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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第一章 黄金の夜明け
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黄金の夜明け Ⅴ

 進むべき道に鮮やかな色合いを加えたその日のグワラニーたちの会話はそこで終わったのだが、その会話の前段に答え合わせ的な説明をつけ加えておけば、彼らの推測は半分が当たり、残りの半分ははずれていた。


 つまり、ミュロンバでの一件はたしかに勇者が関わっていた。

 だが、魔族との遭遇は、彼らがもっともらしい理由とともに断定したような偶然によるものではなく、不正確な表現ではあるものの、実は襲撃にやってくる魔族を狩るために意図されたものだったということである。


 その出来事が起こった少し前のミュロンバでの夜。


「ファーブ。あなたの気持ちはわかりますが、それを抑えなければならないことくらいわかるでしょう」


 自分より十歳ほど年長の男にそう諭されていたのは、二十歳を超えたかどうかもわからぬ非常に若い男だった。

 だが、説教ともいえる年長者の言葉にもファーブと呼ばれた若い男がまったく納得していなかったのはその表情からあきらかだった。

 高ぶった感情のままその若い男はあらたな言葉を口にする。


「入植者を助けない勇者など聞いて呆れる。おまえたちだってそう思うだろう。マロ。ブラン」


 口ではその年長者に到底勝てないことを知っているその男が仲間に引き込もうとしたのは若い彼よりもさらに若い兄弟剣士だった。


「そうだな。目の前で魔族に襲われている同胞を見殺しにするような輩に勇者と名乗る資格はないと俺も思う」


 声をかけられた男のひとりが迷惑そうに取ってつけたようにその言葉を口にすると、もうひとりもその言葉に大きく頷く。


 ファーブと呼ばれた若い男は雄叫びのような声を上げる。


「じゃあ、おまえたちは俺に賛成……」

「いや。それは違う」

「そのとおり。勘違いするなよ。ファーブ」

「……どういうことだ?」


 前言からは想像できない兄弟の言葉に男は顰め面で問いかけ、それに兄弟剣士がつまらなそうにそれに答える。


「兄貴も俺も困っている者が目の前にいれば助けると言っただけだ。ファーブには悪いが、俺たちは入植地の警備は各国に任せるべきだというアリストの意見に賛成だ」

「そのとおり。だいたい一度奴らの依頼を受けてみろ。そのあとはひっきりなしだ。言っておくが、俺はほんのわずかな金でどこにでも飛んでいく使い勝手のよい正義の味方などになる気はない。まして、タダ働きなどもってのほかだ」

「そういうこと。頼むなら一日あたり金貨千枚は欲しい」

「俺は一万枚」

「じゃあ、俺は一万五千枚……」

「くそっ。この守銭奴兄弟め」


 安宿しかないその町のなかでも一番の安宿で、値段にふさわしい酒、というか酒かどうかも怪しい飲み物を口にしながら、程度の低い激論を交わしていたこの者たちこそ勇者とその仲間である。


 そして、彼らの揉め事の原因。

 それはグワラニーが口にしていたことと同じ。

 いや。

 ちょうどその裏返しにあたるものだった。


「自国民の保護と自らの入植地を守ることは統治者の責務であり、それを俺たちにおこなわせるのは自らの責任を放棄したことである。それは俺にもわかっている。だからといって、民が死んでもいいというわけではないだろう。違うか。アリスト」


 すでに何度も論破された言葉を再び持ち出した男の強い言葉に年長の男はため息をつき、それから表情に冷たさを加えてもう一度口を開く。


「あなたの言葉は正しい。ですが、だからと言って、やるべきことをやらない為政者の代わりにそのすべてをあなたが引き受ける必要はない。その線引きをおこなうこともそれと同じくらい大事なことだと思いますよ。ファーブ」

「いや。助けが必要な者がいるのなら全員を助けなければならない。もし、助けを求められながら手を差し伸べず傍観するのなら、俺たちは責務を放棄した為政者と同じだ。俺はそのような者にはなりたくない」


