41. 九尾の女
南の大陸北東部にある、ムササビ自治国家は、西の大陸と南の大陸の玄関口。
そして、そのムササビ自治国家は、南の大陸と西の大陸を繋ぐ航路船を運営している。
他の国は、やってないのかって?
それは、この世界の海には、ダンジョンに潜む魔物以上に、強い大型の魔物がウジャウジャ居るから。
ムササビ自治国家が運行する連絡船には、冒険者ギルドが所有してる、ダンジョン産の神級アーキテクトがふんだんに装備されていて、滅多な事では、海の魔物に襲われないらしい。
しかも、常に、冒険者ギルドが選定した、海の戦いに特化したA級冒険者、10人以上が配備されており、安全性においては冒険者ギルドがお墨付きを与えている。
これも全て、ムササビ自治国家が、冒険者ギルドが運営する国家であるから、成せる技。
まあ、テイムした空を飛ぶ魔物とかで、海峡を渡る事も可能だが、
如何せん。海の魔獣が強過ぎて、普通の魔物だと、ビビって海にすら近付けないらしい。
最低でも、グリフォン以上の魔物じゃないと、海上は渡れないらしく、グリフォンでも弱い個体だと、海からの攻撃で撃沈され、海の魔物の餌になってしまうとか……。
まあ、『犬の肉球』の場合は、エリスが精霊アイドルの二つ名を持つ凄腕の召喚士の為、幾らでも、海上を渡る神獣やら聖獣やらを召喚出来るのだ。
そして、エリス達が、南の大陸にお忍びで渡る時は、ガブリエルの影響力が強いムササビ自治国家を避けて、人目が付かない場所から上陸するという訳だ。
「すんげーぜ!」
そんでもって、南の大陸、第2の大国、ムササビ自治国家に降り立った塩太郎は、驚嘆する。
「アンタ、スゲーしか感想言えないの?
どんだけ、ボキャブラリーが無いのよ?」
「だってよ、ヤリヤルみたいな伴天連風の建物やら、和風の建物やら、見た事もないようなデッカイ四角い建物やらが入り乱れてるんだぞ!
スンゲーとしか、言えないだろうが!」
幕末出身の塩太郎は知らなかった。
四角いデッカイ建物が、まんま、イ〇ンショッピングセンターの形である事を。
南の大陸には、結構、異世界人、それも日本人が、異世界転移やら異世界転生してるので、日本の文化がかなり入ってきてる事を。
そして、異世界転移や転生した日本人の殆どが冒険者になり、冒険者の国、ムササビ自治国家が、日本に影響を受けまくっている事を、
幕末出身で、近代日本を全く知らない塩太郎には、気付く事が出来なかったのである。
「それじゃあ、妾はこれで」
「アリエッタちゃん、ありがとう!」
「また、呼んでたもれ。エリスの美味しい魔力の為なら、すぐに飛んでくるのでの」
エリスから魔力を貰い満足したのか、赤龍アリエッタは、早々に西の大陸に帰っていった。
まあ、何百年ぶりかに、ムササビ自治国家に赤龍が登場し、大騒ぎになってたので、赤龍アリエッタも、どうやら落ち着かなかったようである。
「赤龍が西の大陸に引き返していったぞ!」
「ムササビ自治国家に、攻撃を仕掛けてくると思ったぜ」
「良かった……」
赤龍アリエッタは、西の大陸では神として崇められてるが、南の大陸はそうでは無い。
アリエッタ自身も用事がなければ、滅多に南の大陸には行かない。
何故なら、南の大陸で崇められているケルベロス教と、西の大陸で主流である、赤龍アリエッタを祀る神龍教が敵対関係にあるので、敢えて、事を荒立てない為にも、南の大陸には近付かないようにしているだ。
まあ、敵対宗教の神が、ケルベロス教の縄張りなんかに現れたら、争いしか起こらないしね。
てな感じで、赤龍アリエッタが、早々に引き揚げた後、何やら冒険者ギルド関係者らしい一団がやって来た。
「アッ! ギルド本部長のブリジア様と、大手ギルドのシルバーウルフの奴らが登場したぞ!」
どうやら、ムササビ自治国家に本拠地を置く冒険者ギルド本部の者と、その護衛の者達のようだ。
「エリス、シャンティー。久しぶりじゃな!」
先頭に居る、一番偉そうな、狐?の獣人の銀髪のお姉さんが、エリスとシャンティーに話し掛ける。
「ブリジア様、お久しぶりですね!」
「ブリジア様、350年振りで御座います!」
エリスは普通に挨拶したが、いつもぞんざいなシャンティーが、飛ぶのを止めて、地面に膝を付き、狐の獣人のお姉さんに頭を下げる。
「あの、腹黒シャンティーが、頭を下げるだと!」
塩太郎は、異世界に来て体験した何よりも、メチャクチャ驚愕する。
だって、シャンティーは、あのガブリエルにも、赤龍アリエッタに対してもタメ語なのだ。
それなのに、シャンティーは、ブリジアとかいう狐の獣人に対して、頭を下げ平伏したのだ。
驚くなと言っても、無理がある。
「もう、アリエッタ殿は帰られてしまったか。久しぶりだったので、魔女様の昔話とか聞きたかったんだが……」
なんか、狐の獣人ブリジアが、悲しそうな表情をして呟く。
「アリエッタは、南の大陸は居心地悪いらしいで、すぐに帰っていきました」
ブリジアの独り言に、シャンティーが反応して答える。
「そうか。それにしても、お主達も久しぶりじゃな。
というか、その者、異世界人じゃな!」
なんか、ついさっきまで悲しそうな顔をしていたブリジアが、テンション高めにシャンティーに質問する。
「ガブリエルが召喚した日本人の侍で御座います。今回、晴れて『犬の肉球』に入団し、『肉の肉球』も、再スタートがきれましたので、再び、南の大陸で活動しようと、ムササビ自治国家に訪れた次第でございます」
シャンティーは、平伏の姿勢を崩さず、ブリジアに答える。
「ハッハッハッハッハッ! ガブリエルから強奪したか!
