愚者たちの悪あがき Ⅳ
魔族の国の王都イペトスート。
久しぶりに王宮に姿を現わしたグワラニーはさっそく王へ拝謁する。
もちろん目的はあれ。
時間がないグワラニーは単刀直入にノルディアへの穀物供給を許可するように求める。
と言いたいところなのだが、相手が王だけにそうはいかない。
その必要性と効果の程を添えての親切丁寧の見本のような説明をおこなう。
大昔霞が関でやっていたように。
「わかった」
「……ガスリン」
すべてを聞き終えた王が指名したのはこの拝謁に同席している魔族軍の総司令官であり、グワラニーにとっては「目障りな異物」のような存在である男だった。
「おまえはグワラニーの申し出をどう思う?」
「よろしいのではないでしょうか?」
……ほう。
その良し悪しは関係なくグワラニーから出たものはすべて猛反対し、収拾がつかなくなった挙句、最終的に王に窘められるという醜態を繰り返している目の前の男が、利敵行為ともいえなくもないノルディアへの小麦譲渡をこれだけあっさりと肯定したことにグワラニーは少しだけ驚く。
……さすがのガスリンも心を入れ替えたのか。
グワラニーは皮肉交じりにそう呟くものの、当然そのようなことはない。
実をいえば、ガスリンにはこんなことなどどうでもいいくらいの懸案があったのだ。
そのため一刻でも執務室に戻りたいため、ここでの仕事を早く切り上げたい事情があったのだが、そんなことなど知るはずがないグワラニーは盛大に訝しがる。
……だが、こいつのことだ。どうせ最後にろくでもないことをつけ加えるに違いない。
……もったいぶらすにさっさと言え。いつも通り、簡単に論破してやる。
返り討ちをしてやろうと手薬煉を引いてグワラニーは待ち構えていたものの、結局、ガスリンからは何も出ず形ばかりの質問はあっただけだった。
そして、その問いに対するグワラニーの言葉を聞き終えると、ガスリンは確認するように言葉を重ねる。
最高司令官兼この席の同席者の最低限の義務と責任を果たすかのように。
「ノルディアからやってきた使者は本当のことを言っていると思って間違いないのだな」
さすがにこれだけまともな問いに皮肉で返すのは大人気ないと考えたグワラニーは極めて常識的な言葉を返すことにする。
ひと呼吸だけおいてグワラニーが口を開く。
「はい。そして、そのホルムという男が言葉によれば、例の件によってノルディアの財政は完全に傾いており、今の価格では必要とする小麦の手に入れるのは困難。万が一それをやってしまうと、国家そのものが瓦解する。そこでノルディア王より小麦価格を値上がり前の価格、さらにその半値以下にまけるように交渉しろと命令されたそうです。ですが、それはあまりにも現実的ではないので我々と交渉させてくれと願いでたとのこと」
「我々も随分と信用されたものだ。だが、人間どもの国でも王命を拒んだら首が飛ぶのではないのか?」
「失敗すればおそらく。ですから、そのホルムも必死でした」
「必死で嘘をつくということはないのか」
「それを考慮し、彼を試してみました。まず我々が要求した武器をノルディアに供出させ、それから半年後我々がどの代金代わりに小麦を送るという案を出して」
「それを相手が飲んだと?」
ガスリンの言葉にグワラニーが頷く。
「対象がノルディア人ではないものの、同じ人間を狩る道具を我々に手渡すという人間社会に対する裏切りともいえる行為。さらにその代金となる小麦を後払いにするという二重の枷を与えたのですが、あっさりと承諾しました。どうやら小麦を手に入れる、それさえ叶えば、あとはどのような条件でも受け入れる覚悟のようでした」
「では、ついでに領地を返還させればいいだろう」
「まあ、それも考えなくはなかったのですが……」
「いや」
「事実上ノルディアは我が軍門に下ったのと同じ。非公式だがすでに確定した国境を今さら変えるようなみっともないことはやる必要はない」
グワラニーの言葉を遮るように断言した王は、ふたりを同じように見やり、それからもう一度グワラニーを眺める。
「それよりも、肝心の小麦不足は本当にまだ続くのか?」
まずはその本命を口にした王は、続いてその理由を並べる。
実に的確に。
「実際のところ、おまえの話を聞くかぎり、そのかき集めている小麦の代金の支払い主が一商人ではなく、アリターナ王国であっても、それだけの量であればそう長くはもたないような気もするが」
「たしかに。どうなのだ?グワラニー」
王の問いにガスリンも頷き、言葉を添えると、グワラニーは小さく頷き、口を開く。
「まあ、それは、いつかは。ですが、それを始めた理由を考えればギリギリのところまでは小麦をかき集めると思います」
「おまえはアリターナが目標としている量はどれくらいだと思う?」
「最低でも国民全体の数年分。さすがに十年分ということはないでしょうが」
「それは途方もない量だな」
「はい」
「だが、アリターナがそれだけのことをやる必要がある危機とはどのようなものなのだ?」
「それはなんとも。ですが、フランベーニュやブリターニャは同様の動きを見せていないようですから、その情報を掴んだのはアリターナとその協力者のみ」
「……協力者?ああ、アグリニオンと僭称する商人国家のことか。まあ、とにかくわかった。ノルディアの奴らを従わせるためにも、ケチらず奴らが必要としているだけの量を用意してやれ。ただし、わざわざ新しい小麦をくれてやる必要はない。古いものから順に渡してやれ。それが嫌ならやらんとでも言って」
「はい」
「それと……」
「そのためにくれてやるのだ。対価は必ず取るように」
「承知しました」
こうして、魔族と人間の戦いが始まってから初めてとなる、一方への食料援助は驚くほどあっさりと決まった。
もちろんこのとき与える側となる魔族側にとっても、この援助に多くの利点があったことは否定できないが、それでも、それによって多くのノルディア国民が救われたことは動かしがたい事実である。
その観点から見れば、これは人道支援という概念がないこの世界の歴史に残る大事件であり、偉業と言ってもいいすばらしい出来事だったといえるだろう。
そして、それとともに、突如出現したこの小麦供給システムは、当事者たちが予想もしない場所も含めて多くのことに影響を与えることになる。




