第29話 オマエたちに明日はない
窓から射し込む光だけを頼りにして、海斗と美緒は店の権利書類を手に入れるために月夜野たちの部屋にある引き出しという引き出しのすべてを漁りまくった。それだけでなく衣裳ダンスの中もベッドの下も、ついにはベッドのマットレスまでめくり上げてまで。
「美緒、そっちはどうだ?」
「ダメね。タンスも引き出しも全部見たけど封筒どころか紙キレすらもないわ」
「こっちもだ。ベッド周りも本棚も、家具の裏にも何もありゃしない」
二人は何もかもが散乱した部屋の真ん中で呆然とするばかりだった。
「なあ美緒、本当にここにあるんだよな。やっぱ銀行の貸金庫だったなんてことはないよな」
「それはないわ。だって店のキャッシュフローは私が握ってるのよ、銀行にだって私が行ってたし。少なくとも店名義の貸金庫なんて持ってないわ」
「あとは月夜野の個人口座かぁ……」
「あのお姫様はね、通帳もキャッシュカードも私に預けてたのよ。その前は望月にやらせてたみたいだけど、そんな人が貸金庫の契約なんてするとは思えないわ」
海斗は少しの沈黙の後、再び美緒に問いかけた。
「もう一度聞くがバックヤードにはないんだよな」
「もちろんよ。あの部屋だって仕切ってるのは私よ、もしあったならとっくに見つけてるわ」
「ということは……」
海斗は部屋の片隅に置かれた月夜野が愛用するクラヴィコードの前に立った。骨董品のような古ぼけた楽器を注意深く眺めながらその天板に手をかける。
「やっぱりな、これってフタが開くんだ」
その声に美緒も楽器の前にやってきて二人でそれを覗き込む。しかしそこにも彼らが求めるものはなかった。海斗は開けたフタを戻して落胆の声を上げた。
「クソッ、ナイスなひらめきだと思ったんだけどなぁ」
すると今度は美緒が声を上げた。
「ルームよ。あそこにもこれに似たのがあるわ。これよりもひと回り大きい、そう、スピネットって楽器よ。それこそ『おじいさまの形見』なんて言って月夜野がえらく大事にしてる楽器よ」
「それだ! 美緒、下階に戻るぞ」
二人が暗い階段を駆け下りると、そこには窓から差し込むほのかな光を受けて立つ三つの人影があった。背後に二人の男を従えて腕組みをしているのは眉月こと悠然、海斗は予想外に早い彼らの登場に思わず足を止めた。
「悠然、無事だったのか」
「白々しいね、ウチを見捨ててバックれたクセに」
「い、いや、そういうわけじゃないんだ……」
言葉に詰まりながらも言い訳する海斗を囲むように悠然が従える男たちが前に出る。身の危険を感じた海斗は瞬時に美緒を護らんと腕を広げて半歩下がったが、既に男たちは彼女の背後まで回り込んでいた。
「ま、待ってくれ。プロジェクトは失敗したわけじゃねぇ、まだ続きがあるんだ。とにかくこの店の権利書をゲットできればよ、デカいシノギになるんだ。そうなればあんたにも余禄が行くし、それでお互いウイン・ウィンだろ」
うわずった彼の言い分を黙って聞いていた悠然が表情ひとつ変えずに口を開く。
「もっと早くて確実な方法があるね」
その瞬間、海斗は背後でいやな気配を感じた。恐る恐る振り返るとそこには然悠の車を運転していた男に抱きかかえられた美緒の姿があった。
「み、美緒……お、おい、てめえら、いったい何しやがったんだ」
すると王が右手を掲げて見せた。その指先では細く長い針が闇の中で鈍い光を反射させていた。うろたえる海斗に悠然が続ける。
「美緒には眠ってもらったよ。頭のここのあたりにツボがあるのさ、呼吸のツボがね」
悠然は自分の後頭部、うなじのあたりを指差しながら不敵な笑みを浮かべた。
「ウチらは卸した品物の代金を回収する。そして見込んでいた利益、これはワカマツの失敗で失った分ね、それを補償してもらう。これでチャラになるよ」
「てめえ、まさか俺たちに……」
「お察しの通り保険を掛けてるよ。契約者は連盟の事務局、受取人はウチらでね」
「連盟って、まさか……」
「さて、話は終わり。自分の不始末は自分でつけるのがゲームのルールね」
悠然が顎で合図したと同時に海斗の視界は暗転する。気を失った彼の身体を王が抱えるようにして支えた。
「さあ、二人を車に乗せて」
彼女の命令で二人の男が海斗と美緒を彼らの白いミニバンに運ぶ。運転席には海斗を助手席には美緒を座らせると最後に悠然がやってきて車の中に置かれた美緒のトートバッグの中を探った。
「フフフ、やっぱりあったね」
彼女は美緒のバッグから消音器付きの小型拳銃を見つけ出すと二五口径の銃口を美緒の後頭部に当ててためらうことなくその引き金を引いた。続いて海斗の喉笛にも一発、むせるような硝煙の匂いが車内に立ち込める。悠然は銃に付いた自分の指紋を拭きとるとそれを海斗に握らせた。
「ボニーとクライドも最後は死んだね。オマエたちにも明日はなかったよ」
すべてを終えた悠然は車のドアを閉めてその場を離れる。そして自分たちの車の前で待つ王に「待て」の合図をすると、彼女は再び店の中に戻って行った。




