102. 狡い使い魔
移転魔法陣小屋は、移転魔法陣しかない、とても簡素な小屋だ。
まあ、多分、『犬の肉球』しか使わないので、過度な装飾がなされていと思れる。
というか、『犬の肉球』が訪れなかった350年間、多分、1度として使われていないのだろう。
部屋の中は蜘蛛の巣だらけだし。
「汚いわね……これはちょっと、職員に文句を言ってやらないといけないわね!
服に蜘蛛の巣が付いて汚れたから、クリーニング代出せって!」
シャンティーが、体に付いた蜘蛛の巣を払いながら、ブツブツ言っている。
「部屋の掃除しろとかじゃなくて、クリーニング代を請求するのかよ……」
塩太郎は、シャンティーのがめつさに、改めて驚愕する。
「勿論、部屋の掃除もやらせるけど、移転魔法陣小屋のリフォームと、クリーニング代ね!」
「リ……リフォームもかよ……」
「だって、扉とかも、ギーギー五月蝿かったでしょ?」
シャンティーは、何で?て顔をして、塩太郎に聞く。
「えっ? それがこの世界では普通の事なのか?」
「建物の修繕は、冒険者ギルドの義務だから、当然よ!」
「でもここって、俺達『犬の肉球』しか使ってないんだろ?」
「ええ!私が400年前、『犬の肉球』がギルドランキング10位以内に、当たり前のように入ってた時期に、ギルド会議で提案して作らせたのよ!」
「お前が作らせたのかよ!」
まさかの答え。まさか、完全に『犬の肉球』用に作られていたとは……ていうか、シャンティーの我儘で……。
まあ、『犬の肉球』しか使ってなかったので、当然と言えば当然なんだけど。
「当然の権利よ!だって、私達『犬の肉球』は、冒険者ギルドと、ムササビ自治国家の運営を任されていたギルドランキング10位以内にいたのだから!」
シャンティーは、当然とばかりに、無い胸を張る。
「だけど、今はまだ、ギルドランキング10位以内に入ってないんだろ?」
「あら?時間の問題よね!どうせ、来年には入ってるから、今、駄々を捏ねってもどうにかなるわよ!」
シャンティーは強気である。
まあ、これが壮大なフリな可能性もあるけど。
てな感じで、
「じゃあ、エリス! 魔法陣に魔力注入お願いね!」
「実質、『犬の肉球』のリーダーのシャンティーが、エリスにお願い?命令する」
まあ、本当はムネオが団長なのだが、小さい時におねしょをしてたとか、些細な弱みをシャンティーに握られてるのか、全く発言権がなかったりする。
「了解!」
エリスは、何事でもないように、移転魔法陣に魔力の供給を始める。
「えっ? おい? シャンティーが、移転魔法陣用の魔石を奢ってくれるんじゃなかったのかよ?」
「ん? 奢ってるじゃない?」
シャンティーもまた、何事でもないように答える。
「どう考えても、エリスが魔法陣に魔力を供給してるだろうが!
ていうか、この魔法陣を起動させるのに、膨大な魔力が必要だったんじゃないのかよ!」
「私の契約者で、ご主人様のエリスが移転魔法陣に魔力が供給するんだから、私がアンタに奢ってるのと一緒よね?
私自身も、エリスに召喚されてる間は、エリスの魔力を使って活動してるし。
それから、エリスは『妖精アイドル』の二つ名を持つ、超絶凄い精霊魔術師なのよ?
契約してる神獣や上位精霊は100匹以上!
そんだけを養えるだけの魔力量を持ってるという事よ!
まあ、私のエリスに掛かったら、4人分の移転魔法陣を起動させる魔力の供給なんて、余裕でしょ!」
何故か知らないが、シャンティーが無い胸を反らしエッヘンとする。
ただ、エリスが凄いだけなのに。
「完全に、お前の力じゃねーだろうーが!」
「使い魔にとって、仕えるご主人様の凄さも実力のうちなのよ!
アンタ、そろそろそこら辺も理解しなさいよね!」
シャンティーが、物知り顔で小言を言ってくる。
「そんなの、理解出来るわけねーだろ!」
「これだから無知な田舎侍は……異世界知識が無駄に豊富だったゴトウ・サイトとかだったら、私が言う前に理解してたのに……」
「だから、俺は未来の日本人じゃねーての!
この世界の日本食も、なんだかおかしいし……。ホントに、未来の日本人は、一体、どうなっちまってんだよ!」
とか、ブツクサ言ってるうちに、移転魔法陣が、起動して、ベルサイユ宮殿じゃなくて、ムササビ冒険者ギルド本部の1階ロービーの隅にある、移転魔法陣部屋に移転する。
「ほら、着いたわよ!」
「ああ。この部屋は、結構、掃除してあるんだな」
塩太郎は、見たまんまの単純な事を指摘する。
「そうね。それなのに、何で正門横の移転魔法陣小屋は掃除してないのよ!」
シャンティーは、やはり、移転魔法陣小屋の管理が全く行き届いていなかった事に、とても憤慨していたようだ。
そして、冒険者ギルド本部、母屋の移転魔法陣部屋だけ掃除されてた事に、怒り心頭である。
シャンティーは、そのまま、空中をフワフワ飛んでいき、10箇所ぐらいある受付カウンターに並んでる人を全員抜かし、当然のように、一人の受付嬢に向かって、文句を言い出した。
「ちょっと、アンタどうなってんのよ!
正門横にある移転魔法陣小屋が、蜘蛛の巣だらけになってたんだけど?」
「移転魔法陣小屋?」
受付嬢は、シャンティーが何を言ってるのか分かっていない。
というか、移転魔法陣小屋が存在すること自体知らないようだ。
なにせ、350年間使われてなかったのだから。
「おい! ちょっと、順番抜かすなよ!
皆が並んでんの、見えねーのかよ?」
丁度、受付で話をしていた冒険者が、シャンティーに文句を言う。
そう、受付カウンターは、冒険者本部という事もあり、滅茶苦茶混んでいたのである。
「はぁ? アンタ誰に口聞いてんのよ?
私が超名門冒険者パーティー『犬の肉球』のシャンティー様だと分かって、口聞いてんの?」
「『犬の肉球』だ?『犬の尻尾』なら知ってんが、もしかして『犬の尻尾』のバッタモンか何かか?」
無知な冒険者が、シャンティーの前で、絶対に言ってはいけない言葉を言ってしまう。
そう。シャンティーは、『犬の尻尾』と絡めて、『犬の肉球』がディスられる事を、最も嫌うのである。
「最近の冒険者ギルド本部は、所属してる冒険者の教育も行き届いてないようね……」
シャンティーは、プルプル打ち震えながら、聖属性である光の妖精に有るまじき禍々しい赤黒い魔力を、まるで地獄の業火のようにメラメラと、体から勢いよく放出させた。
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