「……すばらしいです」


 目の前の若者はその言葉を本気で言っていることをアリストと呼ばれた年長の男は知っている。

 だが、それができない現実も同じくらい知っている。

 アリストは大きなため息をつく。


「……もちろんそのような気持ちを持つことは大切です。ですが、理想と現実は違うことに知るべきです」


 そう呟いたアリストはもう一度口を開き、さらに冷たい言葉を年少者に吐きつける。


「では、お伺いします。ふたつの町が同時に魔族に襲撃されたらあなたはどうしますか?」

「もちろん両方助ける」

「では、それが十になったら?二十になったら?」


 相手の挑発のような問いに勢いに任せて答えたファーブの言葉はそこで止まる。

 

 むろんこの場においてもすべて助けると言うのは簡単だ。

 だが、それは現実には無理なことであることは多くの苦い経験からファーブも承知していたからだ。


 返す言葉が見つからず口を閉ざすファーブを冷ややかに眺めた年長の男はさらに言葉を進める。


「いくら移動に魔法を使っても私たちに対する連絡の遅れや私たち自身がまず目の前の敵を倒さなければならないことなど様々な事情により救援要請が来ても助けられないことも起こります。助けられなかった者たちの家族になぜもっと早く来なかったと問い詰められたとき、あなたはなんと答えるつもりなのですか?」

「……謝る。申しわけなかったと」

「それで死んだ者は生き返るわけでもありませんし、問いに対する答えにもなっていませんが、まあ、いいでしょう。では、もうひとつ尋ねます。十の町が同時に襲われた。すべてを助けるというあなたはどのような順番でその町を助けるのですか?」

「もちろん一番近いところからだ」

「なるほど。では、目の前の村には十人の住民が住み、やってきた魔族は五千人。一方、遠く離れた隣町は千人の女子供が五百人の魔族に囲まれている。あなたはこれでもまず十人の住民を救いにいくのですか?」


 これも簡単には答えられない。

 目の前にいる十人の村民をまず救いに動く。

 その行動自体何も問題ない。

 だが、そのために倒すべき敵の数五千は少ない数ではない。

 当然多くの時間を要す。

 その間に、すぐに行けば助かるはずのもう一つの町で待つ千人の多くが命を落とすことになるだろう。


 では、逆がいいのか。

 たしかに、そうすればその町に住む大部分の者を救えるが、それは同時に目の前にいる十人を見殺しにすることになる。


 思考の迷宮に迷い込み、押し黙るファーブに年長者からさらなる辛辣な問いがやってくる。


「では、最後にもうひとつ。私が魔族の指揮官なら救援にやってきたあなたに対して捕らえた民たちを盾にして武器を捨てるよう要求します。すべてを救うというあなたはこのような場面に直面したらどうしますか?」


 もちろんそれを拒否すれば、自分の前で人質は殺される。

 だが、要求を受け入れたら自分が首を撥ねられる。

 しかも、それで人質が救われるのかといえば、そうではない。


 言葉をまったく口にしなくなった相手を眺め、年長の男はわざとらしくもう一度ため息をつく。


「これでわかったでしょう。あなたはたしかに強いが、それでもその力は望んだものすべてを手に入れられるほどのものではない」


「だから、あなたはあなただけができるものに専念すべきであり、その専念すべき仕事には魔族に襲われた町や村を救援に向かうことは含まれていないのです」


「ですが……」


「偶然私たちが滞在している町が襲撃を受けたのなら話は別です」


 アリストの口からついでのように漏れ出したその言葉は年長者に論破され意気消沈している若者にとっては予想外といえるものだった。


「どういうことだ?アリスト」

「どういうことも何も、その町にいるにもかかわらず、やってきた魔族と戦わなければ勇者の名が廃りますよと言っているのです。そして、ここミュロンバはまだ魔族の襲撃をうけていない。つまり、遅かれ早かれ襲撃があるということです」

「ということは……」

「実を言うと私も気になっていたのですよ。最近の魔族の動きを。そして、あなたとは別の理由ではありますが、現状をこのまま放置しておくべきではないとも思っていました。そういうことで……」


「やりましょう。魔族退治」


「ただし……それをいつおこなうのかは彼ら次第ということになりますが」

「当然待つ」


 その町に魔族が来るのがいつなのかわからない以上、長期戦になる。

 アリストはそう言い、ファーブは納得し、残るふたりもそれを了承した。

 

