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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第八章 マンジューク防衛戦 Ⅰ
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マンジューク防衛戦 序章

 マンジューク防衛戦。

 それは、後年、この時代を語るときには必ず登場する戦いの名である。


 ただし、何事もそうであるように、そうなれば避けられないものがこの戦いについての多くの視点からの様々な議論。

 そして、そのいくつかについては、記録上ケリをつける必要があるために、形式上の決着はついたものの、議論は続いたままになっている。


 たとえば、その時期。

 アリターナ軍、続いてフランベーニュ軍が魔族領南部に位置するこの山岳地帯に侵入したのは約三年前。

 つまり、それから三年間にわたってこの地域で魔族軍とアリターナ、フランベーニュ両軍は血で血を洗う肉弾戦を繰り広げていた。

 だから、この三年間がマンジューク防衛戦の期間であるという主張する者たちの言うことは十分に根拠のあるものといえるだろう。


 だが、それに対して猛然と反論する勢力もそれと同等の数を擁す。


 彼らの主張。


 それは……。


「マンジューク防衛戦と呼ばれるもののうち、特別な扱いを受ける権利を有していのはたった一日の出来事だけ。最長でもその主役である魔族の将アルディーシャ・グワラニーが配下とともにこの地に姿を現わしてからの十四日間である。もし、戦いを特別のものにしたいのであれば、その期間はそれにふさわしいものに限定すべきだ」


 結局、この話は堂々巡りのような状況になり結論が出なかったのだが、すべてを俯瞰し公的な歴史書をつくる者にとってそれは甚だ都合が悪い。


 最終的には、大局的な話をする場合は、戦闘が開始されたアリターナ軍の山岳地帯侵攻がその始まり、驚異的戦術によって勝者が確定した日をその集結日とした。

 ただし、軍事的、または戦術的な話をする場合には、最後の一日のみをマンジューク防衛戦の期間としても問題はないとする、極上の玉虫色的妥協案ができあがった。


 まあ、通史的に歴史を研究する者にとっては、そのすべてをマンジューク防衛戦としたいのは当然なのだろうが、残念ながら、公的に定められたこの地域の戦闘開始から終了までの約三年間がマンジューク防衛戦の期間である説はあまり人気がなく、最後の一日こそが真のマンジューク防衛戦であるという認識が世間一般のものとなっている。

 それだけその一日に起こったことは劇的かつ衝撃的なものだったといえるだろう。


 さらに、マンジューク防衛戦。

 その名称にも多くの異論がある。

 そして、その代表的なものがこれである。


「マンジューク防衛戦という名では、その戦いがこの山岳地帯に数多くある鉱山のひとつを奪い合っていたかのような印象になってしまう。それではこの戦いの重要性を矮小化してしまう」


「そもそも、マンジューク防衛戦と言いながら、最終的な戦場となったのはマンジューク銀山の遥か手前。どうしても鉱山の名をつけたいのなら、戦場の目の前にあったバラミーヤ銀山の名を冠すべきだろう」


 言いがかりのようであるが、実を言えばこの主張はまちがってはいない。


 なぜなら、その言葉どおりこの地域には多くの金山、銀山が点在している。

 さらに、これらの鉱山で産出される金や銀によって魔族の国はその軍事力だけではなく、経済そのものが動いていた。

 それどころか、大海賊ワイバーンを介してここから流れ出る金や銀を頼りに人間社会も成り立っていたのもこれまた事実。

 つまり、この鉱山地帯を防衛できるかどうかが、戦いの趨勢、というよりもこの世界の未来を決めるといっても過言ではなかったのだから、一銀山の名前ではなく、鉱山地帯全体、魔族側の呼び名から「アトロービー鉱山群防衛戦」にすべきだという主張も十分理解できるし、戦いの大部分は鉱山地帯に辿り着く前の渓谷路でおこなわれていたことを踏まえて、「南部山岳地帯の戦い」にすべきという意見も十分に説得力のある主張でもある。


 このような多くの理に適った意見があるにもかかわらず、この戦いを語るとき、多くの者は「マンジューク防衛戦」と呼び、最終的な公的な呼び名もその名に落ち着いたのには、当然それ相応の理由がある。


 攻め手側が到達目標をその由来となるマンジューク銀山としていたこと。

 それから、守備側となる魔族軍も多くの資料で「マンジュークを守るため」と書き込んでいたこと。

 つまり、実際に戦っていた当事者たちの意見がその根拠とされているのだ。

 単純ではあるが、実際に戦っていた者たちによるひとつの言葉は、部外者の百万の言葉よりも重い説得力のあるものといえるだろう。


 そして、当事者となる魔族軍、そしてフランベーニュとアリターナ両軍がそこまでマンジューク銀山に拘る理由。

 それは、この銀山が持つ特別な地位。

 もう少しわかりやすく表現すれば、この銀山のその驚くべき産出量。

 この時期、魔族産の銀はこの世界が掘り出していたものの七割弱を占めていた。

 そして、そのうちの四割がこのマンジュークからのものだったのだ。

 つまり、全世界で掘り出される銀の実に三割が、グワラニーの独り言によれば「元の世界の鉄鉱石や石炭のごとく銀の採れる、さすが異世界ともいえる壮大な眺め」である露天掘りの可能なこの銀山から掘り出されていたということになる。


 噂通り。

 もしかしたら、噂以上なのかもしれない。


「この世界の銀はマンジュークから産み出される」


「この山は銀で出来ている」


 マンジューク銀山を讃えるものとなるこれらの言葉も、その数字を見れば納得できるものといえるだろう。


 ついでに言っておけば、この山岳地帯の最高高度付近にあるマンジューク銀山の北側、つまり、攻め手となるアリターナとフランベーニュから見れば、マンジュークの背後となる場所には、マンドリバリ、ファラボルア、ムハラビエ、ドゥトゥウエ、バガウィーというこれまたこの世界の金の多くの産出する魔族の国の五大金山や、マンジュークの陰に隠れているが、単独鉱山の産出量としてはこの世界第二位を誇るムボエン銀山も控えている。


 つまり、この地帯を占領するか、それとも死守するか。

 それによって、当事者たちの未来は百八十度違うものになるという言葉は虚飾でもなんでもない純然たる事実だったのである。


 そして、結果を先に言ってしまえば、魔族軍はここを守り切り、アリターナとフランベーニュは攻略に失敗した。

 特に、フランベーニュは攻略に失敗しただけではなく、一連の戦いの結果、おびただしい数の兵と、代わりの利かない貴重な人材を失うという人的被害も加わる。

 その後の戦いに重大な支障を来たすくらいに。


 それについて、この戦いと、すぐあとに後におこなわれたもう一つの戦いが終わってしばらく経ったある日、フランベーニュ王国の第三王子ダニエル・フランベーニュが口にしたという口惜しさに溢れた言葉が残っている。


「私は、諸国連合が結成され、一斉に魔族どもの国へ攻め込む算段をする際に、当事者たちに何度も念を押したのだ。『アリターナの口だけ男どもが蠢動しないよう我が国単独でマンジュークを攻めることが肝要。そのためには鉱山地帯に入るふたつの入り口は必ず両方とも押さえること』と。だが、前戦指揮官とその背後にいる者たちは見栄えの良い砦攻めや、耕作地帯の占領に現を抜かし東側の入口をアリターナに押さえられ、侵入を許した。あれさえなければ、たとえどれだけ時間がかかってもブリターニャ侵攻のために温存しておいたボナール将軍と配下の二十万の精鋭部隊は投入せずに済んだのだ、つまり、緒戦の醜態。あれこそが目の前に並ぶこの惨状の元凶だ」

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