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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第八章 マンジューク防衛戦 Ⅰ
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アリシア Ⅱ

 さて、グワラニーが主張した、アリシア・タルファを部隊に加えるもうひとつの利点。

 それはもちろんその洞察力。


 もちろん軍事的素養がないために、その点についてはいかんともしがたいものはあるのは事実。

 だが、彼女を傍に置くこと。

 それはグワラニーにとってとんでもない利をもたらした。


 相手の思考がわかる。


 それさえわかれば、次の手などいくらでも浮かぶ。

 というより、そこがもっとも重要な点である。

 なにしろ少数で多数を相手にすることが多いこともあり、グラワニーは相手を罠に嵌めることをその戦い方の中心に据えているのだから。


 実をいえば、王よりマンジューク救援をおこなうよう命令をうけていない段階でグワラニーがその地で披露することとなる最も新しい策の全貌を打ち明けたのは、最側近のバイア、それから肝となる部分を担う魔術師長とその孫娘を除けば、彼女だけだった。


 信頼する将軍たちよりも先にアリシアに策を披露した理由も、もちろん彼女が持つ特別な才を利用するためである。


 さすがに他人の妻を夜に自室に呼び出すわけにいかず、誰の目にも止まる天蓋の下に彼女を呼び出したグワラニーは、まず、大海賊ワイバーンを通じて手に入れたフランベーニュ軍とアリターナ軍の陣容、これまでに経緯、さらに指揮官たちについて話し、さらにこれまでの戦況をそこに加えた。


 そして、最後にこの言葉でそれを締めくくる。


「さて、この策は成功するかな」


 それに対してアリシアは前置きとしてこの言葉で選ぶ。


「グワラニー様がお聞きしたいのは、フランベーニュがこちらの思惑どおりに動くかどうかということだと私には思えたのですが、それでよろしいしょうでしょうか……」

「もちろん」


 グワラニーはそう答えた。


 なにしろ、そこまでは間違いなく成功する。

 その策の唯一の不安こそがその部分だったのだから。


 グワラニーが左手で先に進めるように促すと、アリシアは言葉を続ける。


「もし、その状況が目の前に展開されていたら、フランベーニュの前線指揮官は余程の人物でないかぎり、誰であっても同じ行動をすると思います」


「すなわち、グワラニー様がお望みの状況になります」


 もちろん策には自信があった。

 だが、これでその成功は確定したようなもの。

 安堵の表情を浮かべたグラワニーが口を開く。


 興味をそそられたそのひとことについて尋ねるために。


「それはよかった。ちなみに、あなたの言う余程の人物とは?」


 アリシアに対してフランベーニュ軍の情報を提供したのはグラワニー。

 つまり、この問いに関してグラワニー自身も回答を用意していた。

 そして、グラワニーが想定していたのはフランベーニュ軍でもっとも有名なあの人物。

 だが、アリシアは彼とは別の人物の名を上げる。


「……そうですね」


「フランベーニュ軍でいえば、一番に注意すべきはやはりアルサンス・ベルナード」


 ……ほう。


「理由をお伺いしましょうか?」

「話を聞くかぎり、アルサンス・ベルナードは正統派の用兵家であるとともに、用心深く、さらに、保守的な性格であるため、目の前にどのようなエサを撒かれても食いつかないと思われます。ですが、彼は別の戦場の指揮官。除外してもよろしいでしょう。そうなれば、残りはアポロン・ボナールとエティエンヌ・ロバウ。このふたりはアルサンス・ベルナードに比べれば確率は下がるものの、罠の存在を疑い食いつくことに躊躇するかもしれません。特にエティエンヌ・ロバウはこの戦場の指揮官。彼が前線にいないときを狙い攻撃を始めることが肝要かと思います」


「ついでに言っておけば、前線にいてほしい人物は……」


「ドミニク・アンジュレス」


「こちらについても理由をお聞きしておきましょうか」

「その名を聞いた時点でグワラニー様もわかっていらっしゃると思いますが……」


「ドミニク・アンジュレスは現在アリターナが進んでいる回廊奪取に失敗し、降格処分を受けたうえで、本来同格だったエティエンヌ・ロバウの下で働いている。しかも、ドミニク・アンジュレスは爵位持ちの貴族で上官になったロバウは平民。その心情は手に取るようにわかります」

「我々が示したものを名誉挽回または失地回復の絶好の機会と考えるというわけですか?」

「ほぼ間違いなくそう考えるでしょう。ですから、こちらはわざわざエティエンヌ・ロバウを前線から遠ざける策を講じなくても、ドミニク・アンジュレスが前線にいるときを狙って動きだせばいいわけです」

「なるほど。さすがです」


 もちろんそれは直接的には彼女が口にした言葉についての感嘆の言葉である。

 だが、それとともに、たったこれだけの情報で短時間にそこまで考えつく洞察力への感嘆でもある。


 ……彼女は生きた戦術シミュレーションマシーンだな。


 ……ノルディアの失敗。

 ……それは彼女を手放したことだ。


 ……それに対して、私は大量のノルディア金貨を捨ててタルファ将軍と彼の妻を手に入れたわけなのだが……。


 ……どう考えても収支は黒字だな。それも大幅な。そして……。


 ……タルファ将軍には申しわけないが、こうなってくると捨てた大金の大部分は彼女に対して払ったようなものだな。


 グワラニーはアリシア・タルファに笑顔で一礼しながら、誰にも聞かれぬ声でそう言った。

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