71. 熱燗好きな男
煙ボーボーの高級焼肉店『ミノ一番』に訪れると、店の前に、恰幅の良いダークエルフの老紳士が立っていた。
「これはこれは、エリス様、シャンティー様。それから新生『犬の肉球』の皆様。お待ちしておりました」
エリスとシャンティーの顔見知りなのか、恰幅の良いダークエルフの老紳士は、深々と頭を下げる。
「久しぶりね。サンアリ! それにしても、オーナー自ら、こんな田舎の店に来るなんてどうしたのかしら?」
シャンティーは、偉そうにサンアリに尋ねる。
「この街の衛兵長から連絡がありましたので、急いでまいりました。
流石に、エリス様やシャンティー様のようなVIPなお客様が来ると事前に連絡を受けたら、オーナーとしては、挨拶しに来るのが当然ですから。
それに、『犬の尻尾』の副団長アン様の縁者の方を蔑ろにするような、無下な事などしよう筈が御座いません」
サンアリは、アンの名前を出して慇懃に頭を下げる。
「そう。それにしても便利よね。『漆黒の森』の聖級移転。『漆黒の森』の領土以外にも、『ミノ一番』がある場所なら、何処にでも、直ぐに移転できるのよね?」
サンアリは、『漆黒の森』の王都モフウフから、歩いて2ヶ月はかかるここまで、聖級移転なる装置を使って来たようである。
「始まりの魔女様の技術ですね。御存知のように、今は亡きゴトウ様が、始まりの魔女のお弟子様なので受け継いだ技術です」
「それを私達にも使わして欲しいのだけど。本当に、移動が面倒臭くてしょうが無いのよね!」
「それは、ガブリエル姫様と相談しないといけませんね。
ガブリエル姫様が、聖級移転装置の調整をしてますので、私の一存で使わせれないのです。
因みに、現在は、ゴトウ族しか移転できない仕様になっております」
「チッ! ガブリエルに言わないと使えれないのだったら、いいわよ!」
シャンティーは、カブリエルの名前が出た時点ですぐに諦める。
そう、シャンティーは、負けると分かる試合には絶対に手を出さないのだ。
「左様で。では、立ち話はなんですから、お部屋に案内します。
勿論、王族や上級貴族しか入れないVIPルームを御用意しております」
サンアリは、話を切り替える。
「サンアリ、アンタやっぱり解ってるわね!」
シャンティーは、VIP扱いされてニヤリと笑う。
「ええ。エリス様もガリム様も王族なので当然ですよ。『犬の肉球』を、一般の席に案内する不届きなお店などあるのですか?」
「そ……そんなの無いに決まってんでしょ!」
何故か、シャンティーは嘘をついた。
結構、南の大陸では、どこに行ってとぞんざいに扱われてるのだけど。
まあ、シャンティーの自尊心が、何処でも舐められてるという言葉を言う事を許さなかったのだろう。
相手が、『漆黒の森』の宰相のサンアリであるが為に。
そんな話もありつつ、塩太郎達は、3階のVIPルームに案内される。
VIPルームは、100畳ほどの大きさで、部屋の中の壁は朱色、柱は黒の漆塗りで統一されており、ピカピカに光り輝いている。
他の部屋と違って防衛の為か、窓が全くなく、その代わり煙を吸い取る魔道具のようなものが天井に設置されている。
10人テーブルの上には、石板が置かれていて、それで肉を焼くシステムであるらしい。
「それでは、お食事をお楽しみ下さいませ。それから、これは、約束の金券で御座います。色を付けてますので、一応、ご確認下さいませ」
サンアリは、漆塗りの箱をシャンティーの前に差し出して、そのまま一礼して去って行った。
「やっぱり、流石はサンアリよね! 実力で『漆黒の森』の宰相にまで、上り詰めただけあるわね!」
シャンティーは、金券をか数えながら、サンアリを褒め称える。
やはり、腹黒シャンティーを黙らすには、金の力が必要なのだろう。
ここで、一万マーブルでも少なかったりでもしたら、きっとシャンティーはヤクザのように因縁を付けて、余分に金券10万マーブルぐらいは要求したに違いないのだ。
「金券300万マーブルも有るわ……」
だがしか、まさかの3倍。
流石のシャンティーも驚愕している。
というか、サンアリは、シャンティーの性格を完全に把握している。
基本、褒め殺しにして、金を渡しておけば、シャンティーはいつでもご機嫌なのだ。
ある意味扱いやすい。まあ、金持ちにしか出来ない、シャンティーの攻略方法なんだけど。
とか、やってる内にもキムチやらサラダやら、勝手に前菜が運ばれてくる。
「それでは、先に飲み物の注文をお願いします」
店員が飲み物の注文を聞いてくる。
「私は赤ワインをお願い。勿論、神聖フレシア王国産の最上級のをお願いね!
