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3. 何も知らない男

 

「ん? 何か来やがるな」


 塩田郎が、魔法の鞄の中の物を、全てひっくり返して物色してると、まつ毛がピクピク動き出した。


 これは、塩田郎の特殊能力。

 幕末時代、人斬り家業をしていた塩田郎は危険察知能力が高い。

 そして、危険を感じる時に限って、まつ毛がピクピク動くのだ。


 塩田郎は、魔法の鞄の中から出していた、1ヶ月分の水と食料を、急いて魔法の鞄にしまう。

 そして、当たり前のように、魔法の鞄を、たすき掛けのように肩に掛ける。


「おっ! コレ、案外便利だな!」


 幕末出身の塩田郎は、知らない。

 現在、日本で、鞄をたすき掛けするのは、女性や幼稚園児ぐらいだという事を。

 そして、着物を着た侍が、鞄をたすき掛けすると、コスプレオッサンが、幼稚園児プレイをしてるようにしか見えない事を。

 何度も言うが、幕末出身の塩田郎は、知らないのである。


 塩田郎は臨戦態勢を取り、刀の柄を右手で握りしめ、敵を待つ。


 完全に敵と断定できたのは、両まつ毛がピクピクしたから。

 相手が、自分を殺そうとしてくる程の殺意を発してたら、両まつ毛。

 殺しまでは考えてない殺意は、左まつ毛のみ。


 この特殊能力のお陰で、権謀術数渦巻く、血なまぐさい幕末京都で、塩田郎は生き長らえてきた。


「来やがったな」


 塩田郎は、冷静に敵を観察する。

 敵は一人。しかし、何やらシルエットがおかしい。


「タコ? それも、手が8本も生えてやがる!

 千手観音かよ! しかし、顔がタコ……。だがしかし、手が何本もあるという事は、やはり千手観音で、神様なのか?

 神様の顔なんて、実際、見た事ねーし!

 というか、誰も本物の千手観音見た事ねーよな……。

 しかし、目の前の千手観音は、あからさまに、俺に対して殺意を発してる」


 塩田郎の思考は、猛スピードで回転する。


「チッ! 脳筋の俺に解るかよ! 元々、頭使う仕事は、高杉や俊輔に任せてたんだから!

 殺意を持って、俺の前に現れた奴は斬る!

 だってアイツ、上段の両手に、刀2本持ってるし!殺気出しまくりだし!

 例え、神であろうとも、どう考えても、俺の敵だろ!」


 塩田郎は、考えるのを止めた。

 暗殺という、汚れ仕事を受け持っていた塩田郎に、頭を使う仕事は、やはり無理だった。

 そもそも、今まで、言われた奴を殺してきただけだし。


 そして、そんな塩田郎が何を考えたなど知らない、頭がタコの千手観音は、塩田郎の間合いから、一歩だけ離れた所で止まり、ニヤリと笑う。


「やっぱり、コイツ、ヤベエな……。俺の間合い、しっかり理解してやがる……」


 幕末京都で、伝説の人斬りだった塩田郎の間合いは、人より相当広い。


 同じ長州出身で、江戸三大道場と言われていた神道無念流練兵館道場で、塾頭まで務めた剣の達人 桂小五郎でさえ、塩田郎の間合いには及ばない。


 そんな間合いが広くて、桂小五郎より強い塩田郎が、何故、そんなに有名じゃ無かったかと言うと、道場での塩田郎は、それほど強く無かったからだ。


 実際、道場での試合だと、塩田郎は、桂小五郎に、100戦100敗。一度も勝った事が無い。


 塩田郎は、何故か、道場で実力を全く出せなかったのだ。


 まあ、その原因は、塩田郎の親分である高杉晋作が一枚噛んでいる。

 高杉は、塩田郎と出会った当初、事ある毎に、塩田郎に勝負を挑んでいた。


 多分、初対面の時に、こっぴどくやられた事を、根に持っていたのだろう。


 塩田郎は、毎日、毎日、高杉に勝負を挑まれて、その当時、物凄く憔悴しきっていた。


 何故なら、高杉は、何度負けても、アホみたいに毎日勝負を挑んでくるから。

 勝つと分かってる奴との勝負ほど、面倒臭いものはない。


 そして、負けると分かっているのに、塩田郎に勝負を挑むのは、親分が、子分に喧嘩で負ける訳はいかないという、またまたアホな理由だったりする。


 そんなある日、日課の高杉との勝負で、塩田郎は、悪いとは思ったが、面倒臭くなってワザと負けてやった。


 塩田郎的には、高杉が、「ワザと負けやがって!コノヤロー!」と、怒って来るかもと思っていたが、上機嫌で、「やっぱ、親分である、俺の方が強いな!」と御満悦だった。


 塩田郎は、これでいいのか?と、思ったが、高杉晋作自体が、御満悦なら、それでいいのであろう。


 高杉は、たまに、勝ち負けとか、しょうもない事に執着する事があるので、頭が固いのかと思われるが、そうではない。

 以外と合理的であったりする。それが高杉の良い所。

 兎に角、勝ち逃げするのが上手いのである。


 多分、高杉自身も、塩田郎に、本当に勝てるとは思ってなくて、親分が子分に勝ったという事実が欲しかっただけだったのだ。


 てな事が、あってから、塩田郎も高杉と剣術の試合する時は、いつも負けてやる事にしていた。


 その癖が心底染み付き、塩田郎は、道場では、誰に対しても、全く本気を出せない体になってしまっていたのだ。


 まあ、京都での人斬り稼業だったら、100戦100勝なんだけど。


 そんな、100戦100勝の塩田郎の間合いに気付き、タコ観音は、塩田郎の間合いの一歩手前で止まったのだ。


「お前、結構、やるな。今まで、戦った奴の中で、多分、お前が一番強い」


 塩田郎の言葉が分かったのか、タコ観音は、ニヤリと笑う。


 しかしながら、こうなると、お互い一歩も動けない。

 最初に動いた方が負ける。それが、直感で解ってしまうのだ。


 お互い、目を逸らさず、頭を猛回転させて、相手の攻撃の数手先を読みあう。


 先手必勝と行きたい所だが、塩田郎は直感で、自分より相手が上だという事を認識してるのだ。


 まあ、このダンジョンは、S級冒険者パーティしか到達できないと言われる、SSSSダンジョンの深層部なので、敵が強いのは当然なのだが、幕末出身の塩田郎に、知る由はない。


 というか、相手が相当厄介な敵、SSSモンスターで、剣術マニアのタコ侍だという事も、当然のように知らない。


 もっと言っちゃうと、そもそも、ここがダンジョンだという事も、塩田郎は分かってなかったりする。


 兎に角、塩田郎が、やたらと異世界に召喚される、異世界御用達の日本人だとしても、幕末出身者なので、日本人なら誰もが知ってる異世界あるあるなど、全く知る由も無いのであった。



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