Barkmann‘s Corner
「Barkmann’s Corner」
日本語に直せば、「バルクマンの曲がり角」となるのだろうが、あまりにも雰囲気が出ないため、この言葉を使用する場合、多くの日本人は、「バルクマン・コーナー」と呼ぶ。
では、その「バルクマン・コーナー」とは何か?
それは第二次世界大戦後期となる千九百四十四年七月、ドイツの有名な戦車乗りであるエルンスト・バルクマン親衛隊軍曹が、フランスの街道の曲がり角で自らが指揮するたった一両の五号戦車パンターで戦車戦を挑み、十両もの敵戦車を破壊または、破損させた戦いを指す。
現在はこの出来事はドイツ軍のプロパガンダという説が有力となっているものの、バルクマンは正真正銘の戦車戦のエースであり、八十両以上の戦闘車両を破壊したと認定される技量があったのでその可能性は十分にあるとする意見もある。
さて、その「バルクマン・コーナー」だが、なぜここで登場したのか?
しかも、唐突に。
いうまでもない。
その世界からやってきた者がそれを持ちだしてきたからである。
そして、それを持ちだしてきた者こそ、その作戦を考案したアルディーシャ・グワラニーその人となる。
だが、当然ながら、グワラニー以外に、「バルクマン・コーナー」を知る者はなく、特大地図上のある一点をそう名付けたグワラニーに全員が困惑の眼差しを向ける。
「……グワラニー殿……」
いつものように、このような場合の質問者役を押しつけられる宿老格のペペスが言葉を吐き出す。
「ここは特別名前があるわけではなく、また今回の策で重要な意味を持つ場所ということもわかります。ですが……その……」
「というか、その場所を『バルクマン・コーナー』は何を根拠に名付けたのですか?意味すらわかりませんし」
進みの悪いペペスの言葉を強引に引き継いだプライーヤが本丸に当たる部分を尋ねると、大部分の者は大きく頷く。
そう。
名もない場所にどのような名前がつけようが、それは全くもってどうでもいいことである。
だが、その意味不明な言葉の出どころは知りたい。
そういうことなのである。
「……なるほど」
独り言のようにその言葉を口にしたグワラニーはニヤリと笑う。
「アリターナとフランベーニュの戦いの歴史を調べていたときに、見つけたもので、斥候中のひとりのアリターナ騎士エルンスト・バルクマンが数十人のフランベーニュ騎士と戦い、九人を斬り殺し、ひとりに負傷させて逃げ切ったという場所の名だ。コーナーというのだから曲がり角で鉢合わせでもしたのだろう」
「初耳です」
「というか、アリターナ人らしくない名ですね。エルンスト・バルクマンというのは」
「コーナーという単語も、アリターナ語というよりもブリターニャ語に近い」
「そうだな」
「まあ、すべてがそのとおり。それにその話自体も伝説かもしれないし、作り話かもしれない」
用意していた嘘偽りだらけの話を語ったグワラニーは核心を突かれた問いにも動じることもなくもう一度笑う。
「とにかく、我々にとってこの『バルクマン・コーナー』自体特別な意味がある言葉ではない。だが、その逸話から今回用意した策の肝となることが起こるこの場所にはふさわしい名であると私は思うのだがどうだろうか?」
むろんそこまで説明されても異議を唱える者はおらず、この世界には文字通り縁もゆかりもない「バルクマン コーナー」が、その場所の名として残ることになった。
ちなみに、グワラニーが口にした「バルクマン・コーナー」に関わるアリターナ人の伝説は、もちろん歴史の隅々まで探しても見つかることはなかったのだが、マンジューク防衛戦が終わると、「バルクマン・コーナー」は、新たな伝説とともに魔族にとって有名な単語となる。
さらに、さらに時が過ぎ、この時代を俯瞰できるようになると、戦史研究家、特に戦術の専門家にとって、この「バルクマン・コーナー」は聖地のような場所となるのだが、むろんそれはこの時代を生きた者とは無縁な話である。