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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第七章 荒廃する世界
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愚者たちの悪あがき Ⅱ

 魔族の国北部の要衝クアムート。

 本人には何の断りもなく、ノルディア側から交渉をおこなう相手に指名されたクアムート城を含む周辺一帯を領有している魔族の将グワラニーは同じ頃、複雑な心境でいた。


「本来であればとっくに出陣しているはずなのに。それをつまらなう事情グズグズと引き延ばして。相手がそれなりであれば、とっくにマンジュークは奪われているところだ」


 そう。

 彼の言葉からわかるとおり、その第一の成分は怒りである。


 そして、その理由はもちろん、グワラニー本人の予想と大いなる希望に反して、魔族軍最強と自負する自らが率いる部隊に対して鉱山群の防衛戦に参加するようにという命令がやってこないことだった。


 魔族軍最強であるのなら、彼らには最大の敵である勇者一行の相手をさせる予定がある。

 そのため最近所在がつかめない勇者の居場所がわかるまで本拠地で待機させているではないのか。


 事情を知らずに眺めていればそう見えなくもないのだが、実はそうではない。


 魔族軍にとって勇者一行は最高の獲物。

 その勇者を倒した者には王より「最高の褒美」が与えられることは確実。


 そして、その「最高の褒美」というのは、王はハッキリと言及していないものの、世襲制度のないこの国の特別な王政の次期国王という地位。


 それを忌々しいグワラニーにくれてやるなどもってのほか。

 ありえない。

 いや。

 あってはならないことである。


 それがガスリンやコンシリアといった魔族軍幹部の一致した考え方であった。


 そして、それとほぼ同じ理由で軍幹部は要衝中の要衝であるマンジュークの防衛戦にグワラニーの部隊を参加させたくないのである。


 その彼らにとってありがたいことにグワラニーは領地としたクアムートにあらたな町をつくり始めている。

 彼らはこの事実を最大限に利用した。

 陛下から特別に賜った領地の経営に専念させるため。

 そのような理由でグワラニーを前線から遠ざけ続けていたのである。


 ただし、これはグワラニーにとっても悪いことばかりではなかった。


 待機の理由ともなっているクアムートの新市街地の造営を直に指揮できることもそのひとつであったのだが、現在のグワラニーにとっての幸いとはそれとは別のことだった。


 実はマンジューク防衛戦に参加するための準備がまだ整っていなかったのである。


 もちろん作戦はすでに出来上がっている。

 人的手配も終わっている。


 問題は……。

 今回の戦いで大量に必要となる弓矢の不足。

 そう。

 弓矢の調達がまったく進んでいなかったのだ。


 もし、これが魔族の国内で調達できるものなら自慢の軍官によってとっくにかき集めていたことだろう。

 だが、今回にかぎりそれができないのだ。


 その理由は簡単。


 弓矢は武器としての役目が終わっている。

 これが魔族軍の共通認識であり、実際に使われなくなって久しい。

 そうなれば、当然生産はされない。

 現在は狩りに使うために細々と生産しているだけ。

 それがこの国の現状だったのだ。


 そうなれば、国外から調達するしかないのだが、金銀取引、そして紙の輸入でつながりのある大海賊ワイバーンを通じてもそれを手に入れることは難しい状況だった。

 理由はもちろん肝心のワイバーンにも弓矢の入手する術がなかったのだ。


 その図式はこのようなものとなる。

 人間の国も弓矢を武器として認識していないのは魔族と同じ。

 当然大量生産をしていない。

 そうなれば各国と取引している商人国家アグリニオンであってもどうしようもなく、アグリニオンを通じて多くの物資を手に入れているワイバーンも自動的にお手上げになる。


 万事休す。

 だが、そこに一本の光明が差す。


 実はこの世界で弓矢の生産を続けている国があったのだ。


 現在は休戦中である北部で国境を接しているノルディア王国。

 

 当然グワラニーは弓矢の供給先としてノルディアに目をつける。


 しかも、ノルディアには捕虜交換の際にグワラニーに巻き上げられた自国金貨を取り返したいという国家的願望がある。

 それを利用して弓矢の提供を受けようとグワラニーは考えたのだ。


 これで準備万端。


 だが、グワラニーのこの予想に反して、弓矢は毎回微々たるものしかやってこなかった。


 ……なるほど。いくら金が欲しくても、さすがにその程度の矜持というものは残っているのだな。


 ノルディア王や大臣たちが何を考えているか手に取るようにわかるグワラニーは苦笑いしながらその皮肉を誰にも聞こえない声で口にした。

 だが、問題は解決する見込みがない以上、次善の策を考えなければならない。

 もちろんそれはすぐに用意される。

 そして、実際のところ、次善の策と言いながら、渋々出されたそちらの方が一気にケリがつけられる上策ではあった。

 

 そういうことで使用武器の変更を考え始めた始めた頃、切羽詰まったノルディアからの知らせがやってくる。


「……ホルム?」


 もちろん聞き覚えはあった。

 だが、グワラニーにとってその名は脳にしまい込んでおかねばならぬほどのものではなかったので、「まもなく廃棄処分予定」という部屋に押し込まれていた。

 グワラニーがその名を思い出したのは、所属と肩書を聞かされたところとなる。


「……承知した。相手がよければ、明日にでも会談するとノルディアに伝えろ」


 すぐに会いたいという要望にグワラニーはそう返した。

 ただし、相手の目的は支払い単価の値上げと読んだグワラニーがその交渉でそれを承認する代わりに納品数を増やすよう要求するつもりでいた。

 このことは多くの資料から推測できるものとなっている。



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