最終話 男の娘探偵、最大のピンチ?
「実はこっちでもいろいろと手を打って回ったのよ。とは言っても実際に動いたのは久米川なんだけどね」
久米川、それはママお抱えの運転手兼秘書だった。彼はママの意を酌んでサポートする存在、あの晩も晶子やママを送り届けた後に東新宿署に立ち寄って相庵警部に協力を仰いだ。そして一夜明けた後、病院に保護されている月夜野と望月を訪ねては二人の意識が回復したと同時にあの店にかかわる諸々について半ば強引とも言える手段で話をまとめてしまったのだった。
「相変わらずいい仕事をしてくれたわ。おかげであの店の一切合切はうちが預かることになったの。委任状を取ってそれを弁護士を交えた三者で持つことにしたから安心よ。もちろんあの店の権利書もね」
ママの話を聞きながら相庵警部も不敵な笑みとともに頷いている。
「それでね、あなたたちでやってみない、あの店」
突然の提案にミエルも晶子も互いに顔を見合わせるばかりで返す言葉が見つからなかった。
「返事は今すぐでなくてもいいわ。当面は引き続き月夜野蓮花にやらせるけどいずれは直営にしたいのよ。まあ時間はあるしゆっくり考えておいて頂戴な。さて、それじゃ次のお話ね」
ママは店の話をあっさりと片付けると、今度はデスクの引き出しから封筒を二つ取り出してそれを目の前に並べた。
「さて、ミエルちゃん、今回のギャラよ」
ミエルはママのデスクの前に立つと恭しくその封筒を受け取った。それは高校生がアルバイトで受け取る金額を遥かにしのぐ額、封筒の微妙な厚みがそれを物語っている。ミエルは中身を確認するといつもの口座にプールしてもらうためにすぐさまそれをママに手渡した。
続いてママは晶子の名を呼ぶ。
「明日葉さん、ううん、ショーコちゃんでいいわよね。これはあなたへのギャラよ」
ママはミエルに渡したよりも厚い封筒を晶子の前に差し出した。
「あの、あたし、ここの人じゃないし、だから……」
「いいのよ、あなたはそれだけの働きをしてくれたんだもの、これはお駄賃とでも思って頂戴」
「でも……」
「晶子、君はよくやったと思う。それに君がいなかったら今ごろボクのお尻には焼き印がつけられてたんだ。だから受け取っていいんだ、いや、受け取るべきだよ」
晶子はママとミエルに押されて封筒を手にした。フタを開いてみると中から出てきたのは帯封付きの札束だった。
「ちょっと、これって、もしかして、ひゃ、百万円?」
その場の皆がうろたえる晶子を温かい目で見ていた。晶子は自分の顔が熱く火照ていることを感じていた。そして上ずりながら札束を封に戻すとそれをママの前に差し戻した。
「こ、こんなお金受け取れません、受け取る理由もないし」
「理由ならあるぜ、お嬢さん」
口を開いたのは相庵警部だった。
「あんたが持ち帰ったあの出涸らしな、あれこそ今回の大手柄なんだぜ。あれのおかげで連盟の所業が晒されたんだ、当分はちょっかいなんぞ出して来ないだろうよ。だからあんたには感謝状のひとつも出してやりたいんだが、まあ大人の事情ってのがあってな、だからそいつは報奨金みたいなもんだと思えばいいさ」
「あらやだ、まるで貞夫ちゃんの会社が出してるみたいじゃない。そのお金はうちからの功労賞でもあるのよ。ショーコちゃんはそれだけのことをやり遂げてくれたんだから。それにね……」
ママは冷めかけた茶で口を潤すと話を続けた。
「あの物件をうちが押さえてることはすぐに知れるし、そうなれば地上げ目的の有象無象も寄り付かないわ。おかげでこっちの商売も捗るのよ」
「そうだよな、敵に回すと怖い存在だよな、ママは」
「あら、まるでうちが反社会的勢力みたいな言い方じゃない」
「ハハハ、似たり寄ったりだろ」
「貞夫ちゃん、子どもたちの前で滅多なことは言わないで欲しいわ」
