第22話 スパイの烙印
悠然が手にした火搔き棒で未だ痛み冷めやらぬミエルの尻をツンツンと小突く。おそらく腫れあがっているであろうそこは彼の身体のどこよりも刺激に対して敏感になっていた。
「ウッ、アッ……」
棒の先端が触れただけでもミエルの口から苦悶の声が漏れる。その様子を見ていた海斗が薄ら笑いを浮かべながら悠然と並んでミエルの前に立った。彼はなおも責めようとする彼女を片手を挙げて制した。
「初めまして、新月さん……だったね。美緒から話は聞いてるよ。ああ、君たちは待宵って呼んでるんだっけ」
なるほど、ここでは眉月がハードマンでこの男はソフトマンというわけか。ミエルはすぐにそう理解した。
「は、初めまして……ハァ、ハァ、お兄さんのお名前も教えてくだ……さい」
尻の痛みに耐えながらミエルなりに精一杯の余裕を見せたつもりだったが、さすがにその声は弱々しかった。そんなミエルにもう一発お見舞いしようと身を乗り出す悠然をまたもや制しながら海斗は続けた。
「俺は若松海斗だ。あの店、ルナティック・インを仕切らせてもらってる出資者、そして顧問ってところだ」
海斗は余裕の体で腕組みをしながらミエルに問いかけた。
「さて、俺たちも暇じゃないんでね、夜の夜中にこんな面倒なことはさっさと片付けたいんだよ。だから単刀直入に聞かせてもらう。お前は誰に頼まれてウチを探ってたんだ?」
「わ、私は……メ、メイドさんが好きで、そ、それで憧れてて、一度でいいからやってみたかったんです。ほ、ほんとにそれだけなんです」
「ダメダメそんなシナリオじゃ、詰めが甘いぜ。大体こっちはお前が発信機を持ってることだって知ってるんだ。なあ、年頃のJKがそんなもん持ってるわけねぇだろ、普通は」
そして海斗はミエルの全身をぐるりと舐めるように見ながらボディーチェックを始めた。まずはホコリだらけになっているエプロンドレスのリボンを解いてそれを脱がせる。そのポケットを探ると小さなカッターナイフが出て来た。
「ほら見ろ、おい、なんだこれは? こんなもん忍ばせやがって」
海斗はエプロンにはこれ以上何もないことを確認すると続いてメイド服を調べ始めた。しかしそこから何かが出てくることはなかった。それもそのはず、ミエルは自分も警戒されていることを悟ったあの日から発信機は電源を切って制服のバックルに収めたままにしていたのだった。ミエルはこれこそまさに不幸中の幸いだったと心の中で胸をなで下ろすのだった。
「なんだよ、これだけかよ。ほんとにもう何もないんだな?」
「ワカマツ、ちょっと手ぬるいよ。こうすれば早いね」
海斗のやり方に業を煮やして前に出た悠然は言うが早いかミエルの腹に強烈なパンチをお見舞いした。くぐもったうめき声を上げるその腹にもう一発、続いて左わき腹にも痛烈な一撃を放った。
殴られるたびに押し殺した声を上げるミエルを前にして悠然はより一層に目を輝かせる。
「ボディー殴ればみんな素直になるね。いろいろ垂れ流すから掃除が大変だけど、でもオマエはよく頑張るね」
「ハァ、ハァ……き、今日は晩ご飯がまだだから、は、吐くものがないんです」
ミエルの精一杯の強がりに悠然の顔が険しく歪む。
「气死我了、气死我了、气死我了」
悠然は再び火搔き棒をミエルの尻に振り下ろした。
「アア――ッ、ハァ、ハァ……」
床に足が付いてはいるものの、それでもミエルは吊るされた腕を支点にして自重にまかせて揺れるばかりだった。悠然に続いて再び海斗のターンが巡って来る。
「さて、そろそろしゃべる気になったかな?」
「……」
「なあ、新月さんよ、あんた少しは自分の立場とか損得とか考えた方が身のためってもんだぜ。突っ張るのもいいけどさ、ほどほどにしておかねぇと大怪我するぜ。それともこれから急展開でこの窮地から脱出、なんてことになるのかな?」
「わ、私は何も知らない。でも、あんまり遅くなると、ママが、警察に……」
「プッ、アッハハハハ、おいおい、この期に及んで親頼みかよ。こりゃほんとにただのJKかも知れねぇな。よし、悠然、あとはあんたにまかせるよ」
海斗は美緒のすぐ隣まで下がると二人揃って傍観を決め込んだ。
さて、ここからは悠然のターンが続くことになる。これからどんな責め苦が待っているのか、ミエルの身体はその緊張で強張った。しかし彼女がミエルにこれ以上の身体的攻撃を加えることはなかった。
「ワカマツ、さっきのをウチに寄こすね」
悠然はそう言って海斗がミエルのエプロンから取り出したカッターを受け取ると、小さな刃を出してミエルのスカートの裾で切れ味を試した。
「これ以上は時間の無駄、だからもういい。その代わりオマエの身体に目印をつけておくよ、これからどこに行っても悪さができないようにね。バーナーとこの棒でオマエに焼き印する。スパイの烙印ね。さて、どこに付けるのがよいか」
悠然はミエルのジャンパースカートの肩ひもを小さな刃でカットする。床に落ちるスカート。続いてその裾に彩を添えるフリル付きアンダーのゴムも切断した。露わにされるミエルの下半身。
今、ミエルの足元にはメイド服の残骸がボロ切れのように転がっていた。悠然は顔色ひとつ変えることなく手際よくブラウスを裁断していく。手錠がかかった袖口のあたりはそのままに二の腕あたりに刃を入れて袖を切り裂く。最後にボタンひとつひとつが切り離されて、ついにミエルはニーハイソックスと下着だけの姿にされてしまった。
恥ずかしさのあまり目を閉じて顔を背けるミエルだったが、その姿を目にした悠然は目を見開いて声を上げた。
「アイヤー! オ、オマエ、それは」
慄く悠然を前にして、顔を紅潮させながら心の中で叫ぶミエルだった。
「マジで、マジでピンチ!」