エリスとガリムも同じでいいでしょ!」
「うん!」
「そうですな」
なんやかんや王族のエリスとガリムは、ワインを飲むようだ。
「塩太郎、アンタは何にする?」
飲み物のメニューをマジマジ見ている塩太郎に、シャンティーが聞く。
「ここって、日本酒や焼酎まであるのかよ……。それに知らない酒もたくさんあるな……糞っ! 悩むぜ!
久しぶりに、日本酒や焼酎も飲みたいけど、他の知らない酒も飲んでみたいし……」
「だったら、最初は飲みなれたお酒がいいんじゃないの?
それから一つずつ試してみたら?」
「なら、日本酒で!」
「辛口と甘口のフルーティーのが御座いますが、どちらになさいますか?」
「辛口と甘口? というか、フルーティー?」
幕末出身の塩太郎は知らない。
令和の日本では、十四代や九平次を代表とされる白ワインのようなフルーティーな日本酒が販売されてる事を。
「塩太郎。前に、フルーティーな日本酒を飲んだ事あるけど、白ワインみたいな味がして、とても美味しかったわよ!」
ここで、シャンティーが、日本人の癖に、最近の日本酒事情を何も知らない塩太郎に、助け舟を出す。
「白ワインが何か分からんが、そしたらフルーティーなのをくれ!
勿論、熱燗で!」
塩太郎は、何故かドヤ顔で熱燗を注文する。
「あの……すみませんが、フルーティーのお酒の方は、熱燗は適していませんが……」
店員が申し訳なさそうに、塩太郎に伝える。
「何だと! 日本酒と言ったら熱燗だろうが!」
「アンタ、本当に日本人?
普通、焼肉店で熱燗飲む人間なんて居ないわよ!
目の前の石板が熱くなるんだから、冷たい飲み物を飲みたくなるんだから!」
シャンティーが、ヤレヤレという顔をしながら、いつもの突っ込みを入れる。
「何だと! 冷たい飲み物って、まさか日本酒に氷入れるのかよ!
ウルフデパートの、フードコートの水みたいに!
そんな日本酒に氷を入れて、かさ増しするような事できるかよ!
俺は貧乏人じゃないぞ! 決して、日本酒に水を足して増やしたりなんかしねーんだからな!」
幕末出身の塩太郎は知らなかった。
塩太郎的には、日本酒に氷を入れるイコールかさ増しなのだが、現在、日本では普通に飲み物に氷を入れるのが普通の事なのを。
確かに、氷が溶けて水になれば薄くなってしまうが、そんな事など、誰も気にしない事を、幕末出身の塩太郎は知らなかったのだ。
まあ、現在でも、日本酒には氷を入れないが、代わりに冷酒として出て来る事なども、勿論、幕末出身の塩太郎は知らない。
「アンタ、本当に日本人?日本酒に氷なんか入れる訳ないでしょ!
冷酒でいいから、直ぐに持ってきてちょうだい!
それから、名物のキモ刺しと、センマイも人数分お願いね!」
シャンティーは、塩太郎を無視して、勝手に店員に頼む。
「ん? キ……キモの刺身だと! そんなもの食べたら死ぬんじゃないのか?フグの肝も生なんかで食べたら、確実に死ぬんだぞ!」
長州出身の塩太郎は、フグの怖さをよく知っているのだ。
そう、長州の下関では、フグがたくさん取れる事で有名なのである。
まあ、フグ食は禁止されてるのだけど、フグの白身はとても旨いので、結構、下関の庶民には普通に食べられていたのであった。
「ここのは新鮮だから、食べられるのよ!
普通は、食べられないけど、ここのは特別なのよ!」
シャンティーは、普通に、焼肉屋のレバ刺しの話をする。
まあ、『ミノ一番』のキモ刺しは、レバ刺しと同じなので、その説明であってるのだけど。魚しか食べた事のない塩太郎的には分からない。
「新鮮だと、肝って食べられたのかよ!」
だけれども、塩太郎はビックリ仰天しながらも納得する。
まあ、フグの調理の事なんか、専門家じゃないから知らないしね。
ただ知ってるのは、フグの肝はヤバいという事だけ。
今回だけは、フグが有名な長州出身なので、フグの肝が危ないという事だけは、たまたま知ってたのであった。
ただ、何かの拍子に日本に戻った時、間違った知識でフグを食べて死んでしまうかもしれないけど、そんな未来の話など、シャンティーの預かり知らぬ事であった。
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