口ではそう言いながらも今日のママはご機嫌だった。おそらく来るべき日にはあの店を高値で売り逃げる算段ができているのだろう。ミエルはそんなことを考えながらもひと仕事を終えたこの安らかな気持ちを実感していた。
西日に照らされた窓の外がみかん色に染まり始める。ママは神妙な表情で晶子に向かって話し出した。
「ところでショーコちゃん、ちょっと言いにくい話なんだけどしっかりと聞いてね」
晶子はママが座るデスクの前で姿勢を正す。つられてミエルもまた緊張の面持ちで姿勢を正した。
「あなたはこれからひとりで生きていくことになる。でもね、今回の一件でこれまで無縁だった世界にあなたの顔は知れてしまった。今は見張りを付けてるけど、いつまでもってわけにはいかないわ。それでね、ショーコちゃん、あなた引っ越しなさい。この事務所の近くに空いてる部屋があるわ。間取りは1LDKだけどひとりなら十分でしょ」
「でも、新宿なんて家賃が……」
「心配いらないわ、うちの管理物件だしね。それにひとつ下には二十四時間営業の事務所が入ってるし、その下の三階にはミエルちゃんが通ってる道場もあるの。これ以上安心な物件はないわよ」
ママの言葉を聞いていたミエルにはいやな予感しかしなかった。確かミエルが住む部屋の隣は空室だ。下階には事務所それに道場、やはりそうだ、ママは自分の隣室を晶子に提供するつもりなのだ。ミエルは慌てて話に割って入る。
「で、でも晶子はエレベーターがあるマンションがいいんだよな。それが必須条件なんだよな。あのビルはエレベーターがないし、それにここと同じで五階だし」
「全然、問題ないし。なにより安全第一だし」
「ええ――っ、じゃあ晶子が隣に?」
「何それ、ママの物件ってミエルの部屋の隣なの」
ママは二人を見てほくそ笑んだ。
「そう、だからミエルちゃん、あんたがしっかり守ってあげるのよ」
「ええ――っ?」
「大丈夫、あたしもミエルを守ってあげるし」
「マ、マジかよ……」
すべてが片付いてワイワイと盛り上がる二人に向かってママは続けた。
「それでねショーコちゃん、ものはついでなんだけど、あなたここで働く気はあるかしら? もちろん危ないことはナシ、簡単なおつかいとかデスクワークよ。家賃分を差し引いても十分に生活できるだけのギャラは出してあげる。ね、悪い話じゃないでしょ」
その言葉を待っていたかのように晶子は快諾した。そしてママのデスクに詰め寄るとハサミを貸してくれと申し出た。彼女はママからハサミを受け取るとポニーテールの後ろ髪を掴んでばっさりとそれを切り落としてしまった。
「ええ――っ!」
「なによあんた、さっきから同じリアクションしかしないし」
思わず声を上げるミエルをよそに晶子はあらためてママに頭を下げた。
「ママ、これからよろしくお願いします」
「ちょっとちょっとあなた、やることが極端ねぇ。でも嫌いじゃないわよ、そういうの。心意気はよし、ね。これからも頑張って頂戴」
「それとミエルにもよろしくだし」
「あ、よ、よろしく……てか、晶子、いいのか、髪」
「いいの、いいの、心機一転さっぱりできたし。それにこれであたしもウィッグを使えるしね」
「あらあらショーコちゃん、やる気満々ね。ミエルちゃん、うかうかしてたら追い越されちゃうわよ」
事務所が笑いに包まれる。しかしその中でミエルこと小林大悟だけがこれからのことを思うと気が休まらないのだった。
「ちょっと待ってよ。ボクにとってはこれから毎日がピンチじゃないか……」
男の娘探偵ミエルの冒険シリーズ:FILE01
メイド・イン・ドラッグ ~ 男の娘探偵ミエルの潜入大作戦!
―― 終幕 ――
謝辞:
本作をお読みくださりありがとうございました。次回作も鋭意制作中です、またお会いしましょう。
短編も公開しています。こちらでも二人が大活躍です。
「エレクトリック・シープ・スキン ~ 明日葉晶子の勝負服」
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