 だが、それは彼らが考えていたものよりずっと早くやってきた。


 その翌日の夜。


「……来ましたね」

「ああ」


 目の前にいる集団を眺めながらアリストの呟きにファーブは短く応える。

 そこに割り込むように言葉がやってくる。


「だが、相手はせいぜい五十といったところだ。しかも、ほとんどが雑兵だ」

「つまらん」


 むろんそれは戦斧と呼ばれる武器を持ったふたりの若者からのものだった。

 まあ、これはいつものことなのだが、アリストは相手にわかるように盛大に苦笑する。


「マロ、ブラン。私にはあなたがたが物足りないと言っているように聞こえたのですが」

「実際俺たち三人が全力でやるには全然数が足りないだろう。裏手にあと五百いるということはないのか。アリスト」

「ないですね。ありがたいことに」

「そこは残念なことにと言ってもらいたい」

「いやいや、敵は少ないに越したことはありませんので、私の言葉は一分の間違いもありません。ちなみに、結界は完璧ですから町に入ることも攻撃をすることもできません」


「……まあ、いないものは仕方がない」

「ああ」

「では、戦う相手を決め……」


「待ちなさい。ファーブ」


 その町の表門にふらりと現れ、目の前には多くの敵がいるにもかかわらず、とてもそうとは思えない会話を続けていた四人の男たちによる相手を倒す算段確定した瞬間、そこに割り込むもう一つの声があった。


「自分たち三人ですべてを片付けるつもりなのでしょうが、そうはいきません」


 そのグループの形式上のリーダーである大剣を持った男が顔を顰めて、声の主であり、もうひとりの仲間でもある戦闘には不向きな白いドレスを纏った三人の年少組よりも少しだけ年上の長い銀髪をなびかせる美しい女性に視線を送る。


「あの程度の数ならフィーネの助力なしでも俺たち三人で軽く……」

「倒せる。ご立派なことです。では、今後どんなに傷ついても治癒魔法はなしです。まあ、その前に大きな口を叩いた罰を受けてもらえば、どうするか考えますが」


 おのおの武器を手にしてすぐにでも敵陣へ飛び込むつもりだった三人の若者は彼女の言葉によって数日前に最近わが身に降りかかったお仕置きという名の理不尽な悪夢を思い出す。

 

 ……駄々をこね出したフィーネは誰にも止められない。

 ……もうこうなったら諦めるしかない。

 ……それもこれも、魔族が大軍で来ないのが悪い。まったく気が利かない魔族どもだ。


 渋々ではあるが、あの時と同じ目に遭いたくない年少の三人は心の中で不平不満をたっぷりと口にしてから白旗を上げる。


「頼むから俺たちの分も残しておいてくれよ。フィーネ」


 三人の思いを代表した勇者の言葉に女性が笑顔で応じる。


「あなたがたと違って仲間思いで心優しい私はもちろん手加減はします。ですが、それでどれほど残るかは相手次第です」

「フィーネ。魔族の王都で私たちが狩りに参加したと宣伝をしてもらねばなりませんので何人かは戻れるようにお願いします」

「魔術師は残せということですね。承知しました」


「では、いきます」


 アリストから追加でやってきたそのささやかなリクエストにそう答え、最高の笑顔を披露したフィーネと呼ばれた女性は右手を高々と振り上げ、それから押し寄せる魔族の戦士たちに向ける。


「……始めなさい」


 そう口にした彼女がおこなったのはたったそれだけだった。

 だが、起こったことはそこからは想像できないくらいに凄まじいものだった。

 一瞬で炎に包まれた大部分の魔族は自分の身に何が起こったかわからぬまま絶命し、残りもとても戦闘がおこなえる状態ではないほど火傷を負ったのだが、もちろんそれだけでは終わらない。

 どうにか生き残った魔族の戦士たちが気づいたとき、あらたな、そして最後の災難となるものが彼らのすぐ近くまで迫っていた。

 うなりを上げる大剣と荒れ狂う二本の戦斧。

 それが魔族の戦士たちが目にした最後のものとなる。


「て、撤収……」

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