する水、風に対する土が対極です。属性魔法は、隣に位置する魔法とは合成ができますが、対極に位置する魔法とは合成ができないのです」

「火の魔法と水の魔法では、確かに合いそうにありませんね」

「そう。でも、合成できないだけで、火の魔法と水の魔法、両方を行使することはできます。もしこれと同じなら、神聖魔法と不死魔法も、合成できないだけで両方を行使できるはず、ということになります」

 そう言ってから、彼女の少し真剣で、少し悪戯っぽい声が響いた。

「でも、こんなことを他で口にしてはいけませんよ。異端として火あぶりになるかもしれませんから」

「分かりました。マナテアさんは、どう思うんですか?」

 ダリオは、森の魂≪スフィア≫に注意しながら聞いてみる。

「私も真実を知りたいと思っています。何か、どこかが間違っているのです」

 彼女の言葉で、ウルリスを思い出した。全く似てない。しかし、間違っていると言う彼女の言葉の力強さが、ウルリスの言葉を思い出させた。

「薬のことを僕に教えてくれた人は、自分の目で見たものを信じなさいと言ってました。多くの人が信じているからと言って、それが正しいとは限らないとも言っていました」

「それは、魔法のことを言っていたのですか?」

 ダリオは、心の内を見透かされたのかと慄いた。そんなことはないはずだ。深呼吸をして嘘を吐く。

「いえ。薬のことです。効果があると思われている薬が、試して見るとあまり効いていなかった、ということがあるのです」

 ダリオの言葉に、彼女が楽しげに笑った。

「分かっていますよ。ただ、ダリオが魔法に興味を持っているようだったので、言ってみただけです」

 彼女の言葉にほっとした。

 だが、入れ替わるようにして恐怖が迫っていた。森にいた(スフィア)の動きが早まり、草原に出てこようとしていた。火は、魔獣を遠ざけるかもしれないが、こちらを目立たせもする。

 ダリオは、身を固くして(スフィア)を見つめた。

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