流石は、腹黒シャンティー! カブリエルが、何百年も掛けて勇者候補を、こちらの世界に召喚しようとしてた事は知ってたが、まさか、『犬の肉球』に、強奪されてるとは!」
何が楽しいのか、ブリジアは大笑い。
それにしても、このブリジアとかいう狐の獣人は、何者なんだ。
確かに、出来る女の雰囲気は漂わせてるが、ガブリエルや赤龍アリエッタを越える人物とは、流石に思えない。
「で、オバサン、何者なんだ?」
塩太郎は気になり過ぎて、ブリジアに思わず質問する。
「ちょっ! ブリジア様に向かって、何言ってんのよ!」
シャンティーが慌てて、塩太郎を羽交い締めにする。
まあ、サッカーボールぐらいの大きさなので、なんともないんだけど。
「だって、気になるだろうがよ!」
「ブリジア様は、人間の姿をしていても、格が高い神獣様なのよ!」
シャンティーは、冷や汗をタラタラ垂らしながら、塩太郎の耳元で怒鳴り付ける。
「神獣って、ただの、ナイスバディのオバサンにしか見えないんだけど?」
「オバサンって!」
シャンティーは、もう、気絶してしまいそうだ。
「よいよい。確かに、お主から見たら、妾はオバサン、いや、おばあちゃんじゃな!」
ブリジアは、塩太郎にオバサンと言われても、それほど怒っていなさそうだ。
どうやら、気さくなオバサンらしい。
「ふ~ん。それよりオバサン、神獣なんだ? アリエッタより強いのか?」
塩太郎は、同じ神獣のアリエッタとどっちが強いのか気になり質問する。
だって、腹黒シャンティーが、平伏するぐらいの大物なのだ。普通、興味が湧くよね。
「アリエッタ殿は、この世界の調停者だから別格の存在じゃな。じゃが、妾もそれなりに強さには自負をもっておる。
何せ、妾は魔女様のペットだから、その辺の有象無象に負けまいよ」
ブリジアが、そう言うと、辺りの空気がピリついてくる。
「凄いな……」
「凄いじゃろ。ここで神獣の姿になるのは、色々問題が出てくるので、止めておくが、異世界人なら、この尻尾を見れば、妾の正体が分かるじゃろ!」
「て、えっ!?」
ブリジアの周りの魔力の影響か、ブリジアの背後に、フカフカの九つの尻尾がはためいている。
「もしかして、九尾の狐?」
「惜しいな。妾は、九尾の狼じゃ!」
まさかの、狐じゃなくて狼。
「あの……耳は、どうみても狐なんですけど?」
塩太郎は、とても気になる事を質問する。
「ああ。それはご主人様が、『九尾と言えば、狐だろ?』て、言われておられたので、それ以来、狐の獣人に化けておるのじゃ!」
確かに、異世界の常識がどうだか分からないが、日本人的な考えなら、二股と言えば猫。九尾なら狐と相場が決まってるので、そのブリジアのご主人様だという奴は、分かってる奴だと、塩太郎は感心した。
因みに、ブリジアの話にやたら出てくる、魔女様と、ご主人様は別人で、
ご主人様の方が、ガブリエルが敬愛してやまないゴトウ・サイトだと塩太郎が知るのは、もう少しだけ先の話。
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※始まりの魔女とは、この世界の創造に関わる魔女と言われており、ブリジアの飼い主。現在、行方不明中。
ロリコン大魔王ゴトウ・サイトの師匠だと言